マチュー・アマルリックは俳優として一流ですが監督としても大注目です。なんつっても名作「さすらいの女神たち」(Tournée 2010)作りましたからね。
そのマチュー・アマルリック監督が大歌手バルバラについての映画を作ったというのでどんなだろうと思ってたら、カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門でポエティックストーリー賞を受賞したということでした。ただでさえ並大抵ではない「ある視点」部門で、さらにポエティックストーリー賞とかいうわけのわからんポエミーな受賞をしたくらいだから「バルバラ」がタダモノであるはずがないとわかります。待ちわびていると日本でも先日「バルバラ セーヌの黒いバラ」というタイトルで紹介され公開されました。
シャンソン歌手バルバラ
さてバルバラですが、誰もが知るシャンソン歌手です。バルバラの名を知らなくても、シャンソンと聞いてぱっと思い浮かぶ旋律や歌い方そのものズバリがバルバラだったりするかと思います。
その大歌手バルバラは 1930年6月9日にパリ17区で生まれ、50年代後半から活躍、1997年に67歳で亡くなりました。死の前年まで活動していたそうです。
公式サイトのバルバラ紹介の文章を引用しておきます。というのも、もう公式サイト消滅したっぽいので。
バルバラについて
(Barbara, 1930年6月9日 – 1997年11月25日)パリ17区で生まれる。ユダヤ系であるため、ナチス・ドイツによるフランス占領時代には国内外を転々とした。道路名にバルバラの名前が付けられているナントを歌った曲(「ナントに雨が降る」)や、父との確執を歌った曲(「黒いワシ」)などがある。コンサートやステージの開催時、それら公演の宣伝を一切行わないにもかかわらず発売直後にチケットが完売する現象は”神話”と呼ばれた。発表した作品群はフランスのみならず様々な国の聴き手に感銘を与え、1990年には来日公演も行われた。2017年~18年にはパリのフィルハーモニー・ド・パリで没後20年を記念したバルバラ大回顧展が開催、また発売されたバルバラへのトリビュートアルバムでは、ジェーン・バーキン、ジュリエット・ビノシュ、ヴァネッサ・パラディ、ギヨーム・ガリエンヌなどが多くの著名人が参加、生前より交流のあったジェラール・ドパリュデューもバルバラの曲を歌ったアルバムを発売するなど、現在も圧倒的な支持と評価を受け続けている。
バルバラ 公式サイトから
バルバラの曲
バルバラの曲はいつでも大量に聞くことが出来ます。アルバム以外でもベスト盤みたいのやシャンソン大全集みたいなのがいろいろ出ていますね。
例えばiTunesのバルバラ検索の結果はこんな感じです。-> iTunesStore バルバラ
いくつか試聴を続けていると知った曲も出てくるんじゃないでしょうか。
Youtubeにもミックスリストなどたっぷりあります。
まさに、ザ・シャンソン。ザ・フランス。
映画「バルバラ」
ということでバルバラですが、このバルバラについての映画「バルバラ セーヌの黒いバラ」は何なのか、伝記映画でしょうか、こないだヒットしていたQueenのアレみたいな奴でしょうか、そんなわけないですね、ある視点ですからね。ということで、どんな映画かというとこんな映画です。
バルバラの伝記映画を撮影している映画です。
バルバラ伝記映画の撮影を描く映画です。バルバラの役を演じる女優、映画の監督、スタッフたちやバルバラについてよく知る人、舞台、舞台のセット、部屋、部屋のセット、そういうものが混在する映画となっております。
混在・混乱
バルバラを演じる女優が、バルバラになったりバルバラを演じる女優になったり完全に混ざったりします。本物のバルバラの映像や録音を元に映画として完コピしようとしたり、ときどき本物のバルバラの映像も使われたり、本物のバルバラの映像みたいにバルバラを演じる女優が本物として映し出されたりします。
印象として、映画を撮影しているシーンで始まるシークエンスがだんだんバルバラの記録フィルムみたいになったり、舞台を再現するシークエンスがだんだん当時の舞台になったり、リハーサルで歌っていたのにめちゃ感動の一曲になったりします。
交ざりっぱなし
映画紹介では「バルバラを演じているうちに自身とバルバラの区別が付かなくなり・・・」みたいに紹介されている文章もありましたが、あれちょっと間違っていて、この「バルバラ」という映画は、映画開始直後からエンドクレジットのそのときまで、一貫して区別が付きません。だんだんそうなってくるとか、そんなサスペンスフルな展開じゃないんです。もうずっと交ざりっぱなしなんです。
交ざりっぱなしを繋げるのがバルバラの歌であり言葉であり、あるいは撮影所やバーやカフェや室内という環境でありまして、まるで散文詩のように音と音楽と言葉がうねり倒しますよ。めちゃ洒落ていてカッコ良くて素敵なんです。これでこそ「ある視点」かつ「ポエティックストーリー賞」!わおっ。
ゴダール。シャンソン。フランス。
ゴダールの「時間の闇の中で」や「イメージの本」を彷彿とさせるコラージュ的なフランスらしさ満点の芸術マジックを強く感じさせます。シャンソンとフランス語と洒落た映像による散文詩的コラージュ、そしてオマケにエンドクレジットのめちゃ洒落たタイポグラフィまで、これね、これぞザ・フランス!
