センソリア

Sensoria
スウェーデンからやってきた恐怖のアパート映画。「センソリア 死霊の館」などという邦題から連想するゴシックホラーではありません。北欧テイストのモダンアパートが舞台のおやつホラーですがおやつにもなりにくい。
センソリア

その前にヘッドラインで「おやつ」と書きましたがこれについて。多分初めてここで使う気がします。おやつ映画というのは文字通りおやつのような映画です。「おやつ食べたいなー」ってときにおやつが美味しいように、おやつが観たいなーってときにはおやつ映画がすこぶる旨いのです。いつのころからか映画部では「おやつ」という言葉が定着しておりまして「ちょっとしんどい時期だからおやつでええわ」とか「ものすごくおやつが観たい気分!いいおやつないんかい」みたいに使います。この言葉のはじまりは、期待もせずに低予算映画を観たら予想外の面白さに大はしゃぎという事態が連続で訪れたことからです。低予算映画が面白いのは昔からのことですが、最近の面白低予算映画はその内容の文学性の高さや小気味の良さやきらりと光る新しさがあるのですよ。ないのもありますけど。そんなわけでおやつ映画の表面的な特徴はその1新しい最近の映画、その2ホラーやスリラーです。ホラーにはおやつのすべてが詰まっております。行楽に、仕事疲れの癒やしに、ビールのおともに、おやつ映画は最高でございます。

と、おやつ話で盛り上がってますが(盛り上がってねえよ)、このたびのこの「センソリア」ってのもおやつとして楽しもうと観ましたが旨いおやつもあれば不味いおやつもあるように、おやつにもいろいろあります。で、「センソリア」って何ソリア?

「センソリア」ってまた80年代風のわけわからんタイトルですが、センサーの語源みたいな sensorial から「感覚器」などと訳されております。わけのわからん言葉ではなかったですね。でもまあわけわかりません。

孤独な若めのおばちゃんが主人公で、離婚を機にアパートに引っ越し。部屋でオカルト現象が起きますが主人公のおばちゃんは自分の孤独が辛いのでオカルト現象に興味ありません。

という話です。

この映画のよいところは、ちょっとした新しくも何ともない小ネタただひとつで一本作ってしまった点です。

それと、主人公がわりとおばちゃんなところです。華もないし恐がりもしないし、人生や恋をやり直すには年を取ってしまったと自覚していて、こういう人が主人公のドラマとなってます。

この映画の残念なところはいろいろあります。冒頭の掴みがまったく上手くなく、映画開始しばらくは観ていて乗り切れません。表現技法と脚本上の問題ですが、この序盤の乗れなさっぷりが最後まで悪影響を与えます。

本筋のお話は小ネタですがいい話です。でもそれを効果的に描くことができなかったように思います。

感想としては、ネタは悪くないのに残念な映画だったな、ということですが、面白い部分をがんばって思い出します。

正直ホラーシーンはありきたりで怖くも何ともなく2015年にもなってこの表現ですかと退屈なだけですが、主人公おばちゃんもこちらと同じく全くそっちに感心がなく気づきもせず恐がりもせず片付けものしたりお茶飲んだりするシーンばかりで、こういうノリはとても面白いです。ホラー映画から若い娘と恐怖と斬新さをすべて取り去ったというこの一点は最大の功績だと思います。

そのつながりで言うと、主人公おばちゃんがお風呂に入るシーンがあるのですがここはすごいですよ。まるでよくある若い娘のホラー入浴シーンと同じです。でもおばちゃんです。私はこの奇っ怪なサービスシーンで思わず「おばちゃん、もうちょっと深く浸かっていいよ!」と声を上げました。そうですね、おばちゃんマニアの方は観ておいてもよいでしょう。観なくてもよいでしょう。

まああの、結論をいいますと大したおやつではありませんでしたが、興味深い点も全くないわけでもないかもしれないというやや凡庸な「センソリア 死霊の館」でした。うん。更新リハビリとしてはこの程度でいいかも。

[オマケ]

※ でっかくカバーアートを引用していますが映画の内容とカバーアートは関係ありません

※ おばちゃんはハイヒール履きませんし、恐怖しませんし怯えた若い女性でもありません。カバーがパチモンか中身がパチモンか、どっちがパチモンか、パチモン文化の一端が垣間見れました。

[追記]

「センソリア」を観た当時は正直「あまり出来の良くない映画だったな」と思ったんですが、その後月日が流れ、ふと気づくと映画部内で何かの折にたびたび名前が挙がる映画となっていました。どんな話題かというと、主人公があまりにもお化けの脅しに無頓着なところです。

いろんなお化けの脅しシーンが登場しますが主人公のおばちゃん姐さんはほんとにそれに気づきもしなくて、まったく恐がりもしません。このことは映画を観ているときにも気づいていましたしこのポストの中でもちゃんと触れていますが、その徹底した「お化けに気づかず恐怖も感じない主人公のおばちゃん姐さん」の作りそのものが大変ユニークで価値があることだと気づき始めたという訳です。

ですからいろんなホラー映画を観ては感想宴会をやっている途中に「そういえばセンソリアのおばちゃんなら怖がらないよな」「センソリアのおばちゃんなら気づかんところや」「センソリアの姐さんは恐怖に興味なんかないしな」と、ほんとにセンソリアの話題に繋がったりします。それほど「センソリア」は強く我々に印象を残したのです。

多くの映画のことを見終わって月日が流れれば忘れます。酷いのになると、観た映画なのに観たことさえ忘れていてまたDVDを買ってしまったりします。そんな中、印象を残すとはどういうことか。

それはこの映画がとてもユニークで忘れ得ぬ作品であったということです。

何だ。つまり「センソリア」はいい映画だったのか!

と気づき、時間差で評価もじわじわ上がります。もうこれほど映画部内で話題になった以上、一生センソリアのことは忘れないでしょう。

映画の出来映えなんかどうでもいいんです。印象に残した作品を作った者の勝利です。

その結論に至った作品のひとつということで、これはいわば「人生に影響を与えた映画」となります。マイルールに則れば、この映画は満点であり大絶賛する必要があります。

・・・でも大絶賛というのもあんまりなので「普通に良いかな」くらいで日和っておきます。

ところでカバーアートのキャッチコピーに「その”存在”を感じてはならない」とあることに改めて気づきました。なんと!この映画の配給さん担当さんはこの映画の良さがどこにあるのかを判っていたんですね!恐怖の存在をまったく感じない無頓着なおばちゃんの魅力をとっくに見抜いていたのです!これはさすがです。我々のような素人が何ヶ月もかかってやっと気づくような映画の本質を一瞬で理解していたとは、やはりプロですね。恐れ入りました。

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