しあわせの雨傘

Potiche
しあわせの雨傘

時は1970年代後半。大手傘メーカーの社長夫人が「Potiche(飾り壺)」ではない人生を歩み出すお話。70年代テイストたっぷりのコミカル人情仕事ドラマ。カトリーヌ・ドヌーヴ始めスター共演による程よく力の抜けた逸品。フランソワ・オゾン天才。

しあわせの雨傘

なんというマニアックな映画。なんという挑戦的な映画。なんというほのぼの楽しい映画。
この懲りよう、この技術、うーむ。ほのぼのしながらも思わず呻ってしまいます。

フランソワ・オゾンって人はどれほど映画について熟知したオタクでどれほど熟練の技術者なのでありましょうか。このテイスト、この味わい、この軽さ、この驚異の70年代仕立て。2010年の作品ですよ。黙って見せれば誰ひとり2010年作品と思わず70年代の映画であると信じ込むことでしょう。

というか、フランス映画ってどれだけ懐が深く教育にも力を入れていて若い作家を育て上げるんでしょうか。
多くの監督が若い頃にフランス映画の伝統を踏まえた優れた作品を作っていますが、これは天才性だけでなく明らかに国ぐるみの教育の成果です。
先人が培ってきた心理描写や人間表現、環境のとらえ方から映像の切り取り方、そういうのを惜しげもなく若い人間にたたき込み、たたき込まれた若い監督はそれを踏まえてさらに高みへと突き進むのです。こうして先人たちの発明発見技術にコツは継承され昇華されさらに発展し他の追随を許さぬずば抜けた映画技術を連続体として確保してるんですね。すごいですね。

冒頭はぽっちゃり太ったカトリーヌ・ドヌーヴがジャージ姿でジョギングするシーンなんですが、この森の小径の表現、角丸フレームを並べた画面構成、フォントに音楽、フィルムの質感まで、超マニアックに70年代しておりまして、挙げ句の果てに森の動物たちがメチャ懐かしい構図でちょろりちょろりと登場します。
にっこりカトリーヌ・ドヌーヴは手帳を出して森で感じたことを詩に書きます。もう、この冒頭の徹底した表現はパロディなどというレベルを遙かに超えたタイムマシン的映画表現。

個人的な話で恐縮ですが、絵の仕事における表現の中に古めかしい味わいを作り出す技法ってのがあります。ただ単に古く見せるための処置から、古い絵画の修復、古い絵画に見せる技法など多岐にわたりますが、どれもこれも非常に凝っています。内装に拘った飲食店やネズミキャラクターの世界の娯楽テーマパークなんかで皆様も目にしていると思います。
こういった技法は古典絵画や壁画の頃から存在していますが、近年に関しては実は映画の美術から発展してきた技法でもあるんですね。映画には時代設定がありますから、セットでそれを表現するのがこうした技術や要請の始まりです。
で、セットの美術に関しては馴染み深いこの技術、昨今はこの考え方を映画全般に当てはめます。最初はコンピュータ処理の発達に伴って実現した古いフィルム表現や映像の質感、古さを表現するCGなどでした。建物自体や町そのものをコンピュータで再現するなんてことまで出来るようになりました。
で、もっとマニアックになると、古さをパロディと流行の観点からアナログ的に再現する技術を持つ人も増えてきたんですね。
つまり、ある時代に流行った撮り方、構図や編集などです。これを再現します。
さらに、役者の力がそこに加わると、その時代独特の喋り方や目の動かし方、立ち位置から体の動きから何もかも時代を踏襲することが可能になります。

「しあわせの雨傘」はかなりの部分でそういった70年代後半の撮り方を徹底的に行っています。あまりにもマニアックで凄い技術と思ったのはそういう部分においてです。

この映画をそういう観点からだけで評価するのは大いに間違っていますが、そういう観点もあるってことでつい説明が長くなってしまいました。

でもこういった技法はなにも新しいことではなくて他にも例は沢山あります。徹底している例の筆頭はもちろんグラインドハウスを再現した「デス・プルーフ」「プラネット・テラー」ですね。これはオタク度、その時代作品への愛、技術、いろんな意味で「しあわせの雨傘」と双璧でしょう。
他にももうちょっと範囲を広げると、フランソワ・トリュフォーが古典主義へ回帰していった頃の作品とか、まさに同じ技術で映画を作ってますね。
というかそもそも「古典回帰」を共通項とするならば、ルネサンスもそうだし、日本美術では琳派もそうなんですけどね。

そんなわけで決して珍しい技法ではないのですが、現代の特徴はそこにパロディ的な発想と当時の流行へのオタク的愛が加味されるところでしょうか。ま、そんなこんなでフランソワ・オゾンはじめ出演者の皆さん、カメラから音楽から効果音から何から何まで、全ての参加者がここまで徹底してやってのけたことへの賞賛は惜しみたくありません。

さて肝心の内容についてですが、冒頭にあるとおり幸せを感じている社長夫人でありますが「飾り壺」であることへの不満もあります。で、ひょんな事から頑張っちゃう映画です。こういう女性の自立みたいなテーマも70年代ぽくて。
そんでもって、この映画のお話、これは十分に面白いですよ。簡単な話ながら、ホームドラマやコメディ、人情、仕事の映画としての良い要素がたっぷり詰まってます。

カトリーヌ・ドヌーヴ、太ったおばちゃんを熱演しますが美しさは隠せません。最初からずっと美しい人です。しかし「昼顔」のころなんかは、年取ってからもこれほど味わい深い女優になるとは誰も想像しなかったかもしれません。
ジェラール・ドバルデュー、これまたいい案配です。「ヴィドック」の時より寧ろ若く見えます。いいですね。
ジェレミー・レニエ、出ました「ある子供」。出ました「ロルナの祈り」。出ました「ヒットマンズ・レクイエム」あ、最後のは端役ですが。確かにこの方、ものすごく70年代っぽい顔です。リベラルなアート思考の息子役がぴったりフィット。
そしてゲスト出演なのか何なのか、セルジ・ロペスです。
そうです、皆さん・・じゃなくて私の記憶に新しいところの「Ricky」のパコです。やーやーやー。
「Ricky」のときに書きそびれたんで今書きますが、この人、驚くなかれ「パンズ・ラビリンス」のあの怖い将軍ですよ。みなさん、知ってました?私は知らなんだ。おどろいたー。
他の方もみんな素晴らしいです。夫役、秘書役、娘役、みんないいです。

フランソワ・オゾン、素晴らしい女性を描く、あるいは女優に素晴らしい演技をさせる技術と才能をお持ちです。さすがです。

こころ穏やかになる暖かい映画、こういうのもいいですよ。

カトリーヌ・ドヌーヴと言えば「シェルブールの雨傘」と思う人も多いそうで。傘屋の娘を演じたこの映画のパロディ要素としての「傘工場の娘」役ですが、邦題ではさらにそれを強調するかの如く「雨傘」をタイトルに含めました。これは気持ちとして判らなくもないです。仕方ないですね。このタイトルによって「見てみようかな」と思う人が多くいれば結果良しかもしれません。

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