ダルデンヌ兄弟の「イゴールの約束」です。DVDが廃盤で長い間手に入りにくい状況でして、観る機会が全然なかった渇望に満ちた幻の作品(当社比)でした。
ところがですね、2012年春、ダルデンヌ兄弟の新作「少年と自転車」が公開され、それに合わせた形で初期の3作が再発されたんですね(この前日記に書いた→現在の状況・「少年と自転車」公開でDVD再発」)
これはチャンス、さっそく手に入れて観てみました。
「イゴールの約束」は1996年の作品です。原発で働いたりドキュメンタリーを撮ったりしていたダルデンヌ兄弟が、長編映画3作目にして自分たちの思い通りの作品を作り上げました。
ドキュメンタリータッチのリアルな撮影、人生を切り取ったような断片、働く人、掠める人、社会の底辺、ささくれた心、生きる力、ダルデンヌ映画の特徴がすでにずばずば発揮されています。しかも後の作品の最重要キャラの2名、ジェレミー・レニエとオリヴィエ・グルメが実録風演技でもって大活躍、もうすでに巨匠の域です。
この出来映えに公開当時カンヌはじめ世界で大絶賛。ダルデンヌ兄弟の名を世界に轟かせました。でもどういうわけか私にまでは轟かなかったようで、当時は全然知りませんでした。ちょっとこの頃忙しかったせいです多分。どうでもいいけど。
そんなわけで違法滞在の外国人の面倒を見て労働を斡旋し金を掠め取り場合によっては警察に売り飛ばしたりしている父とその手伝いをしている息子です。ジェレミー・レニエ若い、というか幼い!。オリヴィエ・グルメ太い!
これは10年以上前に観とくべきでしたねえ。
この俳優二人の後の姿をすでに知ってしまってますもんねえ。
映画には罪はありませんが、こちらに罪があります。この映画を見るのに、俳優を指さして「若いねー」なんて言っていては駄目なのです。せっかくのリアリズム系の社会派映画に、俳優若いねーもくそもないのです。そういう見方は娯楽系の映画の見方です。もっとお話にのめり込まないとだめなのです。
ダルデンヌ兄弟の映画にまだ馴染みのない方は幸いです。この映画の真価を体験できるでしょう。
ダルデンヌ兄弟はこの後、大大大大大傑作の「ロゼッタ」「ある子供」「息子のまなざし」を撮り上げることになります。未体験の方はあまりにも凄すぎるこの三作を観る前にせっかくですので「イゴールの約束」を観ておいてもいいかもしれません。けどわかりません。どんな順で観ようともいい映画はいい映画だからどうでもいいともいえます。
さてそんなわけで、最近のメキシコ映画の大大大大大傑作「BIUTIFUL ビューティフル」の登場人物とよく似た設定の、違法外国人労働と斡旋するチンピラですが、こういうのを見ると以前はキャピタリズムについて思いを巡らせたものですが、最近は「おれも違法外国人労働者になって搾取されまくったあげくに死にたい」と屈折した感想を持つようになってまいりました。すでに思想や理想や絶望が人生を邪魔しているとしか感じなくなりつつあり、獣のように生にしがみつく生き方に力を感じるのであります。しかし果たして自分にも出来るのかどうなのかなどと考えてしまうのでありまして、というか、そういう考え自体がもうすでに駄目駄目です。平和呆けによく似た甘ちゃん感覚ですが、もうしばらく経つと日本全土が今以上に脳味噌を汚染されたヤコブ的無思考人間ばかりになりますから、内心ではそうした社会を恐れているだけなのかもしれません。
地下鉄構内で奥さんを追いかけるイゴールの息づかい。揺れるカメラが少年を追います。それをさらに観客の目が追います。どことなく優しく、愛に満ちた目線です。ダルデンヌ兄弟の映画には多くの場合希望と愛が入っています。酷い世の中にしがみつく人々やきつい労働者の現実をこっぴどく描きますが、最後の最後には微妙なさじ加減の希望が見て取れます。微妙すぎてドキドキ胸騒ぎを伴いますが、よく考えればそれは希望と取れるな、ていう感じです。
「ロルナの祈り」には最後の希望もなく、珍しく絶望に満ちた作品でしたが「少年と自転車」はどうなのでしょうね。ダルデンヌ兄弟は、まだ世の中を見捨ててはいないでしょうか。どうでしょうか。
「イゴールの約束」には、後の作品から徐々に姿をくらませるドラマチックな部分がまだまだあります。脚本的にも演出的にもです。イゴール君もとてもいいやつです。安心してみていられるキャラクターです。
ですのでクールなリアリズム系映画や絶望に満ちた社会派ドラマが苦手な人でも、本作は普通にのめり込めると思います。このドラマチックな案配は、後付けで本作を見るような私のような人間にも新鮮に映りました。めずらしい面白シーンもあります。
DVDの再発に感謝。安いよ安いよ。廃盤中古に高値を付けてるバブル気質の転売屋をこらしめてやってください。
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