屋根裏部屋のマリアたち

Les Femmes du 6ème étage
屋根裏部屋のマリアたち
公開年:
2010
製作国:
監督:
製作総指揮:
  • フィリップ・ルスレ
脚本:
撮影:
音楽:
  • ホルヘ・アリアガータ
  • ピエール=フランソワ・ランボッシュ
主演:
出演:

60年代前半を舞台に、フランス人資産家とスペイン人メイドたちとの親交と友情と恋を描いたコメディタッチのドラマ。
一見軽い作品なれど、じつは噛めば噛むほど味わい深さが染み入る良作です。

屋根裏部屋のマリアたち

1962年ごろのフランスが舞台です。監督のフィリップ・ル・ゲはこの時期に幼少期を過ごしたのだとか。良家のぼんぼんだったらしく家にはスペイン人のメイドがいて、言葉を覚え始めたときはフランス語とスペイン語の混合した変な言葉を喋ったんだそうです。そういう記憶やいろんな個人的なネタがこの映画の元になったようですね。

昔のほうが良かったとか悪かったとか、そういうのは置いといて、金持ちと長年勤めるメイドや乳母との関係ってのは、牧歌的でもありドラマチックでもあります。この映画の中で最初に登場して去って行くメイドも、子供たちから随分と慕われていた様子がちらりと描かれます。

さて「屋根裏部屋のマリアたち」は、資産家とメイドたちのおとぎ話のような物語です。
資産家の主人公ジャン=ルイはメイドたちを気に入り優しく振る舞い、屈託ない陽気なスペイン人のメイドたちとどんどん仲良くなっていきます。じつは新人メイドが別嬪すぎてメロメロになっているだけなんですが、でも下心と恋だけでなく、恋も含めて人としてメイドたちと仲良くなっていくというのが本筋です。ここを見誤ってはいけません。

金持ちが貧乏人にすり寄っていき、資産家としての窮屈さから解放されていく、あるいは階級違いの恋、というあまりにも定番なテーマのように見えます。
「屋根裏部屋のマリアたち」は確かにこの定番テーマの作品としても嫌みなくすっきりまとめて優れた仕上がりになっています。
ですが反芻してよく噛みしめたらそれだけではない映画的な良さがたっぷり含まれていることに気づくのです。

資産家の金持ちが自由人の貧乏人に惹かれていくという設定はドラマとして定番ですが嫌みでもあります。「そんな資産家おらんわボケ」と、性根の腐った私なんかはこの設定自体があまり好きではありません。
でもこの映画ではそこに極めて高い説得力を持たせています。童話のようなお話ですが、脚本の奥に秘められたキャラクター設定には強力なリアリズムが潜んでいます。

主人公のキャラクター設計には映画内で語られる以上のストーリーがあり、複数の要素で多面的にそれが示されます。
三代目である主人公の生い立ち、現在の地位、現在の住居の形態、想像できる過去の住居の形態、妻との馴れ初めなどです。
主人公を直接描いていないシーンであっても、間接的に主人公の歴史を感じさせる脚本であり演出であり美術なんですよ。

お爺さん時代の大豪邸は今はアパートのようになっていて最上階に他所のメイドたちも住んでいます。建物中に見られる内装装飾はかつての隆盛を感じさせますが痛みを修復することもありません。
お爺さん時代の証券会社を継いでいますが「短期利益を目指す投機筋とは違い、長期的にお付き合いする」老舗の良心的証券会社であることが示されます。この時代以降、確実に淘汰されていくタイプの企業です。
妻は資産家の令嬢ではなく元は田舎娘の庶民です。「魔性の女」と言われている華々しい社長夫人が登場しますが最初からまるっきり何とも思っていません。
息子二人が登場しますがふたりともスペイン人メイドにとても懐いています。ひとりは我が道を行くタイプでもうひとりはとても助平なタイプです。

といったことが映画内の節々でちょっとずつ表現され、それらを複合的に見ると、主人公は外に出たこともない資産家の三代目ボンボンで苦労知らずで優しくて優柔不断、60年代を境に大きく社会が変わっていくことに対応できなさそうなタイプで、基本的に庶民や田舎者のほうが好き、外国を知らず憧れを持っていて、世間知らずだから思いついた瞬間他を顧みず猪突猛進、他の資産家連中とは最初から少し違う種類の人という、そういう設定がきっちり出来上がっていることがわかります。
その設定を無関係なシーンも含めてさらりと表現し、さらにそれを全て呑み込んだ役者がきっちり演じきるという、どうですかこれ、理想的で高度なドラマ作りがなされているということに気づくはずです。

そして驚くべきことに、こうした人物造型のリアリティと説得力は、妻やメイドたち、脇も含めた登場人物のすべてに当てはまるんですよ。
最初は妻シュザンヌの深みのある設定に気づいたことから、それをきっかけに雪崩れ的に人物への理解が深まっていきました。
美容院経営者や魔性の女や最後に出てくる駄目亭主なんかも、皆魅力的な上に役柄的な不自然さや軽薄さがまったくありません。

個々の役割やストーリーの流れは類型的で童話的で一面的であるかもしれませんが、お話を奏でる人々の設定と個性と魅力がこの映画をスルメ的味わい深さに導いています。
軽いタッチのコメディであるからこそのドラマ作りの技術だと痛感したわけでありますねえ。

そうそう、不自然さの全くないこの物語、我々日本人が見たとき一箇所だけ腑に落ちないシーンがあるはずです。そうです。あのシーンです。あの状況の直後のあのシーン、あれには抵抗ある人もきっと多いに違いありません。私だって「えっ」と思いました。
でもそれはあれです。
フランスは愛の国ですから、愛とか恋とか、ふわふわのファンタジーとは違って愛と言えば心と体、粘液と粘液のねちゃくり合いにございますよ。あって当然なければ異常、そんな愛の国の愛の映画ですから、そこらは性的後進国、ついでに選挙も民主主義も後進国、文化も芸術も後進国の住民の感覚なんぞはまったくあてにはなりませんってことで。

さて役者さんです。

超可愛いマリアを演じたのはなんと ナタリア・ベルベケ。あいやお久しぶり、こんなところで再会できようとは思ってもいませんでした。「dot the i ドット・ジ・アイ」のアイドル、カルメンです。いやほんとにどうも。アイドルちゃんが見事にお綺麗になられて。

主人公を完璧に演じたファブリス・ルキーニは「しあわせの雨傘」で倒れた社長、ベテラン俳優にございます。本作ではちょっとエリック・アイドルに似ていて好感高いです。

我が家のアイドル、ロラ・ドゥエニャスは「ボルベール〈帰郷〉」や「海を飛ぶ夢」とは全然違ったカッコいい役でカッコ良く登場、共産主義者でビラ撒いたりしています。

ガハガハしていたおばちゃんベルタ・オヘアはどこかで見たことあるなあと思ってたら「デビルズ・バックボーン」に出てました。

可愛いマリアのおばさんを演じたのはペドロ・アルモドバル作品の常連カルメン・マウラで「ボルベール〈帰郷〉」の他、最近では「テトロ 過去を殺した男」にも出てました。
「屋根裏部屋のマリアたち」ではセザール賞助演女優賞を受賞。

というわけでスペイン女優勢は見事な面々、メイドの皆さんはとても感じのよい人達でした。

60年代のノスタルジーにも満ちた味わい深い逸品、軽い映画ですが実によくできていて、咀嚼すればするほど名作映画なのではないかとすら思えてくる魅力を伴った作品でした。
フランスでは相当な大ヒットを飛ばしたのだとか。そうでしょうねえ。

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