ビー・デビル

김복남 살인 사건의 전말
ビー・デビル
公開年:
2010
製作国:
監督:
脚本:
音楽:
  • キム・テソン
主演:
  • ソ・ヨンヒ
  • チ・ソンウォン
出演:
  • パク・チョンハク

女性蔑視というか嫁差別が前提であるところの田舎の孤島における嫁残酷物語。

ビー・デビル

田舎の閉鎖性と嫁いびり、島から一歩も出たことがない女性が日々体験する虐げられた日常の果てのカタストロフです。

最初登場するのは「スペル」の主人公みたいな感じで人に厳しく余裕がない田舎出身の都会派女性銀行員ヘウォンです。この人が一応主人公ですが、内容的には真の主人公を描くための狂言回し的な役割も担っています。この女の性格が悲劇を生む一つのきっかけとなったりします。

ヘウォンの故郷であるところの孤島のド田舎には幼なじみのボンナムがおりまして、このボンナムは素朴な女性ですが夫や周辺の村人にかなり蔑まれています。本作の中心はなんと言ってもこのボンナムであり、ボンナムがいかに虐められるかであり、そうした嫁差別が色濃く残る糞田舎の閉鎖環境における異常さであります。

日本を含むアジアの陰湿な女性蔑視の歴史は特別です。元々の女性差別を根っこに持ちながらその差別待遇には目を覆う惨状も含まれます。例えばインドでは嫁を焼き殺すといったことも遠くない過去にあったりしました。暴力亭主に過酷な労働、人権などないのだと言わんばかりの周囲からの差別待遇、ひたすら堪え忍び阿保になる以外に身を守る術がないというこうした嫁差別、これが田舎の排他性閉鎖性や田舎者の節操のなさと合体するとさらにパワーアップします。

そんなわけで延々と描かれるボンナム虐めです。陰湿でやらしい虐めの数々です。頭の悪そうな夫からの仕打ちや、近所のばばあの態度まで、我々日本人から観ると郷愁を感じてしまう部分もなくはないのが恥ずかしいかぎりですが、そういう田舎者たちのねちっこさを思い切り堪能できます。

田舎者の閉鎖性や差別意識や抑制の効かぬ悪意と言われればピンとくるのが「ドッグヴィル」でありまして、そういえばちょっと似ている部分があります。

つまり、こんなことが続いて、そのまま済むわけがありません。ボンナムは最後の最後に奮起するのです。そこに観客が爽快感を感じます。このカタルシスが「ドッグヴィル」と共通するわけですが、もちろんのこと「ドッグヴィル」とは大違いです。なぜなら「ドッグヴィル」という映画では、そこで感じる爽快感そのものを観客に突きつけ「この復讐劇に快感を感じること自体を恥ずべきなのだ、おまえらみんな田舎者と同じ穴の狢だ」と、この手の展開を果たす娯楽映画自体への批判も含めて投げかけます。だから似ている展開とは言え全然違います。むしろ「ドッグヴィル」的には批判対象となる側に「ビー・デビル」がおります。というわけで戯言でした。

さて、いじめ抜かれるボンナムの心の糸がぷちっと切れてしまうそのきっかけのひとつが幼なじみヘウォンの保身と傲慢さにあります。ヘウォンとの関係はシナリオ的にやや含みを持たせたというかしつこい目の設定がなされていますので、ちょっとぐだぐだしますがまあ気にしない。

ずーっと丁寧に描いてきた田舎の閉鎖性や嫁いびり、そして最後の最後に訪れる復讐劇のカタルシスですが、最後の最後の最後は蛇足のぐだぐだ感が一気に噴出、娯楽映画的には「さらなるサービス」でしょうかどうなのでしょうか、せっかくの丁寧なドラマが、どういうわけか突如として妙なホラー映画みたいになったりして、一瞬観ているこちらが置いてけぼりを食らいます。

終盤までの本編を高評価に楽しんでいた人にとっては「何だこのオチ、もったいないな」と感じる最後となりました。しかし最初からホラー的スリラーを期待して観る向きには「ずっと退屈だったけど最後でやっとすかっとした」という感想で終わるかもしれません。

私はもちろん前者でして、糞田舎の鬱陶しい描写の数々を高評価しております。旦那が持っている鍵がないと電話も掛けられないとか、性的な虐待や、その他ちょっとかわったところとしてあの変なおじいさんの描写とか、とてもよろしいです。最後のカタルシスも何だかんだ言いながらめちゃいいです。いわゆる現代的な「女性が奮起して大暴れ」系スリラーの面白さを発揮します。
最後の最後のあの変な展開さえなければわりと名作級だと思ったんですがどうでしょうか。

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