囚われのサーカス

Adam Resurrected
囚われのサーカス

ホロコーストと精神病院で綴る道化師アダム・シュタインの狂乱の半生涯。

囚われのサーカス

強烈な冒頭から物語が始まります。
ギョロ目のアダム・シュタインは饒舌を弄し、女性を口説き、人を魅了します。
しかし冒頭、何の話なのかさっぱりわかりません。
冒頭が幾分過ぎても、やっぱり何の話なのかさっぱりわかりません。アダム・シュタインのカリスマ性や謎性が強調され続けます。

ホロコーストを生き延びた人達のケアをする砂漠の精神病院、戦中のサーカス、そしてユダヤ人狩り、狂気と躁状態、マジックリアリズムの技法で描く不思議なエピソードの数々、説明を放棄した冒頭部分を始め、狂気と狂騒と饒舌とそして映像美がたっぷり盛り込まれる映画の中盤までは本当に面白いです。名作の予感さえ感じます。ネタの全てが大好物すぎます。
この名作の予感は、予告編を見ただけでも感じ取れるかと思います。

で、先に言っときますと、この名作の予感は残念ながら十分な威力を発揮しないまま、やや不満な気持ちで映画を見終わりました。
あんなに中盤まで面白かったのに、最後まで見届けると「なーんだ」と思わずにおれませんでした。
惜しい。実に惜しい。悔しいぐらいに惜しい。悪くないのに。

複雑な感想です。

監督と撮影監督の力は凄腕です。映像と演出はどれも素晴らしいのです。そして前半が良すぎたんです。どう良すぎたのかというと、あらゆる方面に想像力が広がるようなそういう良さです。
あらゆる方面というのがどういう方面かというと、狂騒的でドタバタしていて、話はあっちこっちに広がり、歴史と時間の中で翻弄される、または翻弄する人々の歴史を描き、狂気の幻想とマジックリアリズムの技法で夢のような時間を過ごせるタイプの、そういう方面です。

もっと具体的にいうと「アンダーグラウンド」です。さらに言うと「ポルノグラフィア」です。この二つの例を出せば十分ですか。それら名作を連想するくらいに「良さそう!」って思える断片に満ちていました。
「アンダーグラウンド」はともかく「ポルノグラフィア」はあまり知られていませんか?あれもいいんですよ。この映画の前半のテイストを発展させるイメージにとても近いです。神懸かり的な映像美とトリックスターのわけのわからない言動に戦争が関わります。

で、しかし実際はそういう予感を感じさせただけで、お仕舞いまで見るとわりとネタが少ない単純なストーリーでした。ネタが少ないなんて言い方は失礼なので言い換えますと、映画的に、話が広がる方向ではなくて、ある何個かの重要事項の収束に向かうタイプの映画だったわけです。
言わば、わりとじっとり地味に描くのが向いているようなストーリーです。
それ自体はぜんぜん悪くないのに、前半で妙な期待を持たせられすぎたのが仇になってしまいました。

というわけでがっかりばかりしていたわけではなく、いい部分もたくさんあります。

まずなんといってもアダム・シュタインのキャラクターと役者です。
ジェフ・ゴールドブラムが演じてます。
久しぶりに見ました。久しぶりに見たら、役者として、ジェフ・ゴールドブラムという人間として、思いっきり成熟されていて凄いことになってました。
狂気と饒舌のアダム・シュタインを見事に演じ尽くします。演技も凄いが顔もいい。
もともとちょっと個性的な顔をしていましたが、ほんとにほんとに凄まじい迫力が備わりました。
この役者のこの演技を見るだけでも「囚われのサーカス」の価値があります。

私は普段女優ばかりを追っている助平人間ですが、ときどき素晴らしい俳優に惹かれることがあります。何人かの尊敬の念すら沸いている俳優の中でも、とりわけファンなのがミキ・マノイロヴィッチという役者さんです。
「囚われのサーカス」のジェフ・ゴールドブラムを見ているあいだ、ずっとミキ・マノイロヴィッチを思い出すんですよ。
ギョロ目だけではなく、何となくとても似ています。ミキ・マノイロヴィッチを彷彿とさせているだけでどれほど凄いかおわかりか。わかりませんか。まあいいです。すごく褒めてるんです。とにかくジェフ・ゴールドブラムをずっと見ているだけでも全然OKという、そういうことです。

他の人もいいです。ウィレム・デフォーもめちゃいいです。ぴったりの役割です。アイェレット・ゾラーの怪しい感じもいいです。

さっきも書いたとおり、監督の演出と撮影監督の仕事は凄いんです。お話を気にせず、映像を見続けている限りこの映画は最高に素晴らしいです。

妙な期待さえしなければとてもいい映画です...ですが、どうかな。やっぱり最後まで見ると、映像ほど大したお話じゃないよなあ、と誰もが思うかもしれません。

映像も演出も役者もどれも一級品で素晴らしいのに、脚本(というかストーリーのプロット)が単純すぎてアンバランスだったという、非常に惜しい作品でした。惜しすぎて悔しいんですけど、この気持ちをどうにかしてください。

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