メイヘム 殺人晩餐会

O Animal Cordial
公開年:
2017
製作国:
監督:
出演:
  • ルシアナ・パエス
  • ムリーロ・ベニシオ
  • イランヂール・サントス
閉店間際のレストラン内で起きる事件を描いた映画「メイヘム殺人晩餐会」は、変な邦題をものともしない良作で観る価値大ありの絶賛映画。
メイヘム 殺人晩餐会

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閉店時間が近いレストランに強盗が押し入り、その後修羅場と化すストーリーす。それだけ聞くと「はぁ、そうですか」となりそうですがちょっと待て。この映画、かなりの曲者です。映画の出来映えは客観的にかなりの良作、それに留まらずMovieboo執筆者の個人的見解では人生に影響を与えるレベルの大絶賛傑作映画であります。

O Animal Cordial

原題は「O Animal Cordial」で、英語に直すと「Friendly Beast」ですか。これが映画の内容をストレートに表現しているタイトルとなります。獣は誰なのか、Cordial – Friendlyってどういうことか。

ところで邦題の「メイヘム 殺人晩餐会」というのはちょっと意味がわかりませんので無視します。

この映画がどんな映画か、簡単にいうとレストランに強盗が押し入り、それがきっかけとなって店内のある人が突如殺人鬼になって誰彼構わず襲いかかるというわけのわからないスリラーあるいはサイコホラーです。

筋はヘンテコリンですがその内容はずば抜けていて傑作です。ずば抜けてると言っても妙にずば抜けているので一般的な意味での傑作とはまったく違う、妙な意味での傑作ですのでご注意ください。

ここからこの映画をじっとり紹介してみたいと思います。

冒頭

映画の冒頭は閉店前のレストランで店長が売上げを数え、やる気のないウェイトレスがダルそうに最後の客を見守り、厨房ではシェフがウサギを料理します。

この冒頭シーンでの得も言われぬだるだる感にまずちょっと痺れました。そのちょっと後、ウェイトレスが店の奥で「疲れた」と上がり時間の若者とダルさ満開の会話。客がいるので厨房のゴミがまだ捨てられない様などをちょっと描いて、するとまた客がやってきます。厨房ではシェフたちが残業になりそうなのでウンザリ、店長はウキウキしながら「今度雑誌の取材が入ったんだよ」などと気の合わない会話を経て、厨房のシェフも店長も基本不機嫌です。従業員と店長はかなり嫌いあっているご様子。

最後の客はタイ人みたいな夫とブロンドの妻です。少し裕福そうな夫婦で、この客をもてなす店長のお勧めワインと料理の談義がしつこく映し出されます。このときの会話の緊張感をどう表していいのか、絶妙な会話シーンにビリビリ痺れます。単にオススメワイン、飲みたいワイン、オススメ料理の話をしているだけなのに緊迫感たるや異常です。かなりの危うさを秘めております。店長はにこやかですが、それを見守るウェイトレスの不機嫌な顔つきがヤバいです。

何が魅力的か

冒頭をだらだらと紹介したのにはわけがあります。この冒頭で、完全に持って行かれたからです。ここに映画の魅力が詰まっています。
構図の切り取り方、尺の切り取り方、会話のテンポとその内容にただ者じゃない感が漂いまして、冒頭数分でこの映画が何やら異常な映画であるとわかります。ですので一気にのめり込みました。冒頭の紹介をまだ続けます。

夫婦の客がワインを飲み「あらおいしいわ」とか、肉の焼き方についての短い会話。この切り取り方やテンポは一般のジャンル映画のそれではありません。この変な間は何でしょう。

おいしいワインをお勧めするだけの会話で、いちいちにこやかな店長と不愉快なウェイトレスの表情をじっとり捉えまして、普通の会話をしているのにこの会話が何かとてつもなく恐ろしいことの伏線であるかのような気色悪い居心地の悪さをビシビシ感じます。この演出と細かい台詞回しで確信はさらに強まり「この映画なんか凄い」とすでに身構えていました。

店長とウェイトレスが店の奥でやりとりをします。取材に際して、テーブルクロスを変えるべきだろうかという会話です。
「取材に備えて何か変えたほうがいいかな、テーブルクロスとか」
「気に入らないんですか?」
「そうじゃないけど」
「じゃあテーブルマット?」
「マットにするなら、テーブルも変えなきゃ、か」
この会話の何が魅力か、テーブルクロスを変えたほうがいいかなと問うと気に入らないんですかと返すまずその攻撃性です。さらに、マットに変更するとテーブルも変えなきゃと連想するに至っては、破壊衝動とも取れる突飛さを少し感じさせます。

店長は「テーブルクロス変えた方がいい?意見を聞かせて」と聞くが、実はこのとき同意とテーブルクロスの意見を聞きたかっただけなんですね。なのに「気に入らないんですか」と逆に問われた上に「テーブルマット」と提案されてしまいます。そこでにこやかながら怒りを溜め込み「テーブルも変えろというのか」みたいな返しを行います。ウェイトレスはその返しに店長の不快さを感じ取ってひるみます。

