オレンジと太陽

Oranges and Sunshine
ソーシャルワーカーのマーガレット・ハンフリーズがひょんなことから組織的に行われていた児童移民を知ることになり、調査を開始します。イギリスとオーストラリアに絡む政治的暗部についての実話ベースの作品。
オレンジと太陽

マーガレット・ハンフリーズが記した「からのゆりかご 大英帝国の迷い子たち」を原作とする映画です。
イギリスからオーストラリアに、子供たちが集団移民させられ酷い虐待を受けたりしていた事実をあぶり出します。

あぶり出しますが、告発を意図しただけの映画にはなっていませんで、マーガレット・ハンフリーズも告発がしたいわけではなく、家族を探してあげたいというのが第一義となっています。ここら辺の奥ゆかしさがこの映画をとても素晴らしいものにしています。

イギリス政府による児童移民というのは、イギリスの旧植民地に養護施設の子供たちを集団移民させていた事業です。70年代まで行われいて、オーストラリアに移民させられた孤児たちは13万人を上回るとされています。政府は長い間沈黙していましたが、2009年にオーストラリア首相が、2010年にイギリス首相が事実を認め、正式に謝罪しました。

マーガレット・ハンフリーズは1987年に「児童移民トラスト」を設立し、現在も孤児たちの家族捜しを行っています。児童移民トラストweb

そういえば関係ないけれど映画と関連する団体の設立という話では「バビロンの陽光」の「イラク・ミッシング・キャンペーン」を思い出します。こちらは監督自らが設立しておられますね。

イギリスとかオーストラリアってのは、ほんとに何すんねんというようなひどいことをやる政府でして、いやまあどこの国もそうなんですが、そういえばオーストラリアでは白人移民と現地ネイティブとの混血児を隔離する差別政策をおこなっていて「裸足の1500マイル」なんて映画にもなっていましたね。
比較的最近といえる時代にまでやっていて、それをひた隠しにして、公になってはじめて認めて謝罪したりします。

こうした問題が表面化するのは大抵だれかがそれに興味を持って調べ上げて公にするという第一歩があります。黙っていたら「なかったこと」にされるんです。調べ上げて公にするのはジャーナリズムの役割ですが、いつもこういう地道な作業をするのは末端の誰かさんだったりします。この映画では単なるソーシャルワーカーに過ぎなかったマーガレットさんです。

そういえばまた関係ない映画を思い出しますけどシャーリーズ・セロンが演じたセクハラ訴訟第一号の映画「スタンドアップ」ってのも、ひとりの女性が行動を起こしそれがきっかけで世界の常識がひっくり返るきっかけとなった出来事を描いています。「お前何勝手に問題おこしとんねん。おとなしくしとけボケ」と攻撃されながら、こういうある特定個人の頑張りが世の中をひっくり返す一つの例です。

日本ではマーガレットさんみたいな人がいたら真っ先にネットで攻撃されます。マーガレットさんに同調などしようものなら「一次情報を自分で調べてもいないくせにマーガレット信者は鵜呑みにしてべらべら喋るな」と、そうした攻撃を受けます。

一次情報など誰もが触れられるわけがありません。マーガレットさんの仕事を拡散させたのはマスコミですが、支持したのは多くの大衆です。
私は、「一次情報を自分で得たわけでもないのに人の言うことを拡散させるな」という主張には同意しかねます。この例ではマーガレットさんですが、彼女を信頼に足る人かどうかを判断することが最も重要で、誰も彼もがマーガレットさんと同じことを調べ上げないかぎり情報を発信してはならないという考えには至りません。
聞きかじりではなく一次情報に触れるのはもちろん大事なことですが、それをしないかぎり迂闊に何か発言すべきではないとは全く思いません。そんなことでは、一次情報を開示した人にとっても、誰にも拡散できなかったということで甲斐がありません。
いろんな情報が、いい加減なものも含めて出回ったりしますが、どの情報をも公平に同列に並べて「迂闊に発言すまい」と黙り込むのは非常に愚かな選択とこの場で言わせてもらいます。その態度はカッコ悪症候群の症状の一つとさえ言えます。黙り込むのは片方に肩入れしているのと似たようなことです。

