ディストピア パンドラの少女

The Girl With All The Gifts
2016年の「ディストピア パンドラの少女」はSFホラーちびっ子映画ですがジャンルを超えた傑作
ディストピア パンドラの少女

邦題がこんなのだから、てっきりよくある低予算系の軽い映画あるいは若年層向けと思い込んでおやつ入れにしまい込んでその後すっかり忘れていた「ディストピア パンドラの少女」です。

忘れていましたがジェマ・アータートンが出てるという自分で書いたメモで思い出し「エスケープ」のもやもやを払拭するため「リベンジじゃ口直しじゃ」と、観てみました。終演後、映画部にこだまする感嘆の声。「なんやこれ傑作やないか」「良すぎて泣きそう」なんと傑作映画でありました。

また個人的な話で申し訳ありませんが、私はずっとSFに傾倒していました。でもカート・ヴォネガットの「SFの95%はクズである」にも完全同意していまして、小説でもそうなのだから映画でも当然そうで、SF映画めちゃ好きで楽しんで観るのに概ね好意的ではありません。おやつ入れに積んでいるおやつ映画でもSFなら避けたりしがちです。ただ出来の良いSF映画がたまにあって、そういうのに当たると大傑作大傑作とはしゃぎます。

ゾンビ映画にも似た感覚を持っています。ホラー大好きなのにゾンビものと知ると観るのが少し面倒に思えたりします。でも出来の良いゾンビものに当たると大傑作大傑作とはしゃぎます。

もうひとつ、映画そのものに関してですが、映画というのは何も知らずに観るとほんとに面白いです。何も知らずに観るなんて相当に難易度が高いのですが、それができた場合、映画のすべてのシーンが新鮮でストーリーすべてがが予想外の展開、隅から隅まで楽しめて個人的評価が跳ね上がります。出来が良い映画なら尚更で、そう、この「パンドラの少女」みたいな傑作であったならもう天を突き抜ける勢いで絶賛することになります。

というしつこい個人語りはもういいからと天の声を受けたので映画の話いきます。

少女メラニー

これはジャンルどうのこうのという以前に、ちびっ子映画という認識でもOKです。ちびっ子メラニーはタイトルの通り「パンドラの少女」というか The Girl with All the Gifts でございまして、というのも映画の序盤、大好きな先生がパンドラの箱を空けた神話を話して聞かせます。だからといってパンドラをタイトルにしなくてもいいんですが、でも原作小説も「パンドラの少女」なんですね。

少女メラニーは礼儀正しく聡明で勇気があって優しい子です。まるでキリクのようですね。賢い子供の設定が大好きで、さらに礼儀正しさまであるとは、見ているだけで目頭が熱くなります。

映画の序盤、この少女を含めこどもたちが先生の授業を受けるのですが、先生は優しいものの、こどもたちは普段は独房に入れられ拘束されて軍人に乱暴な扱いを受けます。乱暴な扱いを受けるのに礼儀正しい子たちは時間が来ると自分で拘束されるために車椅子に乗り込んで処置を待つんですよ。この不思議な状況は一体何事かとハテナが渦巻き掴みもバッチリです。
この映画が何の映画か詳しく知っている人にとってはそうでもないでしょうが知らずに見ているから壮絶です。

少女メラニーを演じたのはセニア・ナニュアという子で、2002年イギリス生まれ。おっ、21世紀生まれですね、まさに次世代者。

この子のいろいろな仕草が可愛らしくて、これシナリオ上の演技なのか?と疑ってしまうレベルのナチュラルな様がみどころです。

例えば新しい運動靴のマジックテープが面白くて付けたり外したりするところや、トランシーバーで浮かれるところや、ドアの開け閉めのシーンなんかですね、神々しいほどの可愛さに満ちていますし、そこらあたりだけ撮り方も演出もちょっと変化させています。部分的に本当のナチュラル系ちびっ子映画の撮り方です。

映画探偵Movieboo部員はこういうとき妄想推理に浸ります。「これきっと撮影の合間、この子の可愛い仕草に触れて目がハート魔神と化したスタッフや監督がこういう感じのシーン入れようや、ってなったに違いない」「それやな。下手したら自然な仕草をそっとカメラに収めて採用したのかもしれん」妄想もほどほどに。

ヘレン先生

ヘレン先生も軍人の仲間ですが子供たちにプログラムから脱線したお話を聞かせたりします。この優しい先生がジェマ・アータートンです。ジェマ・アータートンは見るからに優しさ満点というタイプのお顔立ちではありません。ですので序盤、優しいのですが怖いところもあるみたいに感じさせてくれます。キャスティングも、役割をよく理解しているジェマも、どっちも良い仕事しました。

「エスケープ」で薄化粧のナチュラルなジェマ・アータートンに触れたばかりですが、こちらのジェマもディストピアの軍関係の人ですから同じく自然な感じです。これまで観てきた彼女がわりとくっきりお化粧の姿ばかりでしたので、これが近年大物になりつつある女優の方向なんだなと納得したりします。

