見えない太陽

L'adieu À La Nuit
南仏の牧場経営者ミュリエル(カトリーヌ・ドヌーヴ)の元に、久しぶりに孫息子が訊ねてきます。
見えない太陽

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「見えない太陽」は原題「L’adieu à la nuit」ってことで「夜のお別れ」ですか?何か別の意味が含まれてる?ぜんぜん判りませんけど夜にお別れしたら翌日太陽見えますよね。まあいいかどうでも。

カトリーヌ・ドヌーヴ

カトリーヌ・ドヌーヴが少年と向き合う優しい判事の役をしていた「太陽のめざめ」という映画がありましたが、もしかして、カトリーヌ・ドヌーヴがいい人を演じる映画をシリーズみたいに「太陽」と付けようとしていませんか?大丈夫ですか?まあどうでもいいですけど。

「見えない太陽」でのカトリーヌ・ドヌーヴはフランス南部で牧場を営む経営者で孫のお婆ちゃんです。孫のお婆ちゃんなのは当たり前ですけど、最初はぼんやりと母親と思ってたんですね、そうしたらセリフの中で「祖母が」というので「えっお婆ちゃんだったの」ってちょっと思ってしまいました。でも直後「そりゃ、まあ、そりゃあそうだろうなあ」と納得します。納得しつつも腑に落ちない、そんな若々しく美しく、優しい経営者カトリーヌ・ドヌーヴ演じるミュリエルです。

私個人はカトリーヌ・ドヌーヴの印象として、まずベテランで怖い人、とそう思っています。次に、変で癖のある役を好む女優、と思っています。白日夢に溺れるマダムだったり、平凡な主婦は厭なのとかいいながら実は遊びほうけているカッコいい遊び妻だったり、ゴリラに恋をする変人だったり、そういうのを見ると「カトリーヌ・ドヌーヴ来たーっ」て思います。

「太陽のめざめ」やこの「見えない太陽」みたいないい人を演じているのを見ると「いつ正体を現すんだ」と妙な期待を持ってしまったりします(嘘ですそんな期待しません)ご安心ください、この映画では心底いい人の役です。きっとご本人もいい人に違いありません。

見えない太陽

さて「見えない太陽」はどんな映画でしょう。それは孫息子と祖母のお話でした。

孫の青年はいい大人なのにまるで子供のようなアホたれで、でもお婆ちゃんは「幸せ?」と聞かれたら「幸せよ、特に孫に会えてるときは」なんて答えたりします。

やや観念的なイスラム系テロリストの扱い

しかしこの孫はアホたれなので、優しいお婆ちゃんを冷たくあしらいつつ何やら悪巧みを画策しております。映画シナリオ的にはちょっと極端な設定となります。つまり、アホたれにもほどがある、というのもひとつですが、何よりイスラム系テロリストに関する単純化されすぎた設定にいまいち乗り切れません。観念的なイメージとしての中東問題やイスラム教への偏見です。まあでもこの映画は祖母と孫のお話で社会派映画ってわけでもないからいいとしましょう。

牧場をもっと見せてください

もうひとつ気になることもありました。カトリーヌ・ドヌーヴが経営している牧場についてです。節々にとてもよい馬や農園のシーンがありますし、そこにいる人々もいい感じなわけですが、そのあたりの描写が少なすぎです。祖母と孫の話で忙しいのはわかりますが、せっかくのこの牧場、ロケーションもいいし特殊な環境なのに、何だかただの映画の背景としてのみ存在しているような、悪くいえば書き割りの世界みたいな、ごめん、悪く言い過ぎました、まあでもせっかくのロケーションを生かしたサブのシークエンスがあればなあと。特にほら、馬で競走するイベントがあって、孫は「そんなの興味ないね」と姿を消しますが、私は馬の競走がめちゃ見たかったんです。ちびっ子たちもいたし。きっと楽しかったろうなあ。お馬の競争、見たかったなあ。

南フランスのすんごい田舎でピレネー山脈の麓、山を越えればスペインですね。そんな広大な土地の農園と牧場です。これに関してももっと見たかったですねえ。そういや時事的なお話ですが、つい最近こんなニュースがありました。


たばこ買いに歩いて隣国へ…ピレネー山脈で遭難の仏男性、外出規制違反で罰金 – AFP BB NEWS 2020/04/06

南仏に暮らす男性が安いたばこを買うためスペインに行こうとして途中検問所で止められたため、じゃあ歩いて行くわとピレネー山脈に入って遭難したというニュースですが、何という素敵なニュースなんでしょう。

という話はどうでもよくて、では本筋行きます。

若者の犯罪について

「見えない太陽」で描く青年の悪巧みについてです。「見えない太陽」が社会派の側面を持っているとすればここがそうです。

若者の犯罪のうち、ある傾向を特徴として持つものがあるようですね。それについて、考えを巡らせてくれたのは「見えない太陽」ではなくてその前に観ていた「アメリカン・アニマルズ」でした。

若者が漠然とした鬱憤や不満や不安から起こす犯罪について、とても丁寧に考察された映画「アメリカン・アニマルズ」と「見えない太陽」は同じものをテーマにしています。若者が稚拙ながら派手な悪事を行おうとするとき、それは単に「馬鹿な若造」「アホたれ」で済まされません。そういうことに気づかせていただきました。

この話を続けるのは「見えない太陽」ではなくて「アメリカン・アニマルズ」が相応しいのでこれ以上いいませんけど、簡単に言うと追い込まれた若者たちを生んだのは社会であるというような話に帰結します。「またまた、そんなあ。犯罪は社会のせいですか。人のせいにすんなや」とおっしゃる方もおられましょう。もちろん犯罪は個人の問題です。でも悪いですけど、すべて犯罪は社会の合わせ鏡であります。これは分析の視点が違うだけの話で、犯罪は社会を表すまたは犯罪によって社会を知るという考察と、犯罪を社会のせいにするとかしないとかっていうフィーリングのポエムとはレイヤーが異なりすぎて同列は無理です。

映画の感想

えーと何の話だっけ。そうそう、孫息子はアホたれで「影響を受けやすい」まるでガキでありますが、その彼女のほうはかなりしたたかでヤバいですよねーという話でした(そんな話ひとつもしてないが)

ストーリー的にね、彼女はずっと長い間知り合いだしカトリーヌ・ドヌーヴも信頼していましたよね、映画序盤ではとってもいい子に見えます。イスラム教についての白人の偏見を正すような方向に話が向かうのかと思いきやまるっきり逆で、この娘がしたたかで強くて悪くて、小切手の件では酷いことも言います。観ているこっちも「こらお前、いい子やなあと思わせといてそれはないやろ。謝れっ」と心を弄ばれます。

一部そういういい感じで映画は進みますが、全体的にはやや観念的な描写が多く、映画的にはまああの悪くないですけど。すいません。

カトリーヌ・ドヌーヴが最後までいい人、わりと辛いエンディングの中で僅かな希望を与えてくれるアップで映画は終わります。こんなお婆ちゃん役をやるお年になってしまったのだなあとしみじみしつつ、それでもお美しい姿にうっとりする、そんな大女優のためのアイドル映画としても楽しめる「見えない太陽」でした。太陽は見えましたよ、それはあなたです♥

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