ブリューゲルの動く絵

The Mill and the Cross
ブリューゲルの「十字架を担うキリスト」を映画化した作品。なんのこっちゃとお思いでしょうが、絵画作品の映画化というのはこういうことだと妙に納得出来る映像派アート作品です。
ブリューゲルの動く絵

16世紀の画家、ピーテル・ブリューゲルです。
幼少の頃よりボッシュと並んで大好きな画家でした。というのもページが破れるまで見続けた画集が、ボッシュとブリューゲルのセットでしたから。どっちかというと最初の目的はお化け系のボッシュでしたが、対バン(←対バンって何やねんそのいい方)のブリューゲルの丸っこい画風と、それと雪の狩人のあれとかバベルの塔とか七つの大罪とかも気に入ってしまい、あ、ま、そんな話はどうでもいいわ。

で、本作は「十字架を担うキリスト」です。何やらごちゃごちゃとたくさん描いてあるあの大作です。
ちっちゃな画集で見ていてもその全貌は掴みきれません。
そして今頃こんなこというのも何ですが、「ブリューゲルの動く絵」もちっちゃなモニターで観るような映画じゃありません。

悲惨なことに我が田舎町では、我が家とサイズの変わらないちっちゃいスクリーンの映画館でしかやらなかったこともあって見逃していました。しかもデジタル上映だし、そんなら後で観たらいいか、なんて舐めたことを考えていて今では後悔しています。やっぱり家とは全然違うんだから劇場で観とくんだった。

十字架を担うキリスト

で、この「十字架を担うキリスト」のパーツやオブジェクトを解体して、それぞれこの絵画が持つストーリーをシナリオ化映像化したのが本作です。
水車小屋、聖母マリア、行商人、仔牛売りの若い夫婦、ゴルゴダの丘、自身を描きこんだと言われているブリューゲル本人、イエスの身代わりに十字架を担うシモンなどです。
絵画の中にはブリューゲル本人も描かれており、だからして本作ではブリューゲルも登場します。ルドガー・ハウアーが演じています。

物語性豊かな絵画ならではの、その部品の物語です。まったくもってこれが絵画の映画化というやつですね。意外とこういうネタの作品ってのはなかったんじゃないでしょうか。

「ブリューゲルの動く絵」っていう、何だかエデュケーショナルな邦題で、予告編ではブリューゲルが露骨なブルーバック合成の前で語っている映像なんかが出てきて、しかも日本版予告編のナレーションがおひょいさんときたもんだから、うっかりすると子供だましというかNHK的というか、そういう教育的な説明臭い映画じゃなかろうかと怪しい印象を与えます。

でも実際は子供だましとは全然違って、実に奥ゆかしい作りのまるっきり映像派アート系作品です。シーンを堪能し、どっぷり浸かることでのめり込めるタイプの映画です。
CG臭いとか、合成が甘いとか、そういうレベルの評価ではなくて、そういうのも含めたアート映画、まさに絵画を鑑賞するように映像を鑑賞するという、そういう作品でした。

映画の占める映像の価値について、若造の頃は大変重きを置いていました。映像さえ良ければ全て善しみたいな、所謂映像派です。キューブリックかぶれにありがちでしたね。
その後大人になって「映像だけでその他がカスのような低レベル映像派作品」に触れるようになってやっと映像重視派から脱却し、その反動で今度はやたら映像を重視している作品を敬遠しだしたんですねこれが。映像は映像でも、見た目じゃなくてもっとぐっとくるパワーのある総合的な映像の力に惹かれるようになりました。

そういう意味では「ブリューゲルの動く絵」は純粋な映像派作品として、個人的に懐かしい感じを受けます。いえ、決して「映像だけでその他がカス」みたいなへなちょこじゃないですよ。中身もたいへんいいです。大きなストーリーがなく、絵画のパーツとしての物語性に感銘を受けました。その内容もいいんです。だからCGCGしていてもやっぱり総合的にぐっとくる映画であります。

絵画と実写の合成は、その仕事ぶりが何だか他人と思えません。これまで自分が何度もやろうとしていたり部分的にやってみたことがある試みです。他人とは思えないなんて偉そうですが、実際「やられちゃった」感は強いです。
ある程度のCGの稚拙さも味わいのうちです。

どうもさっきからCGに関しては奥歯に物が挟まったような日和ったような物言いをしていますね、私。文章は正直ですね。ま、皆まで言うまい。いい映画だったから言いたくないし。

合成ともう一つ価値ある仕事をやり遂げています。それは絵画の実写化です。
水車小屋や、円盤状の死刑台など、めちゃいい感じです。水車小屋は特に本作のキモ。力が入っています。ここにもCGが使われていますがこちらの使われ方は完璧です。

実写化と言えばあれです。人間が絵画を演じるショットです。これもやっています。
で、これはあれです。あれではわからんか。つまりひとつはゴダールの「パッション」それからピーター・グリーナウェイの「ZOO」です。他にもいろいろありますが、どうですか、この二作は特にすごかったですねえ。絵画の実写化は映画のアーティストが一度はハマる禁断の林檎、狂気を感じるほどの執着がたまらない魅力となります。
で、この二つの名作を踏まえて、それでもブリューゲルの絵画でこれをやりました。やっぱいいです。ずっと観ていたいシーンでありました。

ただまあはっきり言ってしまうと「パッション」や「ZOO」にはほんのちょっぴり及びません。どういうところかというと、やっぱり映画技術的なところだと思います。
レフ・マイェフスキは高名なアーティストですが、映画の演出撮影すべてにわたる歴史的偉人監督の前では致し方ありません。これは貶していません。仕方がないことです。現代の映画人が「羅生門」の雨を降らせられないことと同じです。

というわけで、この映画の本当のタイトルは「The Mill and The Cross」です。
「ミルとクロス」ですが両方にTheがついています。もしこの映画、邦題が「水車と十字架」てな感じでおごそかに宣伝されていたら、ぐっときて思わず劇場に足を運ぶ人がもっといたのではなかろうかと思うのですがそんなこともないかもしれません。わかりません。すいません。

物語について触れる部分は少ないのですが、どのエピソードも随分好きなテイストで、脚本化は良かったと思っています。物語をくっつけすぎないほどよいところもいいし、衝撃的な部分もありますし、わりと印象に残る名シーンも多いです。子供たちのシーン、水車小屋のおっさん、ほんとにいいです。冒頭のシーンからいきなり「来た来た来た」と興奮気味でした。

ただただ残念に思ったのは衝撃のラストシーンです。あれはいらんかった。あれでいきなりNHK的子供向け臭い後味になってしまいました。せっかくのいい映画がなあ。なんであんなオチを。あのラストはいただけません。そこだけが唯一ほんとに。

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