ミツバチのささやき

El Espíritu De La Colmena
ビクトル・エリセが起こした映画の奇跡。1973年の「ミツバチのささやき」は映画史に刻まれるぶっ飛びの名作。
ミツバチのささやき

MovieBooでは筆者が昔観た映画の記事はほとんどありません。昔だからです。再見したときのみ書いたりしていまして、例えば「ブリキの太鼓」とか「エレンディラ」とか、ほんの一部の大好き映画は最近再見したので記事があります。たいていは好きすぎて書くべきことが思い浮かばず、まともな感想文になっていません。
世界映画史のことはよくしりませんが、個人映画史において絶大な印象を残したいくつかの超スーパー名作映画は歴史に刻まれ、血と肉となり、魂と精神になります。

みなさんも大好きな映画があるかと思います。映画との出会いもタイミングと運に左右されまして、「いつ」「どんなときに」「どんな状態で」「どの映画に」出会ったかという、そういうのが個人史に刻まれるかどうかを決定づけたりします。特に年齢は大きいです。ちょうど良い年齢のときにぴったりはまった作品はその後の人生を左右します。

「ミツバチのささやき」に出会ったのは年齢的にも映画経験的にも状態的にもちょうど良いタイミングだったのだろうと思います。特に何の思い込みもなく劇場に立ち寄ってこの作品を観て映画的興奮の坩堝、恍惚状態に陥りました。上映中に映画館に通って何度も何度も観たものです。未だに、劇場に通った回数一位に輝いております。

超いい映画は今だってたくさんありますし、実際出会っています。けど、「ミツバチ」ほど映画館に通ったりはしないし、悲しいかな人生に大きな影響も与えないのです。若さゆえです。出会う年齢の影響は実に大きい。だから若い人はどんどん映画を観て音楽を聴いて絵画に触れ気も触れましょう。

好きすぎる映画は客観視できずレビューなんぞできません。「とてもいい映画です。大好き」としか言えません。好きすぎる映画の前ではアホになります。

歴史的背景や映画的評論は他に譲りまして、ここではアホに徹して「ぼくはミツバチのここが好き」という作文でも書いておきます。鬱陶しい方は読み飛ばしていいです。

まずいきなりタイトルバックの音楽が好きです。

子供が描いた絵をバックに心をえぐるような音楽が鳴ります。いや普通えぐりません。素敵な音楽です。でも個人的にはえぐられます。「ミツバチのささやき」の音楽には、さらに昔、少年時代から好んでいたアート系映画の香りが漂います。黄ばんだ子供の絵とアート映画のような音楽、この時点で心が別の場所に持って行かれていました。どこかというと、京都の京都大学西部講堂です。私はそこのアングラ系上映会で育ちました。はじめて行ったときは、ちょっと不安だったので同級生を誘って二人で行ったんですが、終演が夜遅いため、捜索願が出されていて駅で逮捕されたというほほえましい事件つきでした。どうでもいい話ですが、そんなことを思い出したりして、冒頭数分でずぶずぶ沈み込んだのを覚えています。

夕暮れ近い時間、スペインの田舎にトラックが到着する冒頭が好きです。

ほの暗いブルーの空に、家とトラックのシルエットが黒く写ります。トラックは映画を運んできたのでした。
「映画だよー」子供たちがわらわらと寄ってきます。「すんごい映画だよー」
ここでまた超個人的にしてやられます。
私はもうおっさんなので昔話がぶっ飛んでいますが、昔は近所のお寺の境内や、学校の体育館での上映会というのがよく行われていて、夕方、スクリーンをつり下げる大人たちを見ながら「映画だ映画だ」と、腹が痛くなる寸前まで興奮状態だったという、そういう子供時代でした。あのわくわく感は他に代えがたいわくわくです。未だに「映画はスクリーンに映すもの」という部分が譲れないのもこの原体験のせいです。
「ミツバチのささやき」の上映会のシーンはまったくもってあのわくわく感と同じです。会場の薄汚れた感じまで記憶と同じでした。国や年代は違えど似た経験は万国共通。

映画を観る映画が好きです。

「フランケンシュタイン」が流れます。子供たちが食い入るように見つめる姿。あの上映シーンは奇跡の一瞬です。あの子供の表情を捕らえることができただけで、監督は一生分の何かを使い果たしたかもしれません。
映画内で映画を観ます。映画についての映画でもあります。田舎。郷愁。映画。子供たち。ツボだらけでもうどうにかしてくれという感じです。しかも観るのが「フランケンシュタイン」です。ホラー大好き。
そういえば「ミツバチのささやき」に興味を持ったのは「フランケンシュタイン」を観るシーンがあると聞いていたからでした。ホラー映画に心奪われる子供のお話と聞いて、何やら予感めいたものを感じたのを思い出しました。

幼い姉妹が好きです。

と書くと変態みたいですが、もうこれはどうしようもありません。ちびっ子映画のチャンピオン、アナ・トレントとイザベル・テリェリアの姉妹の可愛さはすでに永久欠番であります。アナの目は宇宙を超えています。
幼い姉妹が夜ひそひそ声で映画を語ります。このひそひそ感がたまりません。「ミツバチ」の後、どれほど多くの映画がこの効果を狙ってひそひそシーンを導入したことでしょう。
死んだふりや出鱈目を教えることも含めて、自分の幼い頃の布団の中での兄弟話も思い出します。兄弟姉妹のいる方なら必ずや似た経験をお持ちの筈です。

