おくりびと

おくりびと
本木雅弘が「納棺夫日記」を読んで感銘を受け製作に奔走した逸品。死体に化粧を施す納棺夫の舞のような美しさ。
おくりびと

評価が高く評判になっていた本作、劇場上映が一旦終わった後にアカデミー賞外国映画賞を受賞したことでリバイバルも上映され、すでにDVDの発売もされていたその頃にもロングランヒットし続けるという珍しい売れ方をして話題になったのは記憶に新しいところ。
泣いて笑って笑って泣いて、日本映画の誇りのような作品でありました。

旬を逃した今頃に紹介する必要もないほどに美しい本木雅弘の納棺夫演技、山崎努の深い味わい、コメディと泣きのバランスの良さです。

巷では賛否両論なんて言う人もおられますが、否なんてないでしょう。この映画を否定したら何が残るんですかというくらいです。
とは言え残念な部分もいくつかあって、その部分を許せないとするならば「否」の側に回ってもおかしくないかもしれません。

「賛」を前提に敢えて「否」をいくつか挙げるとすれば、まずなんといっても蛇足のラストシークエンスです。 風呂屋のお話の後ですね。何もああいう形でまとめ上げなくてもよかったのに。特に石ころネタの感動話はちょっと辛い。あれで一気に醒めます。一般向けのサービスシークエンスでしょうか。
「おくりびと」にかぎらず、多くの映画でああいった取って付けたようなサービス感動シーンが唐突に出てくると少しうんざりします。
でもこういうのは言わば観客に対するサービスだから仕方ないと諦めていて、個人的感想においてそういうサービスシークエンスについては気に留めないようにしています。
次は広末涼子さんです。ちょっと幼児声の、何というか、もうちょっと大人っぽいほうが、その、まあいいですね。

と、ここまで批判めいていますがすいません。
この映画は上記悪口を踏まえても尚、あまりある素晴らしさを持っています。

まずは誰しもが息を呑む本木雅弘の納棺夫の姿や自然な演技です。今回この作品は本木自身の強い思いで実現したそうで、並々ならぬ力の入れようが見て取れます。ネルソン・マンデラを演じたモーガン・フリーマンの如きです。神が舞い降りた奇跡の演技と言っていいでしょう。納棺やチェロ演奏以外の普通のシーンもすべて設定されたキャラクターを完璧に演じていて深みもありすぎです。
この映画ではチェロ奏者が楽器を置いて納棺夫になりますが、このチェロ奏者の設定がとても良いです。
イトイ新聞ではチェロの女体性に着目していましたが、私はアーティスト、ミュージシャンとしての括りで拝見しました。
本木演じる小林大悟という人間の個性の多くが非常にアーティスティック、それも画家ではなく芸術家でもなくオーケストラの一奏者というのにぴったりなんですよね。世間知らず感、飄々とした感、ピュア感、朴訥さ、拘りのなさ、金銭感覚のなさ、すぐに感情移入してしまう気質、すべて音楽家設定の説得力を持っています。そして納棺夫の芸術性との親和です。
もしこれが「リストラされた営業マン」なんて設定なら、何もかもの展開が嘘くさくなっていたでしょう。
楽器演奏者の設定は計算されたものではないそうですが、だとすればなんという奇跡のなせる業。
こういう、計算上ではない偶然による意味の深さは優れた文芸作品には付きもので、作家の意図した以上の価値がそこに発生するからこそ歴史的な名作が発生するのだという理論に納得です。

山崎努です。山崎努の格好良さはもはや語ることもないでしょう。彼が演じると場の空気が張り詰めます。何をやってもハードボイルドです。まったくもって貴重な怪優ですね。存在そのものが素晴らしいです。

主人公が住む元喫茶店の家やNKエージェントの建物や内装がまたかっこいいです。ああいうのをカッコいいと思うのは世代性ですか?わかりませんが、とにかくカッコ良くて、今すぐ引っ越して住みたくなります。

中盤までの展開やコミカルなシーンを見るにつけ、伊丹十三が生きていたらこの映画を観てさぞかし悔しがるのではないかと思いました。あるいは、伊丹十三に撮ってほしかったな、なんて。

個人的体験に基づくのかもしれませんが、コミカルな部分も含めて、すべての納棺、葬式シーンで涙が止まりませんでした。年を取った証拠だよなあ、なんて。

記憶から広末涼子の演技とラストシークエンスを消し、クライマックスは風呂屋のシーンということに脳内で作り替えることによって、この作品は傑作認定となりました。いいですよね?好みは人それぞれ。良いシーンがいくつかあればもうそれだけで十分です。

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