華麗なるアリバイ

Le Grand Alibi
アガサ・クリスティ原作のミステリー。田舎の屋敷で行われたパーティに集まる面々。その中のひとりモテモテイケメン医は浮気しまくりの多忙な男。彼の浮気相手もパーティに来ています。しかもふたり。綺麗な奥さんと同伴なのに浮気相手も同席する何とも落ち着かないパーティです。
華麗なるアリバイ

アガサ・クリスティのミステリ小説「ホロー荘の殺人」が原作です。しかし探偵エルキュール・ポアロは登場しません。聞きかじったところによりますと、アガサ・クリスティもこのお話にポアロを絡ませたのはあまり良くなかったと思っていたそうで、後の戯曲化の際にはポアロを外した愛憎劇作品に仕上げたのだとか。
本作はそっちの戯曲を原案にしているらしいです。
で、場所をフランスに置き換え、個性的な俳優陣と落ち着いた演出でもってこの映画「華麗なるアリバイ」を作り上げました。

ある田舎の屋敷で開かれるパーティです。このパーティが一体何なのかよくわかりません。親戚や友人の集いらしいです。まあ、普通のお食事会みたいな週末のパーティです。

冒頭に事件が起こるのではなく、しばらくは登場人物たちの紹介ドラマです。
いきなり何人も登場しますから「誰誰誰何何何?」ってあたふたするかもしれませんが気にせず行きましょう。

ここで押さえておくポイントは医者です。男前で医者でモテモテです。綺麗な奥さんがいるのに浮気しまくりの多忙の男です。浮気相手もパーティに来ています。さらに夜になるともうひとり女性が現れます。こちらも10年前に深い関係にあった元恋人です。

そんな感じで、その後事件が起こり、探偵不在のまま物語が進行します。
全体的には、アリバイ工作とかどんでん返しに次ぐどんでん返しのブリブリのミステリーではなく、古典的愛憎ミステリーでまあ言ってみれば火サス風です。

古典的ミステリーの面白いところは、人が死んでもあまり動揺しないところです。観ているこちらの方がショックを受けます。人が死んでびっくりしているのに、登場人物たちはミステリーの登場人物らしくわりと落ち着いています。

火サス的ですので、あまり推理小説マニアの目線で見てはいけません。「最初から犯人わかってた」とそういう自慢はいりません。「ぜんぜん華麗なアリバイとちゃうやん」とか「ミステリーとして単純すぎる」とかそういういちゃもんもいりません。

私はミステリー好きですがマニアでもないしたくさん読んでもいないし、謎解きや犯人捜し物にはド素人です。ですので、この映画を見終わってとても満足したのです。
「いやー、まさに華麗なアリバイだわ。やられたー。グレート」と叫びます。

華麗でグレートなアリバイは、頭の良い犯人がゲームのように仕掛けたアリバイではありません。人として、と言いますか、映画として、と言いますか、役者の力と言いますか、単純にストーリー上だけのアリバイを超えた華麗なるアリバイです。
作った人の想定通りのミスリードに乗り、想定通りの驚きを感じるという、素直でピュアな人間ならではのお楽しみを堪能しました。やっぱり素直でピュアでないと。

というわけで「華麗なるアリバイ」でした・・・・で、この稿を終わってもいいのですがそうはいきません。
今頃この2008年の映画を観て、時事的に凄くお得なことがあったので書かずにおれません。

浮気男のモテモテ医は単純な人物設定ではなく、勤務している病院でとても気にかけている患者がいて、彼女に優しく接しています。モテるだけあって、優しいところもあるのですよこの男。
その女性患者は知的でつぶらな瞳が印象に残る老婦人です。
この老婦人を演じているのがエマニュエル・リヴァ。かつて「二十四時間の情事」(ヒロシマ・モナムール:1959)、そして最新作「愛、アムール」で最大注目の知的で美しい女優です。

ベテランの割には出演作が少なく、出演作が少ないのに立て続けにお姿を拝見できて私はとても嬉しい。
「華麗なるアリバイ」をなぜ突然観ようと思ったのか自分でもわかりませんが、エマニュエル・リヴァに会うことに関する共時性を感じずにおれません。ハート。

というわけで時事的に旬な「愛、アムール」、MovieBooの記事は投稿時から若干追記もあって、その後ちょっとしたリンクやそれに関する言明をFBページに載せてますのでまた読んでくださいね。

エマニュエル・リヴァには驚きましたが、「華麗なるアリバイ」には他にも注目する役者さんがいます。以下、役者さんについて。

まずミュウ=ミュウです。この人も知的で美しいベテラン女優です。アングラ感もいい感じ。「夜よ、さようなら」(1979)でセザール賞を辞退したとか、逸話もいろいろあります。
最近では「オーケストラ!」に出演されてましたよね。

モテモテ医を演じたランベール・ウィルソンは多くの出演作がある著名俳優ですが、個人的には「神々と男たち」(2010)での好印象が付きまといます。

始終気の毒なモテモテ浮気男の奥さん役を見事にこなしたのはアンヌ・コンシニです。
この女優の幸が薄そうな演技で、登場間もなく映画を観ている人全員の同情を集めます。
アンヌ・コンシニは「潜水服は蝶の夢を見る」で、辛抱強く患者の代筆を行う編集者の役をやっていたあの人です。あぁ、あれには惚れました。

そして、医者の浮気相手である芸術家の役をやった人は我らがヴァレリア・ブルーニ・テデスキ。
菩薩のような慈悲深いような艶っぽいような透明水彩のような寛容でまろやかで海のようなこの女優さんが「華麗なるアリバイ」でもけっこう要の役で登場です。
この女優さんの艶っぽさのわけは一体どこから来るのだろうと思っていましたが、映画のセリフの中でも誰かが指摘したとおり、その一つは声と話し方ですね。優しい大きな目の力と共に、この方の声と話し方には魔力が潜んでいて、どんな男もメロメロです。顔が綺麗とか体型が綺麗とかそんなんではない別の吸引力がこの方にはあります。

というわけで、この映画に登場する女優さんは全員とても魅力的で惚れ惚れします。酔いどれ作家の奥さん役もいいし、若い娘たちも強気の女優もみんないいです。男はどうでもいいです。
あ、でもあとひとりだけ男優にも触れておきます。

白髪交じりの刑事が登場します。探偵のように大活躍するのかと思ったらそれほどでもないのですが、この刑事を演じているモーリス・ベニシューには何やら不穏なイメージが付きまとっていて、それは何故だろうと思っていたら、ははぁ、この人あれです、「隠された記憶」のマジッド、アルジェリア人の元使用人の役をやっていた彼です。

というわけで、個人的には面白すぎない程度にとてもおもしろかった「華麗なるアリバイ」でした。オチに文句はありませんが、あまりよいラストシークエンスではなかったように感じます。せっかくの人物が単純化されてしまったというか、それだけがちょっと残念でした。

豪華キャストで堪能するタイプの、ほどよく力まない一品かと。

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