パパは、出張中!

Otac na sluzbenom putu
パパは、出張中!
公開年:
1985
製作国:
監督:
脚本:
撮影:
音楽:
  • ゾラン・シミャノヴィッチ
主演:
出演:

ちょっとした政治批判の一言で収容所送りになった父親のことを「パパは出張中なのよ」と少年マリクに告げる母。
ちびっ子マリクが見つめる激動の数年間。両親と親族、暮らしと社会、世の中と戦後、思想と民族。恋と別れ。エミール・クストリッツァ85年の長編映画2作目。

パパは、出張中!

いや受賞が全てではありませんが、85年のカンヌ国際映画祭パルムドールと国際映画批評家連盟賞受賞作品です。
エミール・クストリッツァ、長編映画二本目にしてすでに貫禄です。すごいですね。

ミキ・マノイロヴィッチが父親役です。好色で饒舌でちゃらちゃらした男ですがその目の奥には賢さやずるさや冷酷さや愛情が複雑に同居しております。威力あふれる存在感です。「アンダーグラウンド」のマルコがもうすでにここにいる感じです。

「パパは、出張中!」は初めて観ました。後のクストリッツァ作品を先に観てからこれを観るという逆順ならではの面白さも強く感じます。

映画部の奥様は昔観て感動のあまり椅子から転げ落ち這いつくばって劇場を出てビールを2ケース飲んでも収まらず泣きながら大通りの真ん中で寝そべってトラックに轢かれかけたそうですが(嘘です)、そういうわけで「もう一度観たい」を連発、最近クストリッツァ作品がマイブームでよく観ているので「よし観よう」と奮起しましたがDVDもなかなか手に入らず、でもネットレンタルに普通にあったので速攻でリストアップしてこうして観ることとなりました。そんな事情どうでもいいんですが便利な世の中になったものです。

後のエミール・クストリッツァ節である喧噪とカオスはまだ抑え気味です。ですが予兆は十分あります。多面的な人々が時代に沿って多様に動き回る姿を俯瞰するという、そういう見方では、長編二作目ですでに監督の個性が出まくっています。ゆっくりですが十分に狂騒的とも言えるかと思います。
そして音楽的な映画であると思うんです。美しい旋律の音楽というだけではなく、八方飛び散りタイプの音楽でもあります。テーマがいくつも同時存在し、断片をちりばめ、状況に応じて適時変遷を繰り返しながらいつまでも終わらない演奏を続けるようなタイプの音楽です。音楽的な映画であり、実際に音楽の効果も多用します。

「パパは、出張中!」の舞台は第二次大戦後から数年間です。ドイツ占領を経た後、スターリンからチトーへと激動する国で翻弄される人々を描きます。
目線はちびっ子マリクです。ちょっと太っちょで、素直に可愛いと呼べないタイプの少年ですが、いや実に可愛いです。ぷよぷよしていて、少年になりかける一歩手前にいます。途中、夢遊病になったりします。この少年の初恋まで描きます。ついでに割礼も描きます。あ、これ今だと発禁かもしれないですね。少年と少女の性器が映ってますからね。こういったシーンを見て、昨今「これ今だとやばいだろうな」と思ってしまうこと自体が残念です。

ちびっ子マリクを筆頭に、兄弟、祖父、父親、母親、母親の兄、父親の情婦、ドクターとその娘、その他いろんな人がいろんな事情と背景を背負って登場します。どの人物も多面的で魅力的です。ちょっとした仕草や言葉も全て印象に残ります。激動時代に翻弄され、マリクの父はとっ捕まったり島流しのように遠方に飛ばされたり、新しい時代に蘇ったりします。そのたびに家族との関わり方が変わり、離ればなれになったり再会したりします。こうした時代と時代に翻弄されるあるいは翻弄する人間の流れは「アンダーグラウンド」にて引き続き描かれます。

物語の最後のほうに登場する結婚式のシーンは、土地柄なのか、机を外に並べてみんなが集いわいわいやる狂騒的な宴会です。クストリッツァ作品でいつも見るあの感じです。絵的にも美しく、古典絵画のようですらあります。幻想的で狂気すら感じさせます。こうしたパーティのやり方がセルビアの土地柄なのであったとしても、クストリッツァ節であるというふうに強く感じてしまうんですよね。

このように、後の作品を観てから初めてこの初期作品を見ると、どうしても以降の作品に現れる特徴や断片の予兆に注力してしまいます。ピュアに観るのは難しいです。

他作品にない「パパは、出張中!」独特の節回しがあるとすれば、やはりマリク少年とその周辺の描写でしょうか。何者にも媚びずに描くちびっ子の姿はオリジナリティあふれています。お兄ちゃんの味わい深さも一級品、恋をする瞬間やエロティシズムに目覚める心の動きなど、大胆かつ繊細に描きましてですね、ラテン文学的な感じさえ受けます。

「アンダーグラウンド」に出てくる印象的なセリフに「許す。だが忘れない」というのがあります。監督は当時のインタビューで「この言葉は『パパは、出張中!』から引用したものだ」と語っています。「パパは、出張中!」の大変重要なシーンで語られる言葉でした。字幕では「忘れよう。だが許すのは神だ」と、少し異なっています。もしかしたら原語でも少々異なった言い回しかもしれませんし同じ言葉なのかもしれません。それが判らないのが残念です。字幕通りだとすれば、その変化に意味を持たせたくなります。ただの翻訳違いなのであれば、同じ言葉を用いたことによる意味を考えさせられます。このあたりは判断保留です。

まだ若さも感じられるクストリッツァの初期作品、とてもいいです。公開当時に観ていたらずっぽりハマっただろうなと思います。

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