わたしを離さないで

Never Let Me Go
寄宿舎で育った仲良し三人組の悲哀に満ちた人生。「ストーカー」のマーク・ロマネクがカズオ・イシグロの小説を映画化した英国牧歌的叙情的SF青春映画。
わたしを離さないで

田園地帯の寄宿舎に子供たちが暮らし、学んでいます。
この寄宿舎を含む世界設定は、冒頭の主人公キャシーのモノローグシーンですでに明らかになっていますが、ほんのちょっとだけ謎として引っ張ります。しかしまあそのような謎の設定はほどなく解除され、単に奇を衒っただけの安直なSFではないという宣言とも取れる潔い演出が見られます。
そのSF設定を牧歌的叙情的郷愁的に人中心に描くという目的はこの映画を貫いていてぶれません。ですので、これは「ブラインドネス」などと同じく、SFの文芸的地位向上による作品の仲間です。
SF設定は人間をより深く描くためのネタにすぎず、近年はSFと銘打たない優れたSFが文学として成立しているのでそれはそれで感無量なところもあります。
SFではないSFが文芸的地位向上を果たしているのと裏腹に、近年あえてSFと銘打った作品がどれほどの完成度なのかわたしは知りません。あれほど夢中になっていたSFですが、それは地位が低く志が高かりしころの黎明期でありますので、ジャンルとして確立してマニア化しオタク化した状況に至ってからは遠く離れております。カート・ヴォネガットや筒井康隆氏と同様「SFの90%はクズである」と若干思っていたりします。

SF談義はいいとして「わたしを離さないで」のメインとなるテーマは古くから描かれてきた存在に対するテーゼだったりしますが、さすがにこのテーマは古典的に過ぎます。2010年の映画であるならば、何かしらそこに新しいテーマが欲しかったところですがそういうのはありません。
でもむしろそれは逆で、この作品は古典的テーマをノスタルジーと青春に融合させております。新しいテーマを突きつけるのは目的ではありません。ですので叙情的な青春映画として、青春映画であるからこその若い感性に基づく人間の存在定義を巡る苦悩というものに焦点を当てています。
裏付けになるのは美しい映像表現です。

監督はマーク・ロマネクです。奇しくも「ストーカー」を見たばかりの私にとっては偶然という必然を思い起こさせます。狙ったわけではないのに「ストーカー」を見た直後に新作に触れることが出来たのは幸運でした。

「ストーカー」での映像表現は大胆露骨で若々しい映像派表現でしたが、時は過ぎマーク・ロマネクも年を重ね、嫌みなく描く映像派へと成長を遂げています。
「わたしを離さないで」の映像の美しさはオーソドックスに裏打ちされた大人の美でした。被写体深度の浅いクローズアップ系の表現と画角の広い英国の牧歌的な田園風景。
クローズアップ系の演出は主に心的表現に荷担します。広角系はクールな客観表現に荷担します。
「わたしを離さないで」は叙情的な映画なので被写体深度の浅いクローズアップ系がよく似合います。

さてこの映画、子供の頃から仲良しだった三人の男女の成長過程を描きます。
その中で、彼らが常識と思って完全に受け入れていた自分たちの運命に疑問を呈するまでを淡々と物語るわけですが、人生の道中、彼らはそのことを疑問にすら思っていなかったのか、はたまた疑問に思っていたのかの表現が曖昧である点が尾を引くところです。
ラストシーンでのモノローグは観客たる我々を少々驚かせます。「えっ?それを今はじめて思ったの?今までもその点についての葛藤があったんじゃないの?」と思ってしまうんですね。
でもよくよく反芻してみると、確かに以前から葛藤があったようななかったような微妙な描き方をしています。
物語的には、青春時代の葛藤は実のところ洗脳上安全地帯での葛藤に過ぎなかったということに帰結します。白黒不明確な、まさに青春時代の生死感。深刻だったあの頃。そうよわたしはあの頃まだまだよくわかってなかったの。でも今実感と共に気付いたのよ。青春は過ぎ去り、人生の終焉にさしかかってはじめて深く「そのこと」を考えるのよ。地平線。涙。
と、そんな具合です。
なんて叙情的。
でもいいの。そこが素敵なの。

オカマ化してきたので気を取り直します。

出演者ですが、男の子を演じたアンドリュー・ガーフィールド、どこかで見たなあと思っていたら「ソーシャル・ネットワーク」でかわいそうな役だった彼でした。ああ。彼か。ははーん。「BOY A」や「Dr.パルナサスの鏡」の彼です。なかなか個性的ないい役者ですね。河野太郎にそっくりとか言っちゃいけません。

主演のキャリー・マリガンさんも個性的なキャラクターですね。幼いような大人なような人物像です。日本人的にも好感度高そうな柔らかそうな暖かみのある方ですね。
片やキーラ・ナイトレイはキリッとしてて尖ってて昔のフランス女優のようなかっこいい人です。
主要人物3人の極端な個性がわかりやすく、親切設計となっております。

製作や製作総指揮の面々は「ヒットマンズ・レクイエム」「ラストキング・オブ・スコットランド」など、たいへん良作な映画を送り出しているひとたちですね。「堕天使のパスポート」や「28週後…」なんてのも関連作品です。
あるスキャンダルの覚え書き」なんてのもありますね。

原作のカズオ・イシグロは日本生まれのイギリス人、成人を迎えるころまでは日本国籍だったそうです。数々の受賞歴がある大物作家ですね。
日本人的な要素が少ないという評価ですが、この映画を観る限りとても日本的であると感じる部分もあります。叙情的で心的で郷愁で哀れなところに注目。原作は未読なので何とも言えませんが、ほとんど日本で暮らさず日本語もおぼつかないのに日本人的なる要素を多大に感じるのはご両親のおかげか血の力か、それはわかりませんけれども。

「わたしを離さないで」はシステマチックなSFではないと合点して、叙情的な人間のドラマを軸に観るべき映画です。そういう視点で見ると、とても丁寧なよい映画だと思えることでしょう。

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