歌え! ジャニス・ジョプリンのように

Janis Et John
上映中の「アスファルト」が天下無敵の大傑作だったので未見だったサミュエル・ベンシェトリ監督2003年の「歌え!ジャニス・ジョプリンのように」を慌てて観ます。
歌え! ジャニス・ジョプリンのように

「歌え!ジャニス・ジョプリンのように」を公開中には気にかけていませんでした。邦題に影響を受け、どういう映画かすら知らないくせにつまらない映画と思い込んでいたんです。

マリー・トランティニャンの遺作で他の出演者も凄いって知ったのは随分後で、観たいリストに入っているもののそれでもまだ消極的、しかし最高映画「アスファルト」を観てしまったものだからもういけません。サミュエル・ベンシェトリ監督作品は「アスファルト」と「歌え!ジャニス・ジョプリンのように」の二作しか日本に紹介されていませんからもう観るしかないです。その上でいうべき言葉を言います。「他のも見せてください」と。

今まで観てなくて人生を損していた思いに包まれる面白くて複雑な後遺症を残す「歌え!ジャニス・ジョプリンのように」です。これどんな映画でしょう。こんな映画です。

自分の悪事が元で大金が必要になった男が、最近遺産相続で大金を手に入れたジャンキーでアホのいとこを騙くらかして金を頂戴してやろうと画策します。ジャンキーでアホのいとこはジャニス・ジョプリンとジョン・レノンに夢中ですから、この二人が天国から蘇っていとこに会いに来たってことにして、その後は何となく大金を頂こうと、そういういい加減な計画を立てるんですね。ジャニス・ジョプリンには自分の妻を、ジョン・レノンには顧客名簿から三流役者を抜擢。ジャニスとジョンに変装させて訓練し、いとこのところへ出向かせます。

というコメディで、冒頭からいきなりテンポ良くあれよあれよとストーリーが進み、脚本の妙技と出演者の魅力でぐいぐい見せます。最後はコメディっぽくプチ感動も待ち受けていて、まあこんなに面白い映画だったとは不覚。と悔しくさえ思います。

面白ポイントその1は何と言ってもシナリオです。「アスファルト」を先に観てしまっているものですからそういう目線も入りますが、この監督が十数年後に成長してより洗練された形で「アスファルト」を書き上げたその才能の片鱗を伺わせます。

シナリオというとき二つの意味があります。プロットやストーリーとしてのシナリオ、それとセリフ回しや仕草などの細部です。

「アスファルト」ではどちらも最高でした。「歌え!ジャニス・ジョプリンのように」では台詞回しや仕草などの細部の魅力が冴え渡ります。プロットやストーリーはどちらかというと大雑把で多少の無理もありますしね。

同じプロットとストーリーを元に、全然違う人が脚本書いて監督して製作したら、多分これは面白くも何ともないものになったのではないだろうかとちょっと思います。そういう意味も含めて、細部の面白さを堪能できる映画だったなと思うわけです。ちょっとだけそう思いました。ちょっとだけね。

さて細部に命を吹き込む脚本にはそれを演じる人の魅力が伴わなければなりません。ということで役者さんですが、これがまた凄いことになっておりますね。

まず主人公ですがスペイン出身のセルジ・ロペスです。すっとぼけた役割がとても似合います。とぼけた役、真面目そうな人、怖い悪役、何でも出来る才人ですね。たとえば「Ricky」のパコですし「パンズラビリンス」の独裁者の将軍です。

ジャンキーのいとこレオンってのがいて、クリストファー・ランバートが演じてますがこの人がまあ味わい深い何とも面白い表情をします。「アスファルト」の宇宙飛行士に匹敵する役といえば判りやすいかも。とてもいいんですよ。ほんとに。

アメリカ人をこういう表情をする人として起用するのは、役者の力ももちろんありますけど監督の力技でもあるのは間違いありません。だってクリストファー・ランバートって、他の映画ではジャンキーいとこと全然違う雰囲気の俳優なんですもん。

ジョン・レノンに変装する三流役者をフランソワ・クリュゼがノリノリで演じます。フランソワ・クリュゼも映画で見るたびに印象の違う人ですが、でも根っこに持っている風味は隠せません。このフランソワ・クリュゼ、恋多き女優マリー・トランティニャンの最初の夫です。

で、奥さんブリジット役のマリー・トランティニャンですね。「ポネット」の母親、「主婦マリーがしたこと」の娼婦など、痺れるような変人かつカッコいい役をやる女優です。恋人に殴られ放置されたことが原因で2003年に亡くなってしまいました。2003年、そうです。「歌え!ジャニス・ジョプリン」の公開年です。

マリー・トランティニャンはこの映画の完成後、公開前に亡くなりました。何と言うことでしょう。

死んだジャニス・ジョプリンに変装することによって死んでいたような主婦が生きる喜びを発見するというこの映画が遺作になってしまったというマリー・トランティニャンです。

最後の夫サミュエル・ベンシェトリによる監督作品で、最初の夫フランソワ・クリュゼと共に蘇った死者を演じ、撮り終えて完成してから公開までの間に亡くなるというドラマチックな人生の終え方です。

そして最後にもうひとり、父親である名優ジャン=ルイ・トランティニャンが顧客キャノン氏の役で出演しています。この時はまだお若い感じがします。しゃきっとしていて、とてもいい役でした。数年後「愛、アムール」であんな役をすることになるなんて誰が想像できましょうか。

サミュエル・ベンシェトリ監督がマリーの死によってこの映画を公開するべきかどうか悩んでいたときにジャン=ルイ・トランティニャンは「公開するように」と心強い助言を行ったそうです。

てなことを知ってしまうと笑うところで笑えなくなってしまうかもしれませんが、ジャン=ルイや監督はそんな裏事情をお客にアピールする気など毛頭ありませんし、コメディをコメディとしてしっかり受け止めてケタケタ笑うことが観る人の仕事です。

そんでですね、めちゃ笑ったところを、さっきも書きましたがジャンキーのいとこレオンですよ。もう面白さはこの人につきます。セリフをいう間とか、素直そうな目ですね、これに注目です。それから、バンドが登場するんですがこのバンドも最高でした。

ストーリーはコメディ映画っぽく、ドキドキさせつつ最後はご都合主義的にまろやかに収束したりします。その中でちょっと意表を突いた出来事も起きてびっくりしたりしますね。そんなところも良い感じ。

製作のオリヴィエ・デルボスとマルク・ミソニエのふたりはいつもいつもいい映画を製作する人たち、撮影のピエール・エイムは「アスファルト」でも撮影担当でした。

そんなこんなの10年以上前の「歌え!ジャニス・ジョプリンのように」はちょっとしたコメディです。ですが今からでも観る価値大ありの大事な一本だと思います。売っているDVDはやや画質の悪い旧タイプDVDで大きなスクリーンではちょっと辛いですが、配信も見当たらないし再発などもちろんないし、いずれ消えゆくかもしれません。貴重ですよ。いまならまだ普通に観れます。

それから最後にまたもや蛇足で余計な一言書きますが、2003年はまだまだ禁煙ファシズムも蔓延しておらず、皆普通に煙草を吸います。マリーの煙草の吸い方のカッコいいことったら。それに、保険会社に勤めている真面目なサラリーマン役の夫、今ならこういうキャラクターは煙草を吸わない人に設定するでしょうね。煙草シーンが沢山あって良いのでプラス100点付けときます(何の点数やねんと)

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