イップ・マン 序章

葉問
イップ・マン 序章

多くの道場が軒を連ねる中国武術の町、広東省佛山市の葉問(イップマン)の物語。カンフー・アクション映画の王道。

イップ・マン 序章

世代的にブルース・リーの虜になった男の子女の子はたくさんたくさんおられます。ヌンチャクのひとつやふたつは手作りしただろうし、「レイモンド・チョウ」とか「サモ・ハン・キンポー」なんて名前も記憶にこびり付いているかもしれません。
授業に遅刻してでも朝の映画予告編番組を見ないではおれなかったかもしれませんし、映画館では続けて2度観したかもしれません。鏡の前で頬に三本の切り傷を描いてみたり上半身裸で近所の神社で修行したかもしれません。それはわしか。

この映画はブルース・リーの武術の師匠でもあったイップマンの物語です。実在の人物ですが映画的には多くの脚色がなされている模様。

いやはや、カンフー・アクション映画の王道中の王道、ギャグやお笑いに向かうことなく、真っ向勝負の真面目路線、カンフー映画かくありなんと言わんばかりの作りになっていて、懐かしいやらカッコいいやら、昔の香港映画ファンの心もぎゅっと鷲掴みです。

「イップ・マン」は1935年からスタートします。この時代を背景にしたちょっと変わった作りです。否が応にも戦争というものが絡んできます。とはいえ、社会派的側面はまったく顔を出しません。そういう映画ではなく、あくまでカンフー・アクション映画として仕上げています。この辺のさじ加減は潔いと思います。

さて冒頭ですが、佛山市は賑わいのある良い町で、多くの道場が軒を連ねる武術のメッカ、ここに、皆に尊敬され強くて金持ちの貴族イップ・マンがいます。優雅な暮らしで文明人・文化人・知識人の様相を帯びています。
最近道場を開いたというトミーズ雅もとい、廖師匠がお手合わせ願いたいと申し出て、家の中で試合を行います。勝っても負けても口外無用。もちろん負けます。
このエピソードから派生する冒頭の人物紹介シークエンスが見事です。
この廖師匠もいい感じの人です。心が真っ黒な私たち夫婦はこの最初のシーンで様々なよからぬことを想像していたのですがそういう裏はなく、素直に見るべき人物です。
茶館の店主とその弟、騒ぎに割って入る警官、イップ・マンとその奥様、主要登場人物がきちっと描かれます。悪者も登場します。いかにも悪者登場っていう音楽と共に現れるのが、わりと礼儀正しいわりと素直な豪傑、道場破りです。
商売人のお友達も登場します。心が闇で覆われている私たち夫婦はこの人の登場を見て、きっとこの男は悪者で後々汚れた金にまみれた嫌な厭な奴になって襲いかかるに違いないとダークさ満点の予想をしていたのですがそういうことはなく、それどころかこのおじさんはとても良い人で最後の最後までイップマンの親友です。おじさん疑ってごめんなさいと私は思いました。

こうして主要人物たちが繰り広げる序盤の物語は1935年の古き良き中国、お茶を嗜み、文明人の誇りを持ち、牧歌的で優雅で道徳的、幸せな日々です。
この前半部分の出来はずば抜けています。ここを堪能するだけでも価値があります。
その後は物語はどんどん先に進みます。
どう進むかはそれはご覧になってのお楽しみ。

この映画、多くの人物を簡潔に且つ深く描き、ストーリーも沢山含み、カンフー映画の定番的シーンもきちっと押さえます。例えば必ず出てくる茶店の存在、これは所謂カフェでして、中国の昔はカフェでのサロン的文化がきっちりありました。どんなカンフー映画にもかならず大事な場所として茶館が登場します。
茶と煙草は文化の証。こういうカフェ文化が衰退するのを社会の野蛮化、文化の下劣化といいます。ファシズムに侵された社会では茶や煙草の文化が攻撃対象とされ、文化の衰退した社会では無駄を悪として排除しようとします。
弱きものたちに武道の訓練を施し、みんなで頑張るシーンも定番です。定番でもなんでも、こういうシーンは誰もが多少はじーんとします。
カンフー・アクションは丁寧です。時にはワイヤーアクションで吹っ飛んだりしますが、そういった派手な表現はかなり控えめで、あくまで真面目な武闘シーンの追求をしているように感じます。手に汗握ります。カメラワークも凄いです。力強く超速、舞のような美しさ、カンフー映画の鑑です。格闘シーンは呻りますよ。アクション監督はサモ・ハン・キンポーです。

ストーリーのなかで感心したことがあります。
それは奢りや気の緩み、怒りや憎しみの発動とその因果応報についての一貫した姿勢です。
よく見ると、すべての人物の顛末が「己の行動が導いた」ことに関して徹底しています。主人公イップ・マンにしても例外ではありません。
つい調子こいて「3人かかってこいや」と言ってしまったばかりに、とか、つい怒りにまかせて派手にやってしまったがために、とか、一瞬の心の隙がその後起こることの原因となります。

前半の古き良き佛山での道徳感から、後半の因果応報への繋ぎも効いています。人物たちがどうなっていくのか、まるで長い長い物語を見たようにさえ感じます。
こうした深い物語を、アクションの中で表現したことも立派です。お話とアクションが分離しておらず、アクションそのものがストーリーの軸となっています。
「トイ・ストーリー」と同じく、設定・テーマ・脚本の三位一体となる映画のお手本のような作りです。
香港映画、カンフー映画を食わず嫌いしている人も、これを見たら食わず嫌いが治るでしょう(我が家の奥様のように)

この作品、続編があります。「イップ・マン 葉問」です。

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