ボーイズ・ドント・クライ

Boys Don't Cry
ボーイズ・ドント・クライ
公開年:
1999
製作国:
監督:
製作:
脚本:
主演:
  • ヒラリー・スワンク
出演:

少年の恰好をしている性同一障害のブランドン20歳の遊びと恋と人生。実在の人物をモデルにした実話系映画で、1999年公開当時はすごく話題になっていろいろ受賞したりした作品。

ボーイズ・ドント・クライ

映画って不思議で、何十年前の作品でもすんごい威力があったり、ちょっと前でも古さを感じてしまったり、いろいろあります。

「ボーイズ・ドント・クライ」は日本で公開していたときも話題だったですね、あのとき観ていたら今とは違う感想を持ったに違いありません。
ちょっと前の映画ですが、古さを感じてしまいました。当時ならもっと斬新に感じたことでしょう。
作った人に責任はありません。仕方がないことです。いえ、ちょっと責任あります。

体は女性ですが心は男性のブランドン20歳です。まだ20歳です。若いです。この若さが仇になります。馬鹿やったりもしますし、変なものに魅力を感じたり楽しさを感じたりします。
居場所はアメリカの田舎です。これこそが大きな仇となります。アメリカの差別的な人が多く住む田舎の恐怖は、これまでも数々の書物や映画で見聞きしています。わけもなく鉄砲で撃たれたエリート日本人もいました。
アメリカの排他的田舎者の恐ろしいところは、その差別が粗野かつ暴力的である部分です。そして「正義」という悪を道徳の根っこに持っているという部分です。
頭の悪い田舎者にとってマイノリティは悪であるから徹底的に痛めつけて良いと考えてるんですね。どこの国でも性根の腐った正義感ほどタチの悪いものはありません。

そんな感じで、お話のメインはブランドン20歳が男の子として遊んだり恋したり困ったりする作品です。
最後のほうは性的マイノリティ故の問題や事件が浮上し、「ええーっ」ってなったり「あわわわーっ」と、のけぞったりします。
それなりに凄いことになります。その点ではこの映画、まだ今でも十分通用しますし衝撃的です。

しかしあの、やっぱりその、どうもあまりよい映画とは思えなくて、今の時代に観てるからでなくて、多分当時に観てても個人的に好みではなかったろうな、と思うところもあります。

そのわけは古さではなくて脚本上のあれこれです。ならず者の描き方や、あと演出上の不手際なんかが話にのめり込むことを遮ります。つまりその、ただラストへ持っていきたいだけのストーリーの運びが、説明的で無駄に感じるんですよね。細部に命を与えていないというか。
例えば中盤までの楽しそうなエピソードの数々の描き方なんかが嘘くさいというか安っぽいというか、どうにも乗り切れません。
どうでしょうね。しかし10年以上前の作品にいまさらあれこれ思うこと自体が失礼ですよね。完全に個人の感想ですしね。あてにしないでください。

今では性同一障害も広く認知されていますが、この映画が果たした役割の大きさを感じずにはおれません。だから貶したくはありません。全ての映画に意味は不要ですが、この映画には意味があったと思います。ただ演出や脚本が好みでなくてだるかったけど(まだ言うか)

ドラマとして後半に至るまでの退屈さに我慢すると(しつこい)、ラスト近くは相当の気合いが入ってきますのでたっぷり見応えがあります。ここばかりは今の時代にも十分な力を持っていて、個人の好き嫌いを超越します。

で、その最後の発露に関してですが、性的マイノリティに対する野蛮人による暴力という点だけを強調して描いているわけではないのが興味深いところです。対マイノリティというよりも、犯罪者の気違いっぷりをより強調しているように受け取れます。これはどういうわけでしょうか。派手にやらかそうとしてこうなってしまったのか、どうなんでしょう。
一面的な切り取りではないという解釈もできますし、逃げを打っているという解釈もできそうです。どちらか目的だったかは判りませんが、より複合的な、映画の深みに到達しようとしているのは間違いないでしょう。社会的な映画ではなく、ひたすら青春映画であるという見方もできそうです。いろんな見方が出来るってのも、これは映画的にはいいことですね。それが上手く行ったのかどうかは観る人がそれぞれ感じてください。私は個人的にはまあ、その(以下略)

貶しているように見えてもいけないので書いときます。
この映画の中で好きなシーンは、缶詰工場のところです。あとクロエ・セヴィニーがやっぱとてもいい感じなので全体的にはぜんぜん悪くない印象です。

主演のヒラリー・スワンクはアカデミー賞とゴールデングローブ賞で主演女優賞を受賞したほか、他のいろんな映画賞でもがんがん受賞しました。

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