ありふれた事件

C'est arrivé près de chez vous
犯罪者をカメラクルーが追うドキュメンタリー映画の体裁で綴る1992年ベルギーの異色作「ありふれた事件」は今観ても十分に衝撃的で斬新でユニーク。
ありふれた事件

映画制作のクルーが犯罪者に密着するドキュメンタリーという設定の映画です。POVです。
ずっと以前から「食人族」など、ドキュメンタリー風の作品というのははありましたし、モンド映画と言われる見世物的な偽ドキュメンタリー映画は60年代からありました。でもそういうのはせいぜい賑やかしの色物みたいなものでした。
現代的なPOVは「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」の功績が大きいと思ってて、リアリティにこだわった新しいタイプの偽ドキュメンタリー映画のジャンルを築きました。と、何も知らずにピュアに思い込んでいたわけで、この「ありふれた事件」を知りませんでした。
「ブレア・ウィッチ」は99年、「ありふれた事件」は92年ですからこっちのほうが随分先駆けてます。

「ありふれた事件」は殺人を繰り返す非道の殺人者ブノワに密着するドキュメンタリー風映画です。今風のPOVですが、作られた年代を考えると随分斬新だったことに気づきます。
そして、作られた年代などまったく考慮しなくても十分に面白いです。

殺人者ブノワは饒舌で、カメラの前であれこれ語ります。クルーに対しても話しかけるし、持論を展開し詩を読みピアノを演奏し下手なボクシングもやります。
 カメラクルーは彼の殺人を映し、饒舌を捉え、そしてどんどん被写体に近づきます。
 映画のほとんどはブノワだけを追っています。だから面白さの大半はブノワのキャラクターによります。観ていて前のめりになる面白さがこの男にはあります。

POVというジャンルすらまだない時期のこの偽ドキュメンタリーは斬新さにおいて先駆けてるだけでなく、技法的なアイデアの宝庫であり、それは後の時代の凡百のPOVが太刀打ちできないほどの力を持ってます。

何かの先駆けをやってのける作品というのは多くの場合そのアイデアや完成度がかなりずば抜けていることが多く、後のフォロワーが全然叶わなかったりします。目新しい技法に本気で取り組むというのはそこまで気合いを入れるものなのですね。ジャンル化してからジャンルに乗っかる形で出てきたものとはそりゃあ威力が違います。映画も音楽も皆そうですね。

「ありふれた事件」におけるPOV技法のアイデアは、例えばカメラと音声の分離状態を作ったりする部分なんかは大層斬新で面白いです。
 それから、残虐の恐怖、恐怖と笑いを紙一重で描く内容にも新しさを感じます。この映画は怖いのか不愉快なのか笑えるのか、なんなのか、どれも同時に含めています。ただ怖いだけでもただふざけてるだけでもない危うさのバランスが絶妙です。現代においてもまったく遜色ありません。すごく先取りしていたことがわかります。

さらにドキュメンタリー映画そのものについての考察も上手くパロっています。ドキュメンタリーと被写体との関係についてです。

撮影者が被写体に関与せずドキュメンタリーを撮ることが可能なのか、どこまで被写体に関与するのか、撮影者が関与することによって被写体の行動に影響を与えるのではないか、撮影者と被写体はドキュメンタリー映画の共同参加者なのであるか、などドキュメンタリー映画についての様々なテーゼがストーリーの中に混ぜ込まれていて、物語と直結しています。これをパロディと昇華しているところなんかも鋭いです。

物語の細部も面白くて、すごく好みのシーンがいくつかあります。
例えばボクシングでKOされ入院する羽目になり両親が見舞いに来まして、母親が言います。「スポーツでの怪我は仕方ないわ、でもサッカーはあれは駄目ね、あれは殺し合いよ」きっと制作者たちはサッカーのアンチかとても好きなのかどっちかなのでしょう。

例えばある場所で敵のチンピラ殺したところ、殺したチンピラに密着していた別のカメラクルーと出会います。別のカメラクルーが同じような作品を作ってるっていう設定自体もかなり面白いですが、さらに先があります。
「おい、業界の知り合いか?」ビビってる別のクルーを脅しながら調子に乗るブノワ、相手方の持っているでかいカメラを奪って身内のクルーに言います。「見ろよ、大きなカメラだな。どうだい、ほしいかい?」 こっちのクルーが答えます。「それはビデオカメラだよ。こっちのはフィルムだ」それを聞いて「なーんだ」とばかり高価そうなビデオカメラをがしゃんと投げ捨てるブノワです。ビデオカメラなんかには用はない、映画はフィルムでないと!っていうシーンですね。映画を志す若者たちのこだわりが垣間見れます。

「ありふれた事件」を作ったのは当時無名の若者三人組、出演も監督も脚本もやっているレミー・ベルヴォー、ブノワ・ポールヴールド、アンドレ・ボンゼルです。よくまあこんな面白い映画を作りましたね。

このうちブノワ・ポールヴールドは有名作品にも出演したり役者を続けていまして、アンドレ・ボンゼルは撮影の仕事を時々やっているようです。映画の中でも顔出しの多いレミー・ベルヴォーは才能を認められ映画会社もちゃんと設立し、これからビッグになるところでしたがいろいろあって残念ながら2006年に亡くなっています。

「ありふれた事件」というこの映画のことは全然知りませんでしたが、あまり知られていないと思われがちで実はよく知られているというタイプの映画だそうです。タランティーノが何か言ったとかそういうのも理由の一つでしょうか。
2014年の春にリマスター版が商品化され、ついでに上映もされました。このときに知った私と同じような人も多いことでしょう。

不快感も格別だし狂気で恐ろしいけどユーモアもあるしアイデア豊富だし饒舌は面白いし個性的で全く色褪せることはありません。ある種のジャンルを築いた映画として歴史に名を残す価値が十分あると確かに思いました。

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