闇の列車、光の旅

Sin nombre
闇の列車、光の旅

メキシコ経由で米国入国を目指す少女サイラと叔父と父親。片やギャングの一員でちょっと軟派な少年カスペルことウィリー。両者が出会うのは米国行きの詰め込み列車の屋根であった。

闇の列車、光の旅

というわけでこの映画、最初はギャングであるカスペルことウィリーから始まります。独自のルールや挨拶で堅い結束の恐ろしいメキシカンギャングの中で、彼は甘いマスクと軟派気質でちょっと浮いています。よからぬ予感がしますね。

いろんな事情を経て彼らは移民列車で出会い、密入国を目指す少女サイラと逃避行少年カスペルの旅が始まります。ロードムービーっぽくはありません。ややサスペンス仕立て、しかし主人公たちによるほのかな任侠青春映画の風合いが強いです。
何となく昔懐かし系の、孤独なヤクザの優しさと巻き込まれ系純真少女の腐れ縁と恋心、旅は道連れ世は情け、おい嬢ちゃん、おれに近づくとケガするぜ、いやよあんた、放ってはおけないわ、孤独な旅は命を捨てた逃避行、嬢ちゃん、お前さんは幸せになりな、何を言うの、あんたの優しさ知ってしまったからには、あたしゃついていきますとも、ふたりでアメリカへ渡って、人生やり直すのよ、そいつも悪かないな、おっと追っ手が、おっと国境警備が。

というわけで任侠青春映画としてあくまでも真っ当に進行します。しかしこの映画は舞台そのものに大きなリアリティがあり、メキシコの田舎やギャングの生態、移民を運ぶ列車の描写に力が入りまくっています。特にアメリカを目指す移民たちを乗せた列車は重要で、ことさら移民問題を取り上げることをせずとも見ているだけで重いものが胸に迫ってきます。そうまでしてアメリカを目指す人たち。途中多くの人が強制送還されたり殺されたり死んだり行方不明になったりして、アメリカにたどり着けるのはほんの僅かです。それでアメリカに入国できたとして、その後の彼らの運命は誰にも判りません。辺境の食肉工場で過酷な労働をする羽目になったりする人も大勢いるわけです。そう、このお話の続きは「ファーストフード・ネイション」で是非どうぞ。

というのはいいとして、私としてはほろ苦い青春映画のとばっちりを受ける形になったサイラの父ちゃんと叔父さんがもう可哀想で。とうちゃーん。

それとやはり強烈なのはカスペルの弟分である少年"スマイリー"ですよね。前半からいきなりショッキングなシーンもあり、スマイリーは映画中でも着々と成長します。どんどん成長するスマイリーとどんどん優しさを再確認するカスペルの対比がドラマにぴりりと味付けされて効いています。

制作総指揮に名を連ねているディエゴ・ルナとガエル・ガルシア・ベルナルです。彼らに期待してもうちょっと欲を言わせてもらえば、旅の中での、ストーリー進行の説明ではない奥行きのある会話やなんかがもっとあればなー。とか。真面目な映画だからそれやってしまうとコメディになってしまいそうですか。そうですね。
途中、果物を放り投げてくれる人々、石を投げる人々、炊き出しの人々と、周辺のいろんな人も出てきます。このあたりは大層おもしろいシーンでした。

脚本・監督のキャリー・ジョージ・フクナガはギャングや列車のリアリティ追求のために体を張って取材し撮影準備をしたのだとか。うんうん、それは見て取れますね。
任侠青春映画に仕上げたのは、そうでもしないと重すぎたり苦しすぎたりするからかもしれません。

主人公たちの旅の果てには何が待っているのか、素晴らしいアメリカか、挫折か、何でしょうそれは見てのお楽しみ。ラストシーンは大変よろしいです。けっこうぐっと来るかもしれませんよ。

「列車が重要です」なんて書いてしまいましたが、列車は邦題にもなっていますから重要に思って当然ですよね。とすると、逆に重要に思いすぎないほうが映画を見てて楽しめるかもしれません。オリジナルタイトルは Sin nomber 「名無し」っていう意味だそうです。
このタイトルも任侠っぽいじゃありませんか。タイトルを「名無し」であると合点して観れば、列車のシーンの出来の良さをさらに感じ取ることが出来るでしょう。

列車に群がる不法入国を目指す大量の名無しさんたち。ドラマチックな主人公たちでさえ名無しの一人に過ぎません。

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