そもそもシャンソンに対する愛情と自信って、フランス人にとって特別な感じがしませんか?愛情と自信どころか自己陶酔とか自己愛とかのレベルに近いんではないでしょうか。映画の中で映画監督が愛ゆえに我を失う面白いシーンが何ヶ所もありましたね。まさにあの状態。これは流行のナショナリズムとはまったく性質の異なる自国文化への陶酔ですよね。いや、揶揄していませんよ、畏怖と羨望もあります。
キャスト
バルバラやバルバラを演じる女優を演じた女優はジャンヌ・バリバール。バルバラとバルバラを演じる女優とバルバラを演じながら自分とバルバラの区別が付かなくなっている女優ともバルバラとも言えない不思議女優を驚異的に演じながらピアノ弾いて歌うという怪物並みの仕事をやり遂げた凄い女優です。噂話的にはマチュー・アマルリックの元パートナーなんだとか。ジャンヌ・バリバール、凄いす。
監督で役者のマチュー・アマルリックはバルバラの映画を作る監督の役で出演しています。少年の頃バルバラと会って以来バルバラの虜であるバルバラ命の映画監督です。自分が撮っている映画のシーンに立ち会って泣いている冒頭から、この人も自分が撮っている映画なのか妄想なのか記憶なのか資料を漁ってるうちに現実と映画の区別が付かなくなったのか、バルバラを見ているのか女優を見ているのかすでにもう何やらわからなくなっております。たまに正気に戻ったりしてスクリプトを書き加えて女優に見せに行きますが本読み最中にまた心がどっか行ったりします。
主人公バルバラと映画監督の主要人物二人共がこれほど混ざり合っていて観客が正気でいられるわけがありません。そうです。観ているこちらも、今映っているこれが撮影風景なのか完成品フィルムなのか過去の本物映像なのか本物を完コピした再現シーンなのかさっきの続きなのか続きながら転換したのか、まったく区別の付かないポエム世界でゆらゆら漂うしかなくなります。
で、バルバラ歌世界にのめり込んでると、たまに撮影であることを示すシーンが唐突に現れてのけぞったりしますよね。実に面白い映画体験です。
撮影
撮影監督クリストフ・ボーカルヌは「俺たちは天使だ」から「PARIS」「さすらいの女神たち」「チキンとプラム」「ミスター・ノーバディ」「ボヴァリー夫人とパン屋」「青の寝室」「神様メール」「永遠のジャンゴ」などなど、まあ筆者好き系の映画をたくさん撮影しているお馴染みのひとです。今作ではテクニカルな撮影や処理をされていましたねえ。
劇中に登場する曲
この映画ミュージカルかと思うほどたくさんの曲が歌われ流れます。その一部はこんなです。日本語のタイトルが付いていることからも、バルバラが日本でヒットして誰もが知る人であるとわかりますよね。
ナントに雨が降る
黒いワシ
我が麗しき恋物語
いつ帰ってくるの
小さなカンタータ
パリとゲッティンゲン
ピエール
愛していると言えない
不倫
脱帽
そのほか、約50楽曲と書いてありました。ええっ。そんなにたくさんいつのまに。
あと、エンディング直前にちょっと変わり種の曲が掛かりますね。あれカッコ良かったですね。エンドクレジットの曲も、タイポグラフィと合わせてとても良い感じの曲でした。
と、ここで感想文を終わっていればいいものを、問題あるのわかりきっていながら紫煙さんが登場します。
間もなくgoogleポリシー変更で痛い目に遭いそうな紫煙映画を探せです。紫煙といえばフランス。フランスといえば紫煙というくらい、フランス大人の国はたばこの国でもあります。「バルバラ」でも当然のことのように、ほんの僅かですけどたばこの痺れるようなシーンがありました。痺れました。
そして、チラシのデザインですね。この記事にあげたチラシのカッコいい事ったらありませんよね!このデザイン採用した人たちみんな素晴らしい仕事しました。
でもこっちのチラシのほうがメイン扱いになっていましたか?
「バルバラ セーヌの黒いバラ」は、カンヌ国際映画祭ある視点部門ポエティック・ストーリー賞受賞の他、セザール賞 主演女優賞・録音賞を受賞。