運命を分けたザイル

Touching the Void
アンデスの雪山で遭難した登山家を描いた実話ベースの物語。登山家本人のインタビューと再現ドラマによるテレビ・ドキュメンタリーのような変わった構成で描ききる。
運命を分けたザイル

この映画はアンデスの雪山で遭難した登山家の生死をかけたドラマでして、話の筋はもちろん遭難して大変な目にあってそれでも何とか生き延びたというそんな感じです。
ありきたりとか、そういうのを通り越して「それで?」と聞きたくなるような直球の当たり前なストーリーですが、これがまあなんとめちゃくちゃ緊張感があってリアルで怖くて手に汗握って気が遠くなって生と死を考えずにはおれなくなって息が止まって涙が滲んで力が入って心を揺り動かされ胸がいっぱいになる凄い映画に仕上がっておるんですよ。こんなの有りか?と思うほどのパワーを持つ映画です。これは快挙。

しかもこの作品は不思議な構成で作られていましてですね、生還した登山家本人がインタビューに応じるような形で最初から映画に登場します。
よくあるテレビ・ドキュメンタリーみたいな感じですね。本人が当時を振り返り、登山に入る前からの出来事を語ります。そしてそれに続いて俳優が演じる再現ドラマが出てくるんですよ。これが本編部分になります。
つまり最初から、この登山家が生き延びていることを示しているのです。本編が再現ドラマに過ぎないことを示しているのです。

「最後は助かりますよ。本編は再現ドラマですよ」と高らかに宣言しているのです。
最終的に生還することを最初から判っていて、しかもインタビューに続く単なる再現ドラマの形で物語りが進行するというこの映画、普通に考えればそんなの見て緊張感を感じると思いますか?危機が迫ったとき「危ないよー」と、ドキドキすると思いますか?
高らかなる宣言、これは製作陣から観客に向けての宣戦布告です。
それほどの自信があるのです。
結果どうでしょう。この緊張感は何事でしょう。完敗です。我々観客は敗北宣言を惜しみません。

緊張感やリアリティだけに留まらず、少ない登場人物の人間的な描写にもぐっときます。特に3人目の彼とか、あまり登場しない人物の憎たらしいほどの魅力的な描き方に感動すら覚えました。

「登山家が遭難して苦労してそんでもって助かる話でしょ?ふーん。別に見なくていいや」とお思いになる気持ちはすごくわかりますが、この作品はそれでも尚見る価値があると、同じ気持ちで見始めて敗北宣言をした私が言うのだから間違いありません。

2009.07.07

監督のケヴィン・マクドナルドはもともとドキュメンタリー番組を作っていた人で、ミュンヘン・オリンピックで起きたテロ事件を詳細に検証したドキュメンタリー「ブラック・セプテンバー」(1999)でアカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞しています。
「運命を分けたザイル」のドキュメンタリー番組調の作りはわざと気をてらった構成にしたのではなく、元々お手のものだったんですね。

ドキュメンタリーで培った詳細でリアリスティックな描写は、この後の作品「ラストキング・オブ・スコットランド」でも思い切り発揮されています。

ドキュメンタリー出身ということでもうひとつ特徴があります。それは職業人の描き方にリアリティがある点です。ドキュメンタリーと言えば「はたらくおじさん」と言っても過言。「運命を分けたザイル」の登山家、「ラストキング・オブ・スコットランド」の大統領と医者、そしてサスペンス映画「消されたヘッドライン」の新聞記者と、どの作品も職業またはスキルを持つ(あるいは持たない)人間をクールかつリアルに描きます。人間のドラマを職業やスキルと絡めて深みを持たせることが上手なんですね。いいですね。真っ当なドラマ作りと思います。

「運命を分けたザイル」で描かれる人間ドラマは安っぽいヒューマニズムではなく、生死を決する覚悟に潜むサバイバル感や人間が持つブラックな面もしっかり表現します。その部分がプロっぽかったりリアリティがあったりする部分でもあるんですね。安易なヒューマンドラマを期待していると「何だこいついやな奴」とか思ってしまうかもしれませんがそういうところがまたいいんです。だからこそ人間が立ちます。このブラックさはまことイギリス映画らしい面白い部分であると私なんかは思うんですが、そこはほれ、”評価を分けた材料” ってことで・・・語呂も悪くてお見苦しい点をご容赦ください。

英国アカデミー賞受賞

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