マンデラの名もなき看守

Goodbye Bafana
マンデラの名もなき看守

アパルトヘイト体制の下、終身刑を受けていたネルソン・マンデラの監視する任務に就くことになった南アフリカ政府の刑務官ジェイムズ・グレゴリーの記録。

マンデラの名もなき看守

ジェイムズ・グレゴリーの「さようなら、バファナ」(Goodbye Bafana) を原作に映画化された作品。1968年から1990年までの、マンデラと看守の物語です。映画化に当たってはネルソン・マンデラの了承を得たことが強調されていて、今のところ唯一公認の伝記映画ということだそうです。

アパルトヘイト体制の中で、闘士であり後の大統領であるネルソン・マンデラという大物人物と、監視役である末端の白人当事者という極端な設定がこの作品の独自性を発揮します。
ジェイムズは赴任当初マンデラを極刑にするのは当然と考えており、妻は夫の昇進に浮かれます。しかし独房のマンデラに接していくうち、徐々にその人物の魅力に気づき始め、考えが少しずつ変わってくるんですよね。
ジェイムズはアパルトヘイト時代の「善良な」白人公務員ですが、実のところもともと保守的で差別的な思想の持ち主というわけでもなく、どちらかというと時代にフィットしたナチュラル野郎で、平均的な白人である以上でも以下でもありません。寧ろどちらかというとリベラルに寄っていると言ってもいいくらいかも。コサ語を話せるからという理由でマンデラの看守に就きますが、なぜコサ語を話せるのかという理由からして彼がフラットな思想を最初から内包していることが明らかです。
原作「さようなら、バファナ」のバファナとはジェイムズ・グレゴリーの幼なじみであるコサ人の子供の名です。
「保守的な白人看守がネルソン・マンデラに触れて考えを改めていく」と紹介されたときに皆様が危惧するであろう道徳ドラマの安売りは全くありません。安いドラマは本作のテーマではありませんので、安心してこの素晴らしい映画を堪能していただければと思います。
末端にいる看守を通して、時代の大きなうねりとネルソン・マンデラという人を描きます。とても大きなものを扱っています。単なるヒューマンドラマじゃありません。

看守を取り巻く周囲の環境も丁寧に描きます。とりわけ妻とコミュニティの描写がとても良い味付けとなっています。夫の仕事によって妻の心と環境がぐるぐる変化します。社会の有り様も、末端の小さなエピソードの形で提示されます。

マンデラの27年間にわたる投獄、独房から「自由憲章」そして釈放までの長期間にわたる歴史を、敢えて白人の末端職員側からの苦悩と共に描くというこの映画、製作にあたって目標値や取捨選択、難易度は相当に高いものになっていたことでしょう。

この作品はそのテーマからして、散漫になりがちな、または省略しすぎて無味乾燥になりがちな、また大袈裟なドラマになりがちな、または大作思考に阻まれがちな、または社会性が強すぎて思想の押しつけになりがちな、または興味がない人に敬遠されがちな、・・・様々な罠に陥りそうな危険を秘めていました。
そこで製作陣が果たしたのは以下のことです。
あくまでもひとりの看守の目線を貫いたこと、職業や家族やコミュニティの描写を中心に市民レベルで時代を表現したこと、マンデラとの対話を多くの部分でさらりと描いて大袈裟になることを避けたこと、時代や社会を抽象的に捉えず断片を上手く混ぜ込んでクールに処理したこと、等々。

押さえた演出の中から滲み出る胸を打つ感動は本物です。私はこの映画を高く評価します。とうかかなり大好きです。
エンドクレジットで流れる音楽も素晴らしいです。

監督のビレ・アウグストは「ベレ」(1988)と「愛の風景」(1992)でパルムドールを二度受賞しているデンマークの巨匠。この映画の独特の演出はまったくもって絶妙です。

2009.07.12

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史実にまつわる実話の映画を敬遠する人も多くおられるようです。この映画は歴史社会偉人モノにありがちな大袈裟な部分を全てそぎ落として、個人の目線で時代を表現しているところが見どころでして、こういう優れた映画は普段この手の映画を観ない人にこそ大いにお勧めしたいところです。クリント・イーストウッドの大ヒット映画「インビクタス」を観て始めてマンデラに触れたような人なんかには特に強くお勧め。

歴史や社会に詳しい人はよくこの手の映画を観て物足りない点や省略した事柄や一面的な目線に文句を言ったりしますが、そういう野暮なことは止しましょう。詳しい人を満足させる情報を詰め込んだところで良い映画になりませんし尺も足りません。どう削ぎ落として物語を描き観客の心を動かすか、その仕事ぶりに注目したほうが作品を堪能できるし人を尊敬できていい気分になれますよ。

[余計な話]

もともとエンドクレジットで流れる音楽が好きだったんですが、一昨年飼い猫(みっけ11歳)が死んだときに作ったスライドショーのBGMにしてしまったもんだから、映画のイメージを越えて個人史的に必泣の曲として確定してしまいました。これはしくじった。映画と関係なくもうこの曲だけで泣けます。

この映画を薦めてくれたのは音楽家で会社社長のFさん。お世話になったし話の合う友人としてもお付き合いさせていただいています。彼は南アフリカへの文化支援の活動も行っていて、今度一緒に行ってみよう、絵や音楽の新たな試みを一緒にやろうと盛り上がっていました。この映画を薦めてもらったときの雑談の中でFさんちのペットが死んだことにショックを受けてるという報告を受け、自分の悲しみを他人の言葉でこう語りました。「知り合いも長く飼っていた猫が死んでね。その女性がこう言ったんだよ。『父親が死んだときより悲しい。だって猫って、ただかわいいだけなんだもの』」
今はその気持ちが痛いくらいによく判ります。Fさんは体調を崩して会社を畳まれました。どうかご回復を。

そんなわけで「マンデラの名もなき看守」は個人的に思い出深い作品となってしまいまして、実は冷静にレビューできないんですよね。失礼しました。

2011.03.31

さらに追記。
後になって訃報を聞き、大きく落ち込みました。Fさんのご冥福を心よりお祈りいたします。

さらにさらに追記。

2013/12/5 ネルソン・マンデラ死去の報道が。でも凄い長生きですよね。

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