バベットの晩餐会

Babettes gæstebud
19世紀、ユトランドの海辺の小さな村の小さな出来事。牧師の娘マーチーネとフィリッパに魅了される二人の男、数十年後に家政婦として姉妹の世話になるフランスから亡命してきた女性バベット、そして村人たちです。
バベットの晩餐会

「バベットの晩餐会」を大好きな映画の筆頭にあげている人も大勢います。私が「観てないの」と言うと「えーっ何でーっ」と言われるそんな映画です。ニューマスター版のDVDが出たのでやっと観ることができました。

海辺の小さな村です。村人が集まっても大した数になりません。信頼されているプロテスタントの牧師と娘二人です。美しい歌声を持ち絵画のような美しさを携えた姉妹です。

この姉妹に魅了される二人の男、ひとりは冴えない軍人、もう一人は有名なオペラ歌手です。
「バベットの晩餐会」は宗教的な道徳心をピュアに保ったまま年を重ねる姉妹と、成就しない愛をピュアに保ったまま年を重ねる男ふたり、そして彼らに導かれるように出会うバベットという謎のフランス女性の物語です。

愛と信頼の映画であり、グルメ映画であり、小さな村の童話であります。宗教的な対立、フランスとデンマークの確執、不信と疑心を忍ばせつつじわりじわりと魅せます。バベットに対する複雑な信頼と疑心がベースにあるからこその強い感動が最後に押し寄せます。これはやられました。奥ゆかしい演出、踏みとどまった主張、押さえた感情表現。なんという謙虚で美しい映画なのでありましょうか。

後半のグルメシーンが絶賛されています。すなわち調理場と宴のシーンです。孤独でたくましい調理シーンは後の映像表現に大きな影響を与えました。バベット、超カッコいいです。宴シーンは、料理の話をしてはならない、美味しい美味しいと言ってはならないという制約が課せられているものですから、見ているこちらも一緒になって悶絶してしまいます。これはつまりあれですね、笑うことを禁止するお笑いのコントなんかと同等の効果をもたらします。あぁ美味しいと言ってくれ、褒め称えてくれ、と身をよじることになります。でもそれをしません。その代わり顔や態度で思い切り表現します。面白いです。

原作ではバベットと姉妹との確執や不信感が最後まで払拭しきれないものとなっているそうです。ですが映画ではそのあたりの複雑さを取っ払い、童話的に仕上げています。そのため見終わったあとに何ともぽわぽわする印象を残すわけです。映画の狙いは大成功ですね。

ゴージャスなフランス料理も素晴らしいですが「バベットの晩餐会」の冒頭では干したカレイが登場します。この干したカレイが最初から旨そうで「その干したカレイをアミであぶって醤油かけて食わせろー」と悶絶します。獲れたての魚も旨いですが、ちょっと干すことによって旨味成分がどばどば出てきてですね、たまらないものになるわけですな。ところが悲しいかなデンマークには醤油もありませんし干した魚をあぶって食べる文化もありません。水でふやかしたパンと一緒に鍋でぐつぐつ煮たりします。あれはまずそうでしたね。

村の雑貨屋件食材屋のちょっとマイケル・ペリンに似た彼が、郵便が届くときには郵便配達員になります。しゃきっと帽子をかぶって手紙を届ける姿がかっこいいです。

美しい姉妹も年を取り、老人ばかりが出てくる老人映画でもあります。老人ばかりが暮らす海辺の小さな村がこれまた童話的です。

村の景色も、ハーブを摘むバベットの姿も、なにもかもが美しい映像に満ちています。でも映像の美しさですら押しつけがましくありません。映画全体を包む奥ゆかしさが好印象の大きな理由です。途中、唐突に出てくる荒唐無稽な夢シーンでさえも、深刻さよりコミカルさを感じるようになっていまして、ここらあたりも注意深く作られていると感じる部分です。

というわけで私は若い頃、映画に出てくる上流階級の人のように、ワインを名指しで注文したり、テイスティングして「これは何何のこれこれ何年ものだな」なんて言えるような人間になるのが夢でしたが、将来というのは現在の連続の果てにあるものであるということを実感しただけに終わりまして、ジンやラムやビールばかり飲んで育った人間がワインの銘柄当てクイズの出来る人間になんぞなるわけがないという、そういう当たり前のことを知った数十年でございました。

「バベットの晩餐会」のメニューを再現するイベントが時々行われています。質素ながらゴージャス、グルメにはたまらない魅力があることでしょう。
でも私は一夜干しの魚をあぶって醤油かけて食うほうがきっと好きです。魚は旨い。魚を食わせろ。畜生め。魚を返せ。海に何てことしてくれたんだ。

映画とは無関係にまた怒りが込み上げてきたので今日はこのへんで。

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