何というドキドキさせてくれる会話シーンでありましょうか。手に汗握りながら脚本の素晴らしさにすでに半泣きになっている映画部の面々でした。

この脚本と演出の妙技は映画全部を包み込んでいます。この映画の第一のユニークさは、映画全部ってことです。

さらに登場人物の不快さとつかみ所のなさも絶妙です。ウェイトレスの顔つき、穏やかそうに見えて怒りを溜め込んでいる店長、そのほか店を嫌っているっぽいシェフに挙動不審な客たちと、登場人物が皆ふつうじゃありません。

人物

サラ

中心人物はウェイトレスのサラです。彼女は目に力が宿る独特の顔つきで、映画内ではブス設定なんですか?内面がまったく見えない女性です。

女優ルシアナ・パレスはこの映画ではとてつもない役を演じきりました。そのとてつもなさは後ほどあぶり出すとして、サラという人物がいったいどういうやつなのか、というかどういうやつだったのかという点は誰にもわからない。

特に強盗犯の最後の言葉ですね、あれが引っかかる人もおられましょう。「どっちの言ってることが真実なのか」です。この件に関して映画では答えを示しません。その上、サラの態度(演技)ではもっと複雑なことを表現します。つまり「強盗が正しいことを言った」と思いながら見るとそのように見えるし「強盗が言ったのが嘘」と思いながら観るとそのように見えます。

後に、別の映画「翳りゆく父」について語ったガブリエラ・アマラウ・アウメイダ監督の言葉を思い返すと、演出の意図が少し解明できるかもしれません。「メイヘム」の翌年、「翳りゆく父」の質疑応答の中で、解釈が分かれるような演出について質問があり監督はこう答えています。

「事実は見えているものからだけ構築される。観客がどの立場から映画を見たかによって事実が異なる場合があってもいい」つまり「唯物論的な見方ではないことを盛り込んだ」というわけです。この質疑応答から監督の姿勢が伺えまして、ですから「どっちの言ってることが事実なのか」という問いには「あなたが見立てたほうで良い」というような答えになるだろうし、しかしそれは「答えを曖昧にして解釈に委ねた」ようなこととは根本的に異なりシナリオ上に唯物論が入り込む余地はないのだと明言しているということです。

ジャイール

「メイヘム」の中でひときわカッコいい登場人物がいます。シェフのジャイールです。イランヂール・サントスという俳優が演じています。

このシェフが最初に登場したとき、グラハム・チャップマンと似てる!と思いました。少し後で帰り支度のジャイールを見たら長髪で女性のような服を着ています。シェフの恰好とはぜんぜん違って最初「わおっ」ってなりますが、カッコ良さに痺れますね。

この彼は映画の中でも凄く真っ当な役柄で、怪我をした強盗犯を「通報して彼を病院へ」とか、襲われて冷静さを失っている客の妻にも「彼女も病院へ連れて行かないと」と人としての道徳を持ち合わせています。映画の後半では祖母の料理について細やかに語るシーンがあって、怯えている人の恐怖を和らげるため、また怯えている自分のためにも、空想できる話をゆっくりしてあげます。料理の香りを思い起こさせたり、穏やかな情景を思い浮かぶよう誘導するんですね。道徳感と良心、博愛と信念を持っていることが伺えます。

この彼がいったい何であるのか、もう明らかですが後ほど掘り下げます。

イグナシオ

店長です。穏やかそうな顔して、取材が入ったよと喜んでいます。しかし内面に攻撃性を持っており、店の中でおれは王様であると考えている節があります。そして自分の店の従業員を嫌っています。彼は強盗に押し入られたことがきっかけとなり暴君となります。

この男が何であるのか、うすうす感じ取れるかもしれませんがちょっと後で詳しく。

監督

監督・脚本はブラジルの新鋭ガブリエラ・アマラウ・アウメイダです。この映画の翌年「翳りゆく父」で来日し、貴重な質疑応答を残しました。やや古風にも見える美しい出で立ちで、そしてすごく賢そうでした。

このときの質疑応答を見たことによって「メイヘム」でぼんやり感じていたことがより明確になり、映画探偵MovieBooの妄想解釈が全開、ただでさえ素晴らしい出来映えの「メイヘム」が、より価値のある映画へと昇華されました。

妄想解釈

妄想解釈なんぞなくてもこの映画は面白いです。演出、セリフ、人々の個性と役者、絶妙な展開、カメラアングル、構図、カットの尺、どれも超お気に入りのツボで、いわば完璧です。でもここにさらに妄想解釈を入れて行きます。

この映画でもっとも謎展開は、店長です。強盗に押し入られたあと、客が完全に置いてけぼりを食らうレベルで店長が暴走します。「なんやこいつ。こいつなんや」とあたふたし、それがまた最高に心地よいという、そういう映画です。この映画はベースとしてわけがわからない映画と言ってもいいです。

店長は強盗事件をきっかけに穏やかなる一面を捨て去り、暴君となります。さてこの店長をもっと判りやすくいうとこうなります。

これまで店の体面や経営を維持するために憎んでいる従業員にいい顔したりしていましたが、有事をきっかけに全権保持をアピールしすべて俺に従えと独裁者となり反抗的な従業員や鼻持ちならない客を粛清します。

