ヒミズ

ヒミズ
ヒミズ
公開年:
2011
製作国:
監督:
脚本:
原作:
主演:
出演:

震災を受けて脚本を書き換えたと言われる園子温監督の「ヒミズ」は、少年と少女、震災後の被災者たちの物語。園子温映画のキャスト総出の力作。

ヒミズ

震災後のインタビューでひとしきり感心して、公開されたらすぐに観に行こうと強く思っていたのに多忙で叶わず、そういうときに、二番館や名画座が消滅した現在、こうしてDVDで発売されるのを待つしかないという、ロードショーを見逃した人に厳しい映画冬の時代であります。
まあでも早めにDVDが出てくれるので、家で映画を観る環境がある人は幸いです。

さて「ヒミズ」は震災映画です。

もともとは漫画の映画化だそうですが、震災を受けてシナリオを書き換え、インタビューで語っているように震災後の意味を持たせたというからには震災映画と認識してもいいでしょう。だめですか。いいと思います。

これまでも、いくつか震災をテーマにした映画が公開されました。インディーズやドキュメンタリー、何作かありましたね。私、何一つ観ていません。観もせずに「観る価値があるのかないのかわからない」といういいわけをする気はありませんが、震災と原発事故を思うとき、並大抵の映画では逆に腹が立ちそうだという予感があったことも事実です。

結論から言いますと「ヒミズ」めちゃ良かったです。今まで園子温監督の映画は「愛のむき出し」「冷たい熱帯魚」と本作の三本しか観ておりませんが、ちゃんとそれら作品を踏まえた上での完成度の高まりがあって、きちんと最高傑作です。個人的な感想として、それぞれの映画はいい映画ですが、ちょっとケチを付けたいところも・・・正直、少々ありました。失礼ながら。でも「ヒミズ」にはそれが全くなかった。とても良い案配、ちょうど良いバランス、隙のない仕上がりでした。とりあえず絶賛しときます。

原作つきの作品でありますが、震災を踏まえて震災映画としての意味づけがなされています。私は原作漫画を知りませんので、どのくらい原作に忠実でどのくらい園オリジナルなのかわかりません。でも、全ての登場人物と物語の設定に震災経験が横たわっていて、そこに設定的な無理がなく、原作を知らずに観るものとしては、震災を踏まえずにこれら設定が成り立つとは思えないというほど、その前提がびしっとハマっていると感じました。

主人公の少年少女、その両親もそうだし、そして周囲にいる被災者たち、全てそうです。震災後の価値観の変容を映画世界の前提として置いてまして、これがきちんと成立しています。特に主人公の周囲にいる妙に言葉遣いが丁寧な大人たちに顕著です。かなり個性の強い面々が被災して優しい人間になり、おどけた三枚目風の脇役として主人公たちの周囲に群がる様は、まるで童話世界の精霊か古典絵画に登場する素朴な村人のようです。園子温作品の特徴は全編にみなぎる漫画っぽさでありますが、この漫画っぽさがファンタジーの域に到達していることが確信できました。

「ヒミズ」では頻繁にテレビ画面が登場します。テレビ画面は被災者にとって現実外の絵空事です。現実の何かをテレビ画面から感じとることはありません。馬鹿の箱の異名を持つテレビが震災や放射能汚染のニュースを流します。この違和感はどこから来るのでしょう。テレビ画面のこちらの世界で行われている虚構のリアリティと、テレビ画面の向こう側で示されている現実の虚構性がクロスします。そして恐ろしいことに、被災地と無関係な土地にいる愚者たちにとっては、馬鹿の箱から垂れ流される映像こそがリアルと感じるという特徴があります。箱の中の現実は、あるものにとって絵空事、あるものにとって虚構、あるものにとって現実です。この箱は全国に遍在しているので、一つの映像が違和感とリアリティの両方の役割を果たしており、意識の断絶に効果を上げています。この不思議な物体を意識的に物語りに絡ませている様は、ハネケの初期作品でのテレビの使われ方と同じような効果を発揮しています。

さて。個人的に園子温作品の力に引き込まれたのは、名シーン「愛のむき出し」の新約聖書コリント第13章のシーンを観てからでありますが、あのすばらしい効果を「ヒミズ」でも追体験できます。
コリント第13章ほど長くはありませんが、その威力は同等です。しかも少なくとも2カ所あります。二階堂ふみが力を込めて独白します。これはすばらしい。「愛のむき出し」のときは満島ひかりの才能を強く感じましたが、今回も二階堂ふみの才能をたっぷり感じ取れます。同時に、これは女優の力ではなくて、そもそも演出の力であったと当たり前のことを痛感します。

日本は変態ロリコン文化が猛威をふるっていて、女と言えば少女という、そういう妙な常識があります。その上、少女で子供なのに体だけ大人であるとか、大人のくせに少女のふりをするとか、そいういった歪なものごとが市民権を得ていたりします。
この気持ち悪い常識を園子温監督が料理するとき、少女は大人化し舞台役者になり知的でしかも詩人つまり芸術家という扱いになります。前提として日本のロリコン漫画文化を踏襲しつつ、描く実態はユニークで高度な新たな人物造形となってます。

「ヒミズ」の少年と少女は基本的にロリコン軟弱路線に則っており、少年はうじうじうじおくんで、少女はパーフェクトな少年の保護者です。軟弱少年が夢み憧れる「自分のことを何でも理解してくれて何でも許容してくれて明るく天真爛漫でしかも美女で賢くエロティックで自分を愛してくれて保護者か上位自我のような存在」という、まあそういう基本あほみたいな設定です。これを「ヒミズ」ではぎりぎりのところで効果的なものに転化できました。その転化の具現化の一つが、力強い独白シーンであると、私は個人的に強く感じておるわけなのであります。力強い独白シーンすなわち言葉です。言葉の持つ力を最大限に引き出す園子温監督です。ここは褒めても褒めても褒めすぎではない部分であると思っております。

そんなわけで、基本のアホみたいな部分を昇華させ転化させたのでありますが、それをひとくくりにどう言うかと言えば、この映画はガキ臭くないということです。ガキが主人公なのにガキ臭くない。むしろ大人っぽい。中学生なのに人間に見える。童話なのに子供だましじゃない、漫画なのに大人の鑑賞に堪える、と、そういうことです。

子供のための子供映画が多い(と私は思い込んでいる)日本映画の中で、子供を扱っていても大人に向けた希少な作品です。小さな常識と小さなファン層のための狭い世界の感情的映画が多い(と私は思い込んでいる)日本映画の中で、言葉の力とインテリジェンスと芸術に舵を切り世界相手に戦える希少な作品だとも思います。

というわけであきれるほど褒めちぎってしまいました。「ヒミズ」でした。

ベネチア国際映画祭コンペティション部門でマルチェロ・マストロヤンニ賞(染谷将太,二階堂ふみ)受賞

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