木洩れ日の家で

Pora umierać
ワルシャワ郊外の古い屋敷に犬と暮らす老婆の日常。
木洩れ日の家で

撮影時91歳のポーランド名女優ダヌタ・シャフラルスカを全面フィーチャーした「木洩れ日の家で」です。
大きな屋敷に住む誇り高き女性ですが、すでに隆盛の時代は去り、財産は取り上げられ、屋敷は朽ちて、息子とはやや疎遠、孤独を癒やすための犬と暮らしています。
老人映画です。しかもポーランドです。美しいモノクロ映像による古い屋敷や老婆の佇まいを予告編で見て「これは大好物に違いない」と飛びつきました。

さて人にとっての映画の感想ってのはいろんな要素が絡み合って単純に良かった悪かった好き嫌い最高最低と迂闊に言えないのですが、そのいろんな要素のうちとりわけ大きいのは「期待値」です。
見る前に期待に胸膨らましまくってしまうと、実際の作品を観たときに多少のがっかり感を憶えるときがあります。期待通りで大満足って場合ももちろんありますが、どちらにせよ見る前の妄想が感想の根拠ですから何の説得力もありませんし筋も通りません。
期待せずに見る映画のほとんどが面白いのですから、映画の感想の善し悪しってのは[期待値]-[実際の面白値]であることがわかります。実際の面白値ってのは事前の妄想が0の場合の面白かった度合いです。
期待値100で実面白値が100なら感想では0点になります。「普通に面白いよ」って具合です。
期待値0で実面白値が50なら感想段階で+50点で、「面白かった!」ってなります。
期待値100で実面白値が50なら感想段階で-50点になり「期待ほどでもなかったな」と、こうなります。

当たり前のくだらないことをだらだら書いていますが、つまり「木洩れ日の家で」は期待が大きすぎて見終わったときに「もっと期待してたんだけど・・・」と、失礼な感想を持ってしまいました。

普段はなるべく期待値というものをフラットにしようと努めています。そのほうが断然映画を楽しめるからです。
しかし「木洩れ日の家」はモノクロの美しい映像+老人+プライド高い高貴な女性+犬+孤独+ポーランド映画+屋敷+調度品+古い建築+森ですよ、大好物の宝庫なんです。だからついうっかり過剰な期待を持ってしまったんですねえ。

さてつまらないこと書いてないでどんな映画かと申しますと、古い屋敷で犬と暮らしている老女の日常です。
もと貴族でたいそう大きなお屋敷です。いい屋敷ですね。建築様式を残したまま改装工事をやりたい欲求に駆られます。
老女は双眼鏡で近所の様子を眺めます。お隣はふたつあって、ひとつは愛人が通う大きな屋敷、もうひとつは少年少女たちに音楽を教えている学校っぽい小さな民間施設です。
どちらの隣家についても、覗きながら文句ばかり言ったり時ににんまりしたりしております。
時々息子が孫娘を連れてやってきます。息子は老女の思い出の中にいる少年と違い、愛想のないおっさんになってしまっています。

と、そういうお話で、基本的に老女が犬に語りかけているという日常を淡々を映し出します。その語りは独り言となんら変わることなく、孤独感の演出はあまりないものの、老人の孤独というものを多少は感じさせます。語り口は饒舌でややコミカル。「頑固ばあさんの偏屈」って感じです。でも偏屈なだけでなく、上流階級っぽい優雅さやプライドの高さがちゃんとあって、大女優の演技はそういう部分でさすがの域です。

この映画の素晴らしい箇所がいくつかあって、とりわけ冒頭が大好きです。
医者にかかりに行くのですが、ぶっきらぼうに「脱いで」と言われたため「失礼な」と怒って帰ってきます。帰り道で交通量の多い道であたふたしながら心の饒舌を繰り広げるこの冒頭は素晴らしいシーン。
この素晴らしい冒頭シーンのせいで期待がさらに膨らんだのがまた悲劇。この冒頭ほどいいシーンが本編にどれほどあったのか、なかったのか、それは見る人の感想値によって様々だと思いますが・・。

二階の窓から盗人が侵入するシーンも良いですね。盗人ではなくて隣の音楽学校の生徒です。「ドストエフスキー」と名乗るこの少年との会話シーンはかなり面白くて良いシーンです。

ラスト近辺の少年少女たちがわらわら出てくるあたりもいいですね。人々もいいし、撮り方もいいし、最後に屋敷を俯瞰するカメラワークも素敵です。

聞くところによるとドロタ・ケンジェジャフスカ監督は子どもを撮るのが上手なんですか。「僕がいない場所」も評判ですよね。観てみようかな。

さて冒頭、中程のエピソード、ラストあたりを褒めました。肝心の本編ですが、好みでない部分をあえて書きますとつまりちょっとくどいです。
老女の饒舌はいいんですが、老女のアップと犬のアップの繰り返しに飽きてきます。せっかくいい撮り方なのに、あまりにもしつこく繰り返されてしまうんですねえ。
それと、せっかくの古い屋敷をあまり堪能できません。これも個人的に残念な部分です。元貴族のおうちなのですから、建築そのものはもとより、調度品や家具など、歴史を感じさせてくれるものを沢山見たかったわけです。なのにアップシーンの占める割合が多すぎて、女優を全面に出したい気持ちもわかりますがちょっとやりすぎちゃうんか、と。
で、全体的には「これほどのネタがあれば、もっとやれたやろう」と、つい思ってしまったのでして、まあ、個人的なささいな愚痴でした。

原題が「死の時」(あるいは「死んだ方がまし」と書かれたものもあります)であることと、大女優のために書かれた役者ありきのシナリオで基本アイドル映画であるということを合点して観たら「期待しすぎの病」にかからずに済むでしょう。

「木洩れ日の家で」はポーランドをはじめ数々の国際映画祭で受賞を果たしています。

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