ところでジェマ・アータートンのどこが好きって、あーたーとんっていう名前なんですわ。あーたーとん。かわいいよね、あーたーとん

何が起きているのか

場所はうす暗い軍事施設っぽい場所です。ここで拘束された子供たちが英才教育を受けているというこの序盤を見ながら、内心これってよくある国家陰謀論的特殊能力覚醒系?とやや醒めていました。ただ、こどもたちがあまりにもいい感じだし先生の授業も安っぽさがないので、いったいここで何が起きているのだろうと心底疑問に思いながら観ていました。

はっきりいって、ここで何が起きているのだろう?なんて暢気に思いながらこの映画を見始める人は世界中探しても数人しかいないと思います。大抵はジャンルとか、何をテーマとした話なのかくらいは最低限知って見ますよね。それすら知らずに見ることがどれほど貴重な体験かお判りか。

そんなわけで、先生がよい子の頭を撫でようとすると軍人が飛んできて制止し、先生にこの子たちが何者であるのかを思い起こさせようと腕をまくり子供の前に差し出すと一瞬子供は歯を剥き出し襲いかかろうとします。なんと、この子供たちは生まれながらにゾンビなんです。

「ディストピア パンドラの少女」ではゾンビとは言いません。それは、感染症の病気で、ゾンビになるのはなるのですがハングリーズという名称です。パンデミック後のハングリーズで溢れかえった荒廃した世界という設定なんですね。子供たちはただのハングリーズとは違って、感染者の胎内で感染して生まれた次世代の子たちです。

ここでそういう事情を少し呑み込んで、そしてしばらく後に部隊である軍事施設そのものが描かれ、さらにとんでもない事態となります。あわわわわわわ。と慌てふためきおののく映画部員たち。画面上では撮影的にも演出的にもちょっとすごいことになります。

という、序盤と設定を細かく説明的に書きましたがそのような映画でありまして、ここから先は映画がどんどん展開していきます。その展開も意外に次ぐ意外、最後までずっと面白いままで、見終わったときには心に胞子が飛び交いキラキラした感動に包まれます。

構成

突飛で「?」にまみれた冒頭の作り方は絶品ですが、序盤の基地内での大乱闘、その後の展開、その後の展開、というのは構成的に複雑なことはありません。次々と状況が変わり話が進んでいきます。その都度「こんなことになるんか」「こんなことになるんか」「こんな展開なのか」「わお」という連続です。こういったストーリーが真っ直ぐ進んでいく構成であるから尚のことネタバレされずに観ることが重要となりますし、展開を知らずに観ることが楽しさに直結します。

主要人物たちがエピソードを繰り広げながら、世界がどうなってるのかという設定の背景にあるものを説明し尽くします。ここは大いに褒める部分です。説明っても「説明しよう」って言ってナレーション的に説明するのではなく、人物たちの言葉や振る舞い、エピソードの中で自然に伝えるんです。

この映画、ただ単にゾンビだらけになったという設定に留まらず、SF的にもっと大きなものを背景に置いています。これを説明するとき、誰かが説明口調で延々喋るとか、突如出てくる説明係の年寄りがべらべら喋るとか、そういうことになりがちです。そういう下手な演出を避け、旅のエピソードから自然に説明し尽くすという、これは高度な技術ですね。しかもこの映画はアート気取りの文芸作品ではなく超おもろい娯楽のジャンル映画ですからね。その作風の中できっちり高度なことを伝えるってのは並みじゃありません。

傑作

そんなわけでこの「ディストピア パンドラの少女」という映画、ずっと積んでて放っていたのに今ごろ観て傑作傑作とはしゃいでいましたが傑作感をまとめておきます。

斬新です。ストーリーもそうですし、構成的にも新たな地平ですね。

映画全体の雰囲気というか方向性ですが、これがまたまたいい感じ。若年層向けのポップ感よりも、丁寧な人物描写が光りますから子供だましと感じません。

深刻な近未来SF設定は得てしてアホみたいな設定です。これを上手に最後まで深刻ぶるのもいいですがこの映画はエンディングですかっと垢抜けました。最終的にこのエンディングによって好感度が跳ね上がったんですね。洒落であり垢抜けていて思わず微笑んでしまうという終わり方でした。

少女が可愛すぎてちびっ子映画としても上出来です。ちびっ子ドラマとしても上出来です。自分を殺そうとする相手さえも気遣って建物に留まるように促すところなんぞ痺れますよね。

序盤の基地乱闘シーンすごいことになってます。途切れなく広い範囲の出来事をカメラ動かしながらスピーディに収めていくその様はまるで映画のクライマックスのレベル。

軍曹や兵隊を始め一緒に旅する人物たちもとてもいいです。彼らも少しずつ変化していきますね。旅っていいですね。

ちらりと出てくる廃墟の映像がいい感じ。この映像どうやって作ったんだろうと思っていたら原発事故で住民が全員移住した後のウクライナのある街で撮ったらしい。ソ連は日本と違って、ある程度以上の線量があれば住民は政府が用意した家に移住しました。日本ではソ連の移住対象線量の20倍でも「家に帰れ。事故は終わった。補助金終了」とゾンビに覆われた世界より酷いことになっていますがそれはそれとして、廃墟の俯瞰シーンが実際の景色だと知ればちょっと感慨も出てきます。

何も知らずに観たという有利な条件の下ではありますが、ゾンビSFというジャンル映画として、ジェマ・アータートンとして、エキストラの楽しそうなゾンビの案配も含めて傑作であると感じたことに偽りはありません。

 

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