あれ?予想通り話がずれてきておりますね。でも気にせずもうちょっといきます。

この映画で言うと「国ぐるみの児童移民があったかなかったか。移民先で虐待があったかなかったか」ということですが、もしこのときマーガレットさんの報告が元で議論になったとしましょう。
「あったかなかったか」という問題にすり替えが起きやすくなります。で、「あった」派と「なかった」派が沸いているとしましょう。それは同等に並列ですか?
まったく違います。
まず第一に「あったかなかったか」の問題のすり替えに気づかねばなりません。いいですか、前提として「なかった」世界に「じつはこのようなことがあった」と知らせたわけですよ。世間の前提は「なかったことが常識」です。この常識に「こんなことがあった」と知らせたわけですから、あるかないか50:50みたいな話ではまったくないのです。
次になかったことにしたい政府と地道なソーシャルワーカーの調査です。権威主義者なら政府を信じます。そうじゃなければソーシャルワーカーを見て信じるに足るかどうか判断します。このときも50:50でしか判断できないとすればそれは判断能力のない大馬鹿です。

何でも並列に同列にならべることが「公平な態度」と思っているのが大間違いであるということがらはこの映画の例以外にも当然当てはまります。同列に並べていることそのものがすでに権威に荷担しているということに気づかないまま「一次情報に触れないのに話しに乗るわけにはいかない」と表層的な判断を示すことが如何に愚かなことか、ちょっと頭のいい人ならわかるはずです。

相当話がずれてきたのでさすがに話を戻します。

まあ、あれです。私はこのマーガレットさんのような地道な仕事をしておられる人を尊敬します。
世の中、とくに社会問題や政治問題絡みで時として常識がひっくり返るような出来事が暴露されたりしますが、黙って待っていて新事実が湧き出るわけではなく、のほほんとしていて常識がひっくり返るわけでもありません。その根っこでは、誰か特定個人のとてつもない頑張りがあってこそだということを認識しないといけないなという話であります。

「国がそんな悪いことするわけないじゃん」「教会がそんな悪いことするわけないじゃん」という権威主義的妄想は大概にしないといけません。

さてそんな感じで、この映画ではマーガレット・ハンフリーズの地道な作業や苦悩も描いていて、「はたらくおじさん」おばさんソーシャルワーカー編としての見応えも強烈にあります。ドラマチックでもあり、彼女の人となりもよく描いていて、社会問題告発系ドラマというよりも、はたらく女性マーガレットの心意気みたいな側面も大きく描きます。
だから社会的政治的映画が面倒臭いと思っているような人達にもぜひご覧になっていただきたい映画です。ドラマとしてもとてもいいです。

で、そのマーガレット・ハンフリーズを好演したのが誰あろうエミリー・ワトソンです。
そうですそうです。「奇跡の海」のベスです。「アンジェラの灰」のアンジェラです。
エミリー・ワトソン、ほどよくお肉が付いて、でも目元はピュアさを失わず、とても素敵です。ほんとに素敵です。まじ素敵です←しつこい

監督はケン・ローチの息子ジム・ローチです。
テレビシリーズをずっとやっていて、初の長編映画ではないでしょうか。やり遂げましたね。いいですね。お父ちゃんにいろいろ教わったんでしょうか。「オレンジと太陽」の演出、とてもいいですよ。

さて、本来ならとてもたくさんのエピソードで詰め込み系になりかねないお話です。
マーガレットがある日オーストラリアの移民について知るというきっかけから、最初の相談者の家族を探す話、オーストラリアに渡り事務所を構え本格的に調査を開始する話、たくさんの移民たちの話、マーガレット自身の苦悩の話、マスコミに取り上げられ悪評や嫌がらせを受ける話、敵陣に乗り込む話、いろいろあります。
尺の短い映画に収めるため、描くべきことを厳選しないといけません。大胆な省略も必要です。
序盤はけっこう省略しまくりです。「えっもう見つかったん」「えっもう出会ったん」みたいに思いますが、なーに、あとでわかりますが「調査そのもの」の苦労などこの映画で描くべき大事な事柄ではなく、そういうミステリー的なところはバッサリ切り落としています。

そしていくつかのエピソード、外せないエピソードを厳選します。一つは親子が再会するケース、一つはすでになくなっているケース、ひとつは調査によって心がほぐれた人のケースです。エピソードはこのあたりにぎゅっと濃縮させています。脚本家の苦労のたまものです。

エピソードの中のひとり、ジャックさんについてです。このジャックさん、とてもいい顔をした俳優で、どこかで見たことあるようなないようなあるような、で、この人の演技とても上手くて、あたしゃあのシーンで一緒に泣きましたでござるよ。いや、それはいいとして、このジャックを演じた俳優さんがですね、なんとまあ、ヒューゴ・ウィーヴィングという方でして。
オーストラリアの知らない俳優かと思いきや、まさかの「ロード・オブ・ザ・リング」のエルロンドでしたよ。いやー。世界的な役者さんでした。演技上手いはずだ。

というわけで、ごちゃごちゃ書きましたが、何を言いたいかというと、かなりいい映画でした。

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