刑事ベラミー

Bellamy
南フランスで妻と休暇を過ごす有名警視ベラミー。彼の元に一人の謎の男が「おれの話聞いてくんないかなー」と現れます。世間を賑わしている保険金詐欺殺人事件の関係者のようです。休暇中の有名人警視ベラミーは興味津々で深追いを始めます。 巨匠クロード・シャブロル2009年の遺作はジェラール・ドバルデュー主演のミステリー。
刑事ベラミー

世間を賑わせている保険金詐欺殺人事件に関与する休暇中の有名デカ。基本ミステリーですが、でも普通のミステリーとは違います。人情刑事ベラミーの人情ドラマです。そこいらの火サスが束になってかかっても到底叶わぬ面白ドラマが展開します。

普通の人が普通のミステリーだと思って観ていたら「なんか変だな」ときっと思います。何が変かというと、ミステリーよりもベラミーの夫婦や、関わる人達の人間ドラマに重きを置いているからです。ミステリー自体は何だか知らぬ間に展開して知らぬ間にいろいろ明らかになって自動的に解決方向に向かいます。かなり端折っています。
で、火サス真っ青のどろどろ人間ドラマが描かれるかというとそうでもなく、とってもドライにとってもクールにドラマが入り込みます。深いドラマなどではなく、非常に細かい部分の会話劇やしぐさが懲りに凝っています。
淡々としているというわけでもなく、ドラマドラマしているわけでもなく、映画全体がやけに醒めています。醒めているのに超人情ドラマなんです。このあたりの変さは格別です。

「なんか変だな」と思ったら次は細かい部分の面白さに気づく筈です。ベラミーと謎の男との会話、夫婦の会話、友達のゲイ、いろいろと面白い会話が見て取れます。
「刑事ベラミー」の正体をはっきり申し上げますとコメディです。面白いシーンに満ちています。「オレンジ買ってきたからビタミンの補給を」とか、「あの男のように熱血漢の弁護士」とか「弟は牡蠣が嫌いだからおれ先に食っとくよ」「兄貴はそういう奴さ」とか、何を言ってるんだこの人たちは、という面白くて変な会話が絶妙の間で入り込みます。
コメディですが、コミカルなことを目指しているようなコメディではないので、大袈裟に笑う必要もありません。単なるコメディでもないし、洒落た作風ということもなく、でも面白くて洒落ています。何か独特で個性的です。ユニークというしかありません。

どこでどう転んだらこのような人情ドラマになるのかという呆れるほどの人情ドラマになりますが、多くの日本人は最後まで観て「なんだこれ、はぐれ刑事ベラミーやんか」と思うでしょう。そうです、その認識でだいたいあってます。でもやっぱりちょっと違います。乾燥しきっています。

細かい面白さに気づいたら、ついでにもうひとつ面白い特徴にも気づく筈です。それは省略です。

普通に見終わったときに多くの人がこう思うでしょう。「なにこれ刑事ベラミーってシリーズもの?」
そうなんです。まるでシリーズ物のような描き方です。例えばベラミーは有名な警視という設定です。「あなたの本を読んだ」とか、誰かのそういうセリフで「あぁ、この人は有名人でベストセラー本も出しているのか」と判りますが、それを具体的に示すことはありません。そういったことは省略してしまいます。まるで観客が前提として知っているのだと言わんばかりです。だから何となく「刑事ベラミー」はシリーズ物?と思ってしまいがちです。
他にもおもっきり省略しています。名前だけ登場する間抜けな刑事がいたりします。彼の車と飼っている犬は出てきますが本人は出てきません。でも観客がそいつをすでに知っているかのような扱いです。
そういえば肝心のミステリー部分、どのような捜査でどのような協力者がいてどのような解決に至ったかという部分すら省略してしまいます。でもその省略している部分を想像で補うことが出来ます。

これら省略部分を想像で補うことが出来る程度には映画内でヒントを出します。だからこれ一本見終わったとき、脇の登場人物について、彼らそれぞれが主人公となる別々のドラマが存在していて、しかもそれをもう観てきたかのような気になります。

映画内のわずかなヒントによって、観客は各登場人物の肉付けを自由に想像することができますが、これは映画内だけのヒントによるものではありません。
古今東西、数限りなく作られてきた過去の刑事物やテレビドラマシリーズや人間ドラマやサスペンス映画、こうしたものがベースにあります。そういうベースがみんなの前提にあって、だからこの「刑事ベラミー」の省略部分やサイドストーリーを過去楽しんできたドラマシリーズとダブらせてあれこれ空想することができるんですね。
小憎たらしい演出の技術と思いませんか?フランス人ならとりわけ「メグレ警視」との関連を思わないでおれません。パロディというより、愛おしんでいるというか、みんなの前提を小気味よく利用しているとか、そういう風に受け取ってます。

ちょっと余談ですが筒井康隆「富豪刑事」の最後の話を思い出しました。読者の前提を利用して、登場する刑事たちのサイドストーリーを軽く臭わせドラマを感じさせるという洒落た作風でした。

脇の人物それぞれに別のドラマが存在しているような、と先ほど書きましたが、多分本作のキモはここにあります。
それぞれが主人公となる物語があちこちに散乱しており、本作の物語はその中の一つにすぎないというような、そんな風です。すなわちベラミー夫妻の物語があったり、弟の物語があったり、その弟との兄弟物語があったり、ゲイのカップルの物語があったり、ホームレスになった男の物語があったり、熱血弁護士の子分と快活女性のコンビ物語があったり、間抜けな刑事の物語があったりまあとにかくたくさんの物語がそこに散乱していて、本作の保険金殺人事件ミステリーなどその中のたまたま一つです。

実に素っ気なく乾燥しきった演出とシナリオですが、噛めば噛むほどに味わいが滲み出てくる仕組みがこの映画にはあります。

見終わった瞬間は「ありゃ。終わった。なんだこりゃ。変な映画」と思いましたが、その後いろいろと反芻していくとどんどん面白くなってきました。数時間後には大声で絶賛大会が繰り広げられるほどの高揚です。それとなく過ぎ去ったシーンの数々がどれほど重要で面白かったかガンガン気づき始めまして、同時に、一見無意味なシーンのほとんどが脳味噌に焼き付いていることにも気づきます。なんという時間差攻撃。実はとっても凝っているんですよ、演出。

クロード・シャブロルはゴダール、トリュフォーと並び称される巨匠ですがもちろん私はほとんど知りません。MovieBooにも「主婦マリーがしたこと」しか載ってません。
そういえば「主婦マリーがしたこと」も細かい会話部分などの絶妙さに恐れ入ったものでしたし、夫のキャラの変な面白さに大注目していたものでした。

この監督の細かい仕上げは、作家性の強さよりも技術系のような感じを受けます。広い意味で。ある程度俳優の自由を尊重したりしつつ、カメラや演出には凝りまくっているというか、そんな感じで。「主婦マリー」の付録映像見てもそんな感じでした。だから何ともドライでクールな映画として仕上がるんじゃないかなと。いや、あまり知らないくせに勝手に決めつけてはいけませんが。

というわけで結論としましては相当面白かった「刑事ベラミー」です。大絶賛系です。
ジェラール・ドパルデューものびのびやってる感じ。この人、いいですよねえ。変な鼻ででぶっちょだけど目は相当な男前ですねー。

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