エレファント

Elephant
エレファント

とある高校、それぞれの生徒たちがそれぞれの日常を送ります。時にはある瞬間に日常がぷっつり終わることもあります。

エレファント

カンヌ国際映画祭でパルムドールと監督賞の二冠を果たしたこれが噂のガス・ヴァン・サントの「エレファント」でございます。

劇場で見逃した作品のうち、見逃したことが悔しすぎる場合はその後封印して随分経ってから見たりします。ええ個人的な話ですいません。初見にて堪能した「エレファント」は噂に違わぬ良い映画。

タイトルの「エレファント」にはさまざまな意味があるようです。
明らかな大きな問題に触れず、小さな日常を過ごすという表現の「Elephant in the room」とか、一部を取り上げて全体像をつかめずという表現の「群盲象を評す」みたいなのです。

そういえば現実に起きている現在のこの日本の状況、まさにエレファント。問題が大きすぎて個々が現実逃避と小さな事象のみに明け暮れている様が思い起こされます。些細な事象に目くじらを立て、問題を隠蔽する耳障りのいい言葉に惑わされ、末端への感情移入によって大枠を見定めることを忘れ、より大きな展望から目を反らして些末さだけを見つめて安堵したり同胞攻撃に明け暮れるという、一種のパニック状態にあるわけですが大衆の想像力の限界という問題もあってこれはこれで本作品とは関係のない話ですねすいません。

で、そういう意味を含むタイトルですが、ガス・ヴァン・サントの言によると、プロデューサーに打診したときの条件として「エレファント」(89年:アラン・クラーク)のようなアプローチであるという話をしたことが発端で、タイトルもそのまま拝借して「エレファント」にしただけとのこと。
もちろんこの言には照れもあるかもしれませんし「エレファント」という言葉が内包する意味はもちろん重要なコンセプトであったろうことは想像できます。
アラン・クラークの「エレファント」はアイルランドの民族対立をテーマにした映画で、特定の誰かに焦点を当てずに描く技法の映画らしいです。

そう、こっちの「エレファント」も、特定の誰かに焦点を絞ったり、ドラマチックなお話を付け加えたり、動機や顛末を描いたり、そういうことを避けて作られています。
次々と生徒たちが出てきて、淡々と日常を送るのですね。いい演出です。同じ一瞬の出来事を、主体を変えて繰り返し表現したりします。これは面白い。真似したくもなりますね。
で、この技法を取り込んで昇華させた作品に「明日、君がいない」があります。こちらもいいですよ。「ぱくりやがったな」とか、全然思いません。上手く昇華しました。もしかすると「エレファント」より「明日、君がいない」を評価する人もいるかもしれません。それほどよく出来ています。
「エレファント」を観た人はぜひ「明日、君がいない」も観てあげてください。いいですよ。
「明日、君がいない」を観た人は、元になった本作を観てみる価値がありますのでぜひどうぞ。

ガス・ヴァン・サントはコロンバインの銃乱射事件に興味を持ち、このような作品として昇華しました。原因の推測や、安いドラマ仕立てにだけはすまいと考えていたようでして、淡々と映し出す誰かさんの後ろ姿、背後からのショットに関しても「観客に考える時間を与えたかった」と語っています。
普通の娯楽作品は観客に考える時間を与えず、途切れないように物語りを進めます。
本作では場面転換の時間の短縮も避け、普通ならカットされるシーンを敢えて入れ込みます。リアリティを与えるためであり、各シーンに等しい重要性を与えるためである、と、このように狙っておられます。

セリフは即興。全てアドリブ。いくつかのキーフレーズが台本にあって、それ以外は俳優に任せたそうです。
観客に何かを伝えるためのセリフではなく、特定の狙いもない。その場で完結しているアドリブの語りの中に日常性のリアリティがあるんですねえ。
例のピアノを弾くシーンもアドリブで、撮影中に弾き始めたのを採用したそうです。良いシーンが撮れましたね。

そして、この映画のメッセージは観客が決めることであり、そのため問題を未解決のままにしたようです。「問題は解決しない。暴力はなくならない。動機も不明。それがメッセージだ」と監督は語っております。「絶望感を与えたいわけではないが自分にはわからない。それぞれの受け止め方をすればいい。ぼくが考えるテーマを与えたいわけじゃない。感想をそれぞれ抱いて欲しい」

最後に警官が介入するシーンを撮ったものの、それは使わなかったとのこと。監督によると「ありきたりだしね」その通りですね。

高校生たちのほとんどがオーディションを受けた素人で、1400人から選ばれたそうな。
コロンバインの事件についてもディスカッションを繰り返し、それぞれが真剣に取り組んだようですね。

この事件についてはマイケル・ムーアが「ボウリング・フォー・コロンバイン」で直球ドキュメンタリー映画を作りましたが、ガスは変化球の深々としたドラマを作り上げました。

この映画には2曲のクラシック音楽が登場します。ベートーヴェン「月光」第一楽章と「エリーゼのために」です。ベタですが非常に効果的。
そうそう、それとやっぱり雲。空と雲のショットがとても良いです。女の子が空を見上げるシーンも途中にありまして、雲が何かを語りかけるように大きな存在として登場します。この空の不安な表現は最近では中島哲也が「告白」でもパク 採用していまして、あぁ、そういえば中学生の頃、雲を見つめていて学校サボったなあなんて思い出も蘇ります。

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