天使の分け前

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ケン・ローチ監督2012年の「天使の分け前」は、不良だけど気のいい兄ちゃんが懲罰的社会奉仕活動の中でウィスキーの魅力に触れ、テイスティングの才能に気づくという、そういうお話。軽いコメディでとてもいい感じ。
天使の分け前

これ楽しそうな映画だなーと観る前は思ってて、そして見終わったら「思ってたのとちょっと違う感じだった。だがそこがいい!」とひとり気に入っていました。それから月日が流れ感想文を書こうとして、えーとえーと、この映画、どんなんだったかなあと予告編を見たりします。何もそうまでして義務的に感想文書かなくてもいいんですが最早強迫神経症的に追い立てられ無理をしないということがなかなかできません。

そんなことはどうでもいいので、で、予告編見たらいろいろ思い出しました。何より一番思うのは予告編と本編のギャップですね。このギャップがなかなか気に入ったのですよ。予告編見ると大抵のひとはこう思うでしょう。「ははーん。不良の兄ちゃんがテイスティングの才能を発揮して仕事として頑張る話だな。クライマックスはスポコン的テイスティング大会か何かのシーンだな。感動ぽよよーんのいい話に違いない」

感動ぽよよーんとは思いませんでしたが、私もてっきりテイスティングの才能を発揮して仕事として会得していくような話かと思ってました。何かの折に劇場で予告編を見せられてしまい、その影響を受けてしまったんですね。
でも違いました。そのようなありがちなストーリーではありません。突然テイスティングの才能に目覚め力を発揮するというような、今時の人が憧れている「努力せずに眠っていた才能が勝手に突如開花してスーパーサイヤ人になって俺すごいモテモテ大金持ち」みたいな貧困想像力による願望実現物語なんぞではありません。

話変わりますが「突如として眠っていた才能が勝手に開花してスーパー人間になる」願望というのは昨今の怠け者たちに共通する妄想だそうですね。若い子はもともと想像力が貧困なので古今東西いろんな出世妄想をするわけですが、昔の若者は努力と根性が大好きでした。努力と根性の結果すんごい人になる、という妄想が好きで、映画や漫画もそのようなタイプが流行りました。昨今の若い子はなまけものなので努力と根性が嫌いです。ですので、ある日突然「目覚める」みたいな妄想が好きだそうです。正直いいますと私もそのタイプでした。努力も根性も嫌いでしたから。でも「目覚める」みたいなのは割と近年の特徴かもしれませんね。何だか判りませんがムー的というかオカルト的というかゲーム的というか、才能はすでに宿っていて自分はそれに気づかず、ある時突如として開花するというんですね。こりゃ楽だわ。で、近年の映画や漫画もこういうのが流行りました。映画ではそれほど多くないと思いますけど、でも何作かこの手のがあったように記憶しています。関係ない話ですいません。

というわけで「天使の分け前」の兄ちゃん、テイスティングの才能はありますが妄想ヒーロー的なほどのものではありません。ここらがまず映画シナリオ的に良いところです。もっと身近で身の丈のドラマです。身近で身の丈であるからこそのウィスキーやテイスティングの話が面白く描かれます。
そして本編のストーリーはミスリードを目論む予告編とは裏腹に、不良兄ちゃんたちの変な頑張りの話になって、もうテイスティングとかどうでもよくなってきたりするわけです。

「天使の分け前」の基本はケン・ローチらしさに満ちていまして、つまり主人公たちは失業者で犯罪者で貧困でそしてだからこそ間抜けです。そんな彼らのスコットランド珍道中って趣もあります。真面目にがんばろうと言いながら頑張って悪行をしたりします。
ケン・ローチ監督の映画は弱者に対する優しさに満ちているものが多いのは皆様ご存じの通り。本作のその流れにあり、社会的弱者たちによる楽しく頼もしく、そして人情溢れるいい話や悪い話ふざけた話が散りばめられてます。
ふわふわの安易なモラルなど糞食らえという、そういう力強さにも満ちています。真面目な人なら社会問題に目を向けることも可能です。なのに楽しく面白いコメディです。というこうとはどういうことか。誰もが楽しめるヒット作品になったということですね。

ね、この予告編見たらまるで兄ちゃんが更生してまじめに頑張る話に見えるでしょ(笑)

2012年カンヌ国際映画祭審査員賞受賞

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