主婦マリーがしたこと

Une affaire de femmes
ナチ占領下の北フランスが舞台。二児の母で戦地の夫を持つマリーが行った仕事と顛末。
主婦マリーがしたこと

巨匠クロード・シャブロルと大女優にして怪女優イザベル・ユペールのコンビによる実話を元にしたある主婦の仕事と顛末なわけですが、88年の本作はすでに名作映画扱いですので、wikipediaや映画データベースなど映画紹介サイトでは始まりからラストまでのストーリーをさくっと載せておりまして、未見の人もいるのに何という気配りのなさ。ああいうサイトを鑑賞前に覗かなくて本当に良かった。
映画ってのは中身を何も知らずに見るのが最も楽しいのですが、古い映画となれば誰でも知っているという前提なので、未見の読者に気を遣うということがないのでしょうか。「主婦マリーはこうこうこんなだったが、こうこう、こんなことをして、最後はこうなって、仕舞いにはこうこう、こうなりました」みたいな、キャッチ文というよりあらすじ紹介ですね、そういうのをみんなやっております。まだ観ぬ人も沢山いるのに、あらすじ紹介をいきなり見せてはいけません。私は初見で情報も0状態でしたから、おかげさまで随分楽しめました。

当初の目的はイザベル・ユペールとマリー・トランティニャン。イザベル・ユペールは怪女優にして大女優、「ピアニスト」を観た者全員に一生消えないトラウマを残した恐ろしい女優で、先日は「パッション」に出ていたことを初めて認識しました。マリー・トランティニャンは「ポネット」の最上級ぶっ飛び母さんも演じた個性的でカッコいい急逝が惜しまれるサラブレッド女優。このふたりが目的だったため肝心のクロード・シャブロルについてはほとんど無自覚でございました。

さて主婦マリーですが、この映画はナチ占領下にあるころの北フランスが舞台で、最初貧乏母さんです。まだ若いのに二人の子供を抱え、夫は戦地に行ってしまっているため一人で大変そうです。
貧困とちびっ子の映画か?とも思えますが、主婦マリーは他の貧困ちびっ子映画の母親たちとちょっと違って、奔放なところがあります。ちょっと浮世離れした夢を持っていたり、若いから遊びたいのに、とか現代人にも感情移入が容易な少し厄介な性質ももっています。この性格がキモになります。
ストーリーは淡々と、しかしダイナミックに進行します。
まさに「主婦マリーは最初はこう、次にこう、次にこう、次にこう」です。そして「次にこうなってああなってこんなことになってあんなことになって」と、そういう進行です。
ですのでストーリーを知らずに観たほうがお得です。まさかの展開の連続に頭がくらくらします。もちろん全てを知った上で繰り返して観る価値もありますので、初見以外だと細かな演技や演出をたっぷり堪能できるでしょう。

しかしそれにしてもまあ凄まじい映画です。
描いているテーマも多岐にわたります。いろんな目線でテーマを発見できるでしょう。
イザベル・ユペールの演技はほんとにもう、これは何といっていいのか、そりゃ「ピアニスト」やるわいな、と言うしかない超絶演技で、尊敬を越えて崇拝したくなるレベル。貧乏な主婦、カフェで息抜き、歌手になりたいの、あれ儲かっちゃった、清潔な肌でないと、こんな家もう厭、私も法を犯してるのよ、いやはや、七変化というか、その場その場でのマリーとして何ものかが憑依しているかのような恐ろしいばかりの演技です。
戦争、占領、友人、家族、生活、ちびっ子、仕事、差別、時代、風俗、意識、ジェンダー、政治、描かれる事柄は生活密着型の人間心理から国家・政治に至るまで、大風呂敷を広げることなくひとりの女性を軸に淡々と描きます。

後発である「ダンサー・イン・ザ・ダーク」や「ヴェラ・ドレイク」の立場が危うくなりそうな大事な一点、それは主婦マリーの性格です。先発ですでにこういう風に複雑な女性像を描いていたんですねえ。

娼婦のお友達を演じたマリー・トランティニャンですが、ジャル=ルイ・トランティニャンを父に、ナディーヌ・トランティニャンを母に持つサラブレッド。派手で美しい方ですが、本人は怪っ態で変わった役を好んでいたそうな。2003年、恋人のベルトラン・カンタと喧嘩して突き倒され死亡。残念すぎます。

夫役フランソワ・クリュゼがなんとも味わい深いです。気が弱くちょっと情けない男で、貼り絵などに昂じる姿が哀れを誘います。

ふたりのちびっ子の魅力も捨てがたい。兄と妹。かなり良いコンビです。ちびっ子映画としてもすぐれもの。とくに最後のほうで唐突に独白を行うお兄ちゃんに驚愕です。

占領下のフランス風俗の描きっぷりも見事。街並みや家や小道具もそれを追うカメラも演出もいいです。後の「ヴェラ・ドレイク」も「主婦マリーがしたこと」がなければあそこまで徹底して作り上げることをしなかったかもしれません。

後半には政治的なテーマも噴出です。制度、政治、戦争、そしてフランス人の先の大戦の総括的な部分まで感じ取れます。
物語の基本を貫く女性差別の時代への総括も同じく感じ取れるでしょう。
どの国もそれぞれ先の大戦以降、いろんな総括を経て変化して先へ進む道を選んできました。それすら出来ず未だ戦後が終わっていないまま国ごと終わろうとしているどこぞの間抜けな我が国はいったいどうすればいいんでしょう。

DVDには付録映像もあって、監督の姿勢が垣間見れます。結構技術的なお話や、役者に頼るところは頼っていたりしているところや、意外な面も確認できました。

てなわけでDVD化万歳。クロード・シャブロルの他の作品もDVD化が実現したようですね。ありがたやありがたや。そういえば上映も積極的に行われているようですね。今年はクロード・シャブロルの年なんですか?
DVD、けちなことを言わずにレンタルも行っています。ありがたやありがたや。

ヴェネツィア国際映画祭女優賞:イザベル・ユペール
ニューヨーク映画批評家協会賞:外国語映画賞
ロサンゼルス映画批評家協会賞:外国語映画賞

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  1. ピンバック: 8人の女たち | Movie Boo

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