ベルサイユの子

Versailles
ベルサイユの子
公開年:
2008
製作国:
監督:
製作:
  • ジェラルディーヌ・ミシュロ
脚本:
撮影:
  • ジュリアン・イルシュ
音楽:
  • フィリップ・ショレール
主演:
出演:

社会から脱落した若い母親とその子ども。同じくドロップアウトの森に住む男とその仲間のホームレス。

ベルサイユの子

映画ファンの至福の瞬間とは何か。そう。何も知らずに観た映画が大当たりの大好き映画だったときです。

どんな映画かなあ。子供を出汁に使った姑息な感動映画だったらハズレだなあ、なんて思いながら見始めると、冒頭シーンから身を乗り出すことになりました。

町外れを彷徨うホームレスと言っていい若い母親ニーナとその子どもエンゾです。いきなりの辛そうな貧乏そうな社会派的リアル映像に「この映画は大当たりかも」との予感が。そしてそれは的中。

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母親との彷徨いの果てに、ベルサイユ宮殿の敷地内というか外れというか森に到着。そこでドロップアウト組の愛想のない男と出会います。

この映画はですね、まず母と子の貧困の物語を丁寧にしつこく描き、その後森に住むホームレスたちの童話的人間関係なんかを描き、ドロップアウト男ダミアンの理想と屁理屈、彼と家族との関わり、父と子の物語も描き、そして何よりこの子どもエンゾの生きる力を描きますよ。

母親ニーナと森の男ダミアンは共にはみ出しものですが、ニーナは社会から脱落した底辺の弱者、ダミアンは自ら脱落を選ぶ教養ある人間です。
二人の対照的な大人と過ごすエンゾの姿が全て印象深く、胸に突き刺さります。

この映画にはある種の人間がいかにも批判しそうなストーリー上のポイントがいくつかあります。そうですね、例えば「こんな母親は駄目、信じられない」とか「この男の行動が意味不明」とか、そういった倫理観に関する批判です。

社会との関わりや他者の痛みを想像できない貧困な精神の持ち主がよくやる非合理的行動や倫理に反する行動への批判ですね。映画に関しては主人公が道徳的じゃないと怒るような人と同類の批判です。
この作品の道義的にちょっと問題ある行動をする登場人物に対峙したときにどう感じるか、それが重要になってきます。
道徳的倫理的社会的に理想の行動を取ることが出来ない登場人物に感情移入できるかできないかで、この映画の印象はまるで違ってくることでしょう。
大丈夫、私と同じように駄目人間が大好きで渋めの映画が好きなあなたならきっとお気に召すはず。母親ニーナにも暖かい目線を送れます。

ラストがちょっとだけ残念だったことですが、それはただ単にちびっ子を最後まで見ていたかったわがままのせいだと自覚しています。猫じゃないんだから、いつまでも可愛いままってわけにはいきません。そう思うと、ちょうどいい落としどころだったかもしれません。人の情けが身に沁みる、他人を思いやる良い子に育ったはずです。なんだやっぱり大傑作じゃん。

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「ベルサイユの子」はですね、まあなんだかんだ言っても、ちびっ子エンゾの素晴らしいことにつきます。脚本上も演出上も演じる本人的にも、いずれにしても最高レベル。可愛いなんてレベルじゃありません。強くたくましく賢く、ピュアで素直で一本気、哀れで不憫で細やかです。たまりません。もうたまりません。

これは私の貧弱な映画体験を基準に言わせていただければ、生涯三大ちびっ子映画のひとつに含まれる最高級のちびっ子です。
ちなみに超個人的ちびっ子映画ベスト3は「ミツバチのささやき」本作「ベルサイユの子」そしてつい最近観た「ぜんぶ、フィデルのせい」であります。「ローズ・イン・タイドランド」はいろんな意味で完全に別枠でございます。古典的名作も除外してます「地下鉄のザジ」とか。

もちろん古今東西ちびっ子マニアではありませんので、まだ観ぬ素晴らしい作品があるかもしれません。一応今の時点ってことで。

さて、わがまま自由人の男ダミアンを演じるギョーム・ドバルデューですが、2008年『L'enfance d'Icare』を撮影中に急性肺炎にかかり急逝、本作が遺作になってしまいました。
この方は95年の事故がきっかけで院内感染に見舞われ、17回の手術とリハビリの果て2003年に片足を失うという事態に見舞われました。本作でも義足で演技しておられますが、全くそれを感じさせません。大変な努力であっただろうと思われます。役者の鬼であります。
残念すぎる夭逝でございました。

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