この自由な世界で

It's a Free World...
この自由な世界で
公開年:
2007
製作国:
監督:
製作:
製作総指揮:
脚本:
撮影:
音楽:
主演:
  • カーストン・ウェアリング
出演:
  • ジュリエット・エリス
  • レズワフ・ジュリック
  • ジョー・シフリート
  • コリン・コフリン
  • レイモンド・マーンズ

移民労働者の職業斡旋業を始めたシングルマザーの奮闘記。彼女の仕事と移民の事情、底辺労働者と底辺自営業者の勘違いとド根性。これが自由な世界に生きる道。ケン・ローチ会心の一撃。

この自由な世界で

名作の呼び声も高い2007年「この自由な世界で」です。
まずこのタイトルですが。ぱっと見、こういうタイトルを見たら多くの人が「自由」の意味を取り違えます。「この自由な世界で・・・。素敵」みたいな。
でもこの「自由」はちょっと違います。この映画は移民と底辺労働の話ですからもちろんあっちの意味での「自由」です。「自由民主党」の自由であり「自由主義経済」の自由であり「新自由主義」の自由であることは自明であります。
もしかしたら若干のミスリードを狙ったタイトルなのかもしれないですね。もしそうならバラしちゃいましたね。ごめんなさい。

冒頭は派遣会社で働く女性からです。労働者の面接をして仕事の斡旋をする担当です。しゃんとしてて、仕事が出来て、そしてちょっと人の良さそうな優しそうな感じの女性です。
この女性アンジーが主人公です。冒頭の仕事シーン直後、この女性は職場の飲み会で受けたセクハラにぶち切れたことがきっかけで会社をクビになります。
無職になったらさあ大変。ここからこの女性の奮起が始まります。
派遣会社でのノウハウと人脈を基に、自ら派遣会社を起ち上げるのです。負けん気で頑張り屋さんです。ええそうです。序盤までは、肯定的にこの女性を見ることになります。
冒頭ここまで。このあと、仕事に燃えるこの女性と、ルームメイトの相棒女性、家族や移民たちを交えての鋭い物語が展開します。

では先に結論を言っときます。
べらぼうにいい映画でした。これは予想を超えた出来映え。脚本すばらしい。社会派問題提起ドラマとして最強の一本です。

ジャンル “移民の職業斡旋業” てのがあるとすれば「イゴールの約束」と「BIUTIFUL」に並び称される価値があります。
「イゴールの約束」も「BIUTIFUL」も、移民の世話を生業としている人物が主人公です。生々しい現実の中、彼らの行う非道に焦点を当ててはいるものの、道徳観や人間味の部分でそこに希望が見えます。そして彼らは、世話をしている移民と五十歩百歩の底辺の住民です。底辺同士の物語です。

しかし「この自由な世界で」のアンジーはちょっとばかし違います。彼女は底辺ではないにしろ、まあ労働者階級ですので底辺の仲間です。しかしそこから身分不相応に這い上がりたい野心を持ち始めたとき、イゴールやBIUTIFULの主人公たちとは全然異なる人種となっていくわけですよ。

移民労働者の派遣、というか単なる日雇い労働の斡旋業ですが、日当の安い労働者から多少ピンハネしたところで稼ぎはしれています。ですから、大きく稼ぎたい、もっとビッグになってやるという気持ちに勝てず、少しずつがめつくなっていくんですね。
地味な自営業者から経済ギャンブラーへと変貌していきます。

もともとは底辺労働者と接していて、彼らの気持ちもわかる底辺同士の優しい人間だったアンジーが、自由な世界でどんどんと泥沼にハマっていく過程を見せつけられるわけです。
「この自由な世界で」のアンジーは自由主義のお化けに取り憑かれた哀れな奴隷です。

この映画がよく出来ているのは、ひとりの女性の奮起・頑張りから、だんだんとギャンブルにハマって人として転落していく様子をわかりやすいドラマとして示すことによって、映画に含めたテーマを余すところなく観客に示すことが出来ているという点です。

移民の問題、労働の問題、ピンハネや搾取の構図、泥沼底辺の労働者とその元締めのヤクザな世界、そういったことがらから自由主義経済の正体、欲望とギャンブルと資本主義といった深いレベルの批判をきっちり伝えています。

一見「奥に秘めた深いテーマ」みたいな感じなわけですが、じつは秘めてなんかおりませんで、誰にでもそれが伝わる仕組みです。アンジーの外見の変化を見ていてもわかりますし、細かなエピソードすべてがとてもわかりやすくそれを示します。
ここがケン・ローチの特徴であり技術力の高さです。わかりやすく、観やすいのです。

イギリスにおける移民と労働者のお話ですが、現代社会のきわめて普遍的な物語です。移民に位置する人々は日本でいうと同じ日本人の底辺層です。移民の話は今のところ日本と関係ないなんて思っていたら大間違いです。
安い労働者としてこき使い、中間搾取業者がピンハネします。弱い者の資産を削り取って強い者の利益とします。これが自由主義経済です。
常に成長を前提とする資本主義において、成長が滞れば誰かが誰かから毟り取るしかありません。小さな世界では労働者の斡旋、大きな世界では国家の税制がこれを下支えします。それがこの自由な世界の実態です。

ドラマとしてもたいそう面白いです。主人公アンジーの性格設定がよく練られていて隙がないです。
序盤は真面目に働く優しいところもある人物として描かれますが、ちょっぴりのだらしなさも持っています。仕事を失うときにカードの借金のことを気にしていることからもそれがうかがえます。そして強気で猪突猛進型です。セクハラを受けてぶち切れて仕事を失います。
こうした性格が、開業まもなくの営業力に繋がります。そしてやがて傲慢さにも繋がっていきます。
優しさについても、ある移民に感情移入して特別に助けたりしますが、自分が知らない人のことはどうなってもいいと考えたりする冷静さを欠いたところがあります。

アンジーが母親に小言を言われるシーンがあります。さすが母親。娘の性格を熟知しています。この小言シーンの的確さと可笑しさ、人間ドラマとしての出来の良さがびしびし伝わりますよ。
そして父親です。この父親のことをアンジーは保守的で時代遅れと見ていますが、とんでもない間違いで、とても知性的で冷静な人間として描かれています。賃金の安い移民をこき使うことについて「将来息子がまともな賃金で働けない社会になる」と警告します。
クールなルームメイトの存在もアンジーを引き立てます。ルームメイトで仕事仲間の女性は、賢くて冷静ですが、後半になると彼女の人間味が際立ってきます。

こうしたドラマとしての面白さがきっちり作用してるんですね。ケン・ローチは単なる「社会派」というんじゃなくて、わかりやすいドラマを通しての社会派であるというのが立派なところです。どなたにもお勧めできるし、できるだけ多くの人に観てもらいたい映画です。

移民と労働者の映画として、「イゴールの約束」「BIUTIFUL」「この自由な世界で」の三本は、経済社会に生きる現代人必見の名作ドラマ。でも同テーマで他にいいのがあれば教えてください。
これらを観て、それから極めつけに移民とボヘミアンの「ル・アーヴルの靴みがき」で締めると完璧です。希望と絶望の両方を堪能できます。

「この自由な世界で」はベネチア国際映画祭最優秀脚本賞受賞。そうなんです。脚本すばらしいんです。脚本賞に外れなし。

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