ハイ・ライズ

High-Rise

J・G・バラードの「ハイ-ライズ」の映画化。監督は「サイトシアーズ」の奇才ベン・ウィートリーです。これ観ないでどうすんだというレベルにて、置き去りにすることなど到底出来ない特殊映画に仕上がった「ハイ・ライズ」です。過去による近未来の混沌を混沌のまま描くイライラと不快さと哀愁に満ちた怪作。

ハイ・ライズ

「ハイ・ライズ」が何かという話の前に押さえておきたいのは原作J・G・バラード、そしてベン・ウィートリー監督についてです。J・G・バラードについてはもしかしたら何かのおりに書いてきたかもしれませんね。私は若い一時期猛烈にバラードにかぶれていて大好きだったんですよ。「ハイ-ライズ」「クラッシュ」「コンクリート・アイランド」は当時翻訳が出てなくて読めないまぼろしの三部作でした。その代わり破滅世界三部作はありました。特に「結晶世界」が好きで、結晶世界のイメージにくらくらきて「これは書物ではない。もはや芸術作品である」とか喚いていました。70年代の三部作「クラッシュ」「コンクリート・アイランド」「ハイ-ライズ」が翻訳されたのはいつの頃でしたっけ。実はそのころにはもうあまり追っかけていなくて出たの知らなかったんですよね。という、個人の思い出話は良いとして、そんなわけでバラードの「ハイ-ライズ」の映画化です。無限にある小説からわざわざ「ハイ-ライズ」を選んで映画にしようなんて誰が思ったんでしょう。

ベン・ウィートリー監督です。1972年生まれの若い監督ですが・・・あ。若くないですね。すいません。うっかり。この監督、当初は「サイトシアーズ」しか知りませんでしたが「サイトシアーズ」がめちゃくちゃ特殊映画でおもっくそ気に入っていて、後に「キル・リスト」も観たんですがこちらも相当に怪っ態な映画で、この監督はもしかしたら世間的にはカルト的人気があるような監督なんですか?そうなっていてもぜんぜん不思議じゃないですね。ただ、変で奇妙な部分がイギリスっぽいナンセンス系だったりして、笑うのか怖がるのか困るのかぜんぜんわからない実に不思議な成分を含んでいるところが、一般的ないわゆるカルト映画の括りから少しズレてるかもしれません。知らないですけど。

ベン・ウィートリー監督だけじゃなく、脚本家のエイミー・ジャンプを無視するわけにはいきません。「キル・リスト」から「サイトシアーズ」から「ハイ・ライズ」から、いつもセットで脚本書いているベンの妻です。エイミー・ジャンプこそが黒幕である可能性もありますよね。

という組み合わせの「ハイ・ライズ」です。そんで、出来上がった映画がどんなのかと言いますと、まあこれが混沌に継ぐ混沌。妙に原作に忠実なところが変でイカしてます。原作では70年代後半〜80年初頭あたりを「近未来」と設定、その近未来における終末感汚れ感最低感を描きますが、そのまま映画化しました。

ご存じの通り今は21世紀の未来社会です。70年代なんて昔です。でも原作が書かれた頃より少し未来で、予想される混沌世界は紛れもない未来ですから、70年代後半は昔かつ未来です。昔かつ未来をそのまま映画にした「ハイ・ライズ」です。この混乱は原作が想定していない混乱で「ハイ・ライズ」に新たな価値を与えます。かっこいい。

ストーリーの展開は、そうですね、やや直線的に混乱に突き進みます。グラフで言うと左下の0から右上の100に線が延びている感じです。多少ゆらゆら揺れていますが、シンプルな右肩上がりのグラフです。そういうストーリーです。そんな説明ではぜんぜんわからん。

混乱と混沌です。混乱と混沌を生む素材は虚栄です。欲望と退廃です。もうちょっと分かりやすくいうとサイケ映画ですね。ただドラッグムービーみたいなものではなく、ベースにあるのはもちろん最悪の近未来ですから、幸せいっぱいで葉っぱ吸うような脳天気な映画ではありません。

最悪の近未来とはなんですか、国家資本主義というか資本主義帝国というか資本至上主義というか資本主義独裁社会というか全体主義的資本主義というか人類総低脳資本社会主義というか、何でもいいですけど歴史上最悪と言っていい主義に基づいたみっともない世界です。この醜悪な主義世界は予想された70年代後半の近未来より、21世紀の未来社会のほうがより酷いことになっていますが、そうではなかったころからそうなってしまう近未来と、そうなった近未来からそうなりっぱなしでパワーアップした未来世界か、衝撃においてどっちが凄いかというと前者である可能性があります。だからこそ近未来SFなわけです。現在そのままの近未来を描いたところでそれは近未来SFではなく、ちょっと先のお話にすぎませんから。

ますますわけのわからない説明で酷い感想文です。というか感想書いてないですね。感想書きます。めちゃ良かったです。

姉妹サイト「紫煙映画を探せ」統廃合で「ハイ・ライズ」をこっちにもってきたエントリーでした。

紫煙映画しicon 紫煙映画を探せ

過去の未来を振り返り紫煙に身をゆだねる傑作「ハイ・ライズ」

High-Rise-SS

J・G・バラードという作家の熱烈ファンであった時期がございまして、バラード原作の「ハイ-ライズ」が知らぬ間に映画化されていて、しかも撮った人が怪作「サイトシアーズ」のベン・ウィートリーという、これは公開を知らなかったことが大いに悔やまれます。ですが目出度く商品化もされて快適ホームシアターで堪能することが出来るので早速手に入れて観ます。

「ハイライズ」は70年代に書かれた原作小説を忠実に映画化しており、映画内での近未来が現在から見ると過去であるという作りになっています。監督の原作に対する敬意と思いも伝わります。

70年代から見た近未来、それは多分70年代後半あるいは80年代初頭です。そういう時代設定の細やかなる美術の仕事も堪能できますが何と言っても煙草が堪能できます。

70年代80年代はまだ文明社会が今ほど神経症的にイカレていませんから、大人のみんなは煙草を吸いまくります。世の中にまだ未来というものがあって文明社会には喫煙文化という得がたい美徳が充満しています。

旨そうに煙草を吸うだけでなく、実にまずそうにも吸いますし、というか煙草は日常であり生活であり人生そのものですから良いも悪いも関係ありません。

今の時代、これほど大らかに喫煙シーンを撮ることは難しいと思われます。差別主義者でだまされやすく他人を攻撃することだけが生きがいの嫌煙どもが何やらでかい顔と声で幅をきかせてしまった肛門期固着時代においてまともな喫煙シーンを撮るには相応の時代設定を虚構に与えてやるしかありません。というかそういう時代設定の虚構こそが紫煙映画として至福をもたらします。

ベン・ウィートリー監督の個性と攻撃性がバラードの原作とぴったりフィット、「ハイ・ライズ」は紫煙映画としても近年希なる傑作にして映画としても素晴らしい出来映えの、我々世代直撃ニューウェーブ近未来過去のドラッグムービーで人を選ぶが選ばれる人は最高の一時を過ごせます。

紫煙に関してはこんなところでまたもやMovieBoo本体を差し置いて殴り書きしやすいこっちに先に書いてしまいました。

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