さらに言い換えましょうか。民主国家の代表が国民のためにべんちゃらを続けていたが有事をきっかけに独裁者となり憎んでいた国民や反抗的だった部下を次々に粛正していきます。

この「わけのわからない設定の店長」はわけがわからないところがまさに設定の要、つまり彼は圧政の独裁者です。彼は国です。こう捉えると一気にこの映画にガッテンしはじめます。

例えば日本の今の総理大臣は日本国民を憎んでいることが一部で知られています。幼い頃売国じじいの家で群衆のデモに取り囲まれた恐怖がトラウマになっているらしいのですが、現在この男はウィルスによる被害に託けて大量の日本国民をパージしようとしています。少なくとも死んでいくことを歓迎しているとしか思えない言動の数々で、つまり「メイヘム」の店長と同じです。

実際には日本の独裁者などどうでもよくて、これはブラジルの政治的問題つまり極右政党の台頭が関係していると見て取れます。

ブラジルでの極右政党の台頭に監督は怯えきっており批判しまくりでした。この映画の当時から兆しはあったのでしょうし、さらに翌年「翳りゆく父」での来日のわずか数日後、ブラジル大統領選挙が行われる2018年の秋が迫っていました。

2018年に来日した監督とプロデューサーは極右政党が政権を取った場合の危機についても大いに語っており、文化の消失に繋がりかねないとも指摘していました。「メイヘム」からも明確にその政治意図を感じ取ることができます。

さてウェイトレスのサラです。「お前・・・どうなんや。お前、どうやねん、なんやお前は」となる人物設定です。ただしこっちは見ているほうにも理解しやすいのです。つまり彼女は、店長に怯え、店長を愛し、店長を憎み、店長に愛を要求します。そのために時に店長に媚びまくり、時に怒りを露わにし、時に愛を貪ります。涙を流し嫉妬に狂い人を助けたり陥らせたりします。金持ちの真似をして着飾ったりもしたい、店長に気に入られて特別な存在にもなりたい、店長の言うがままに行動し、逆らうことはできません。店長は彼女にとって最早独裁者どころか上位自我です。もう明らかですね。彼女は誰か。それは国民です。特に極右を支持する従順で愚鈍で悪辣な国民です。

タイトル「O Animal Cordial」が、誰のことを指しているのかはっきりしました。英語ではFriendry Beastですね。ビーストは誰ですか。ビーストに媚びへつらうのは誰ですか。

ガブリエラ・アマラウ・アウメイダ監督の危惧は打ち破られ、ブラジルでは2018年に極右のジャイル・ボルソナロが大統領になってしまいました。文化予算は削られ、ブラジルの文化は後退しました。

妄想を続けます。

シェフのジャイールは道徳と善を持っています。店内では設備の不備や働かせ方に大きな不満を持っており、ただしマイノリティです。ジャイールが誰かもう完全にお分かりですね。彼は政権批判者であり迫害されるマイノリティであり道徳心を持つ市民やジャーナリストです。

他の客は、力を失った元警察、小金持ち風の賢い外国人と自信に満ち着飾った女性です。

小さなレストランに国家がありました。独裁者の店長と国民を体現するサラの二人が店内で行う狂気の振る舞いこそがこの映画の中心です。

妄想終わり。

文化・芸術・ホラー・政治

独特の演出をするこの監督の源泉はどこにあるのでしょう。彼女は子供の頃からテレビで掛かる映画を観て育ったそうです。「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」をはじめ伝説的ホラー、「ミツバチのささやき」などの名作映画、ブラジルでは古い名作映画をテレビでやっていたんですね。監督、若いのにめちゃ渋い映画観て育ち影響を受けています。テレビが良い映画を放送する価値を痛感します。私だって「ハエ男の恐怖」や「「女囚サソリ」や「ひまわり」をテレビで知りましたもん。

極右というと言葉がきついのですが、そっち系の人というのは古今東西みんな芸術に劣等感を持ち憧れるくせに同時に芸術を憎み芸術家を迫害します。日本にも近い気質のヤバいやついましたよね。交響楽団や狂言文楽あらゆる芸能芸術の予算を「面白くないし現代的じゃないし儲かってない」と削りまくったやつが。今でもいますか。こういうやつに政治の力を与えてはいけませんね。

2018年に極右政権を恐れていた監督とプロデューサー、その後どうなったんでしょう。「翳りゆく父」も作品化されていないみたいですし、次の映画を撮れているのでしょうか。

先日、ブラジルの大統領が「コロナで経済を止めるわけにはいかん。経済活動再開せよ」と号令を掛けたのがニュースになっていました。大事になっていないことを願います。

そんなわけで「メイヘム」は珍妙傑作ですが非常にクセのある映画で、若干取扱注意です。私はもうこの映画と監督に惚れまくりですが人様に同じようにお勧めするわけでもないのでそのあたりは割り引いておいてください。

 

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