アリゾナ・ドリーム

Arizona Dream
叔父の結婚式のためにアリゾナへやってきた青年(ジョニー・デップ)を取り巻く恋と破滅と人間模様。 エミール・クストリッツァ1993年の国家幻想的屈折アメリカン・ドリーム。
アリゾナ・ドリーム

エミール・クストリッツァが破滅的アメリカン・ドリームを描きます。撮影の時期は祖国が大変な状態になっている頃で、監督は映画どころではない心境になって「撮れねえよ」と何日もロケ地で何もせずに過ごしたりしたこともあったそうな。
「アリゾナ・ドリーム」の直後に「アンダー・グラウンド」を撮ったことを考えれば、この映画がクストリッツァ史的に、ちょっと特殊な位置にあるような気もしてきます。
ジョニー・デップ主演だし、フェイ・ダナウェイやジェリー・ルイスも出演してるし、このまま普通に進めば、ちょっと変わり者とはいえアメリカの映画産業に今とは違う立場で立っていたかもしれません。しかし現実には「アリゾナ・ドリーム」はアメリカではヒットせずヨーロッパで高評価を受け、さらに祖国への思いの丈をぶちまけた世紀の大傑作「アンダーグラウンド」を完成させたことで別次元の偉大な人になりました。運命ってのは不思議です。

「アリゾナ・ドリーム」はもうかれこれ20年近く前の映画ですから、古いと言えば古い映画です。でも実際にはもっと古く感じたりします。いえいえ映画的に古くさいというんじゃなくて、その内容です。描いているのがアメリカン・ドリームの終焉や古きアメリカへの郷愁や歴史を切り取ったかのような古風かつ幻想的な舞台でのお話だからです。また、ユーモアの質やドタバタ感やクストリッツァ節ともいうべき喧噪や狂騒的映像が時事を超えた表現だからです。

個人的なイメージですが、当時のジョニー・デップと言えば「ハイカラでニューウェーブなやつ」のイメージ、ヴィンセント・ギャロは当時ぜんぜん知りませんで、後に「ナルシシズムにあふれた映画をひとりで撮る世紀末年代のハイカラ人」のイメージ、フェイ・ダナウェイは70年代のアイドル、ジェリー・ルイスは50年代の底抜け大スター、リリ・テイラーは最近の「酔いどれ詩人になるまえに」で知った人です。
「アリゾナ・ドリーム」には(個人的印象としての)50年代から21世紀の人たちが集っていて、しかもその人たちが古い屋敷でラプソディを奏でるのですからそれだけでもう年代不詳、時代不詳、国まで不詳の摩訶不思議映画となっておりまして、それが脳味噌の幻想中枢に響き、神話のように記憶されて固着し、古典のように感じて「古く感じる」という言い方に繋がるのであります。

てなわけで今の時代に敢えてこれを観るという面白みは格別です。

お話は、ジョニー・デップ演じるアクセルという青年が叔父の結婚式のためにアリゾナへ里帰りして恋に落ちます。
魚を調査する地味な仕事に満足しているアクセルは魚になりたいと願っています。他の登場人物もそれぞれ夢や願望を持っています。月まで届くほど車を集めたい自動車販売業の叔父、映画スターになりたいヴィンセント、空を飛びたい夫殺しの未亡人、生まれ変わって亀になりたい自殺願望癖の娘です。
夢は現実逃避と重なり、存在しないアメリカン・ドリームにすがるだけの破滅を象徴する登場人物たちが恋をして何かに夢中になったり何かに絶望したりします。

観る前は、「ジョニー・デップが出てんの?これ、おもろいんか」などとちょっと思ってしまいましたが、いやもう、やっぱり観てしまえば大変です。

食卓の会話シーンやヴィンセントの発表会※1など、とてつもない面白さに満ちたシーンもあれば、浮遊感漂う幻想シーンに氷の世界の夢の人、マリアッチが歌う唄から豚から庭の木まで、どれもこれも心に響く名シーンの数々です。
ユーゴスラビアの人々の味わい深さにくらべてアメリカが舞台だから見劣りするかと思っていましたが、なかなかどうして強く魅せてくれます。

※1 “ヴィンセント・ギャロが田舎の発表会で芸を披露するメチャクソ面白いシーンがあるのですが、あのシーンを撮るために本当に面白発表会をしたそうです。その中にはイギー・ポップもいて、一所懸命受け狙いの変な芸を披露したそうですが本編では丸ごとカットされています。イギー・ポップ可哀想っ” facebook

浮遊感や白夜のパーティのような狂騒感、混沌とした舞台などと共に言葉の力というものがクストリッツァの映画には潜んでいます。「アリゾナ・ドリーム」では引用されたある言葉が胸騒ぎ感を掻き立てます。※2その言葉は映画全体の伏線にもなっていますので是非ご覧になってどきっとしていただければと思います。

※2

名台詞「物語の前半に銃が登場したら、後半で必ず火を噴く」が印象的です。この言葉、怖いですね。
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この言葉は心に焼き付き、その後の映画の見方にも影響を与えられました。

一所懸命飛行機を作ったりしますが、この飛行機のデザインがまた素晴らしい。そうですそのとおり、美術のミリアン・クレカ・クリアコヴィッチです。「アンダーグラウンド」や「デリカテッセン」のあの人です。

プロデューサーのクローディー・オサールがこれまたツボなお方でして。サイドメニューから“クローディー・オサール”を見ていただければわかりますが、この方がプロデュースした一見無関係な映画がまあどれもこれも大好物の大傑作ばかりで。好きなもの繋がりの赤い糸にほんと驚きます。

DVDにはこのクローディー・オサールとジョニー・デップの対談が収録されています。対談の日付は2002年か3年で、DVD化を記念してのおよそ10年後の対談になるんですね。その対談をさらに10年後に見るという、これもまた不思議な時間感覚に囚われます。

第43回ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞。

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