ミツバチのささやき:果物を差し出すアナ

親が哲学です。

両親が謎です。映画の中では詳しく描かれません。しかし重い何かを背負っておられます。ミツバチを育てていますが、ただの田舎の蜂職人ではありません。もとはインテリで、何か絶望を背負って田舎暮らししている風です。もちろん政権と関連があるのでしょう。
夫婦の愛情も、あるのかないのか、ほんの少しあるのか、なんだか落ち着きませんしよくわかりません。政治的理由で夫婦でいるということは何となく伝わりますが説明はしません。この不穏な空気がどういうことなのかわからないまま、父親の哲学的モノローグを聞き、空気だけが屋敷に充満します。子供は気づかないながら、影響を受けております。そういう表現が、映像で示されます。素晴らしいのです。

アナの心にフランケンシュタインが入り込みます。

もうここまで来ればこの映画には魔力が宿っていると言うしかありません。アナの物語には現実と映画と妄想の違いがありません。だからこそ美しく、不憫で、可愛くて、辛いという、もう仕方ないあるね。

風景が好きです。

汽車が到着するシーン、母親が自転車ですーっと走り去るシーン、姉妹が掘っ立て小屋を遠巻きに見てそれから駈けていくシーン、名シーンが心に焼き付きます。液晶画面の焼き付きは厭ですが心に景色が焼き付くのはいいと思いますの。

ミツバチのささやき:線路のシーン

というわけで文章も脳味噌も壊れてきたので感想文もほどほどにしますが、そんなわけで上映中に集中して繰り返し観た「ミツバチのささやき」が本当に客観的に名作映画なのかどうか、それはもう私には判断不能なことです。すでに肉体の一部となってしまっています。

でも何かにつけてミツバチの名を出すので、映画部の未見の奥様には面白くない。しかも当時観たかったけど観る機会に恵まれなかったというのだからこれは放っておいてはいけません。

本来なら劇場で掛かる機会を待ちたいところですがままならず、紀伊國屋書店から出ているDVDをプレゼントの振りして買って、そして映画部室のスクリーンを新しくして、環境を整えて上映会と相成りました。

結果は言わずもがな。大興奮の坩堝と化した映画部部室では、時間が蜜となって充満し、うねり倒して混ざりあい、超いい映画に出会って硬直している奥様と再見の喜悦にむせぶ馬鹿男の間抜け面がただうつろに漂うだけでありました。

感傷的な作文に嫌気がさしたのでちょっとだけ資料的な紹介をしておきましょう。

「ミツバチのささやき」が製作されたのはフランコ政権の末期で、数年後にフランコが倒れる時期です。舞台となったのはその独裁政治が始まる1940年ごろで、内戦終結直後。

フランコ独裁政権時代は芸術活動も制限が多く、多くの芸術家が他国へ逃れたりしています。直球の政権批判が許されるはずもなく、隠喩やほのめかしに終始します。内戦後の政権に対する秘めたる批判が「ミツバチのささやき」に内包されています。その不穏な空気が物語を包んでいますものね。

ビクトル・エリセは1940年生まれで、この映画の設定そのものが監督のノスタルジーで出来ていることうかがえます。映画と田舎と子供。個人的な思い出でなおかつ普遍的なテーマとなりました。

ビクトル・エリセは溝口健二の「山椒大夫」を見て感銘を受け、映画の道へ進むことを決意したそうです。

1968年三人の監督によるオムニバス「挑戦」の最後の話で監督デビュー、「ミツバチのささやき」は二作目で初長編映画です。二作目初長編でいきなり映画史に残る超名作を撮りました。サン・セバスティアン国際映画祭でグランプリ。けどグランプリなんかどうでもいいほどの名作でした。ビクトル・エリセ超天才っ。
その次は、ある意味ミツバチの続編的とも取れるような、少女の目から見た父親の映画「エル・スール」です。日本での「ミツバチ」劇場公開は、多分この「エル・スール」に合わせた形で実現したのだと思います。73年の「ミツバチのささやき」が日本で上映されたのは1985年ですから。「エル・スール」は1982年の作品。これ重くて辛い映画でした。近いうちに再見する予定。だってDVDボックスに入ってるから。

1992年の「マルメロの陽光」は未見です。見たいよー見たいよー。なんでDVDボックスに入ってないのよ。ボックスでしょうが。いれてくださいよ。
で、10分間の「ライフライン」が「10ミニッツ・オールダー」に収録されています。これも短いながら鋭いショットの連続で素晴らしい出来映えでした。

アナ・トレントは1966年生まれで「ミツバチのささやき」のときは7歳。この頃のアナを拝みたければカルロス・サウラの「カラスの飼育」を見るべきです。
アナ・トレントのことはよく知りませんで、「テシス」を見るまでは「ミツバチ」でしか存在を知りませんでした。神々しいほどの子役でしたからそれでもいいのだ。
2008年には「ブーリン家の姉妹」最近は「ゴースト・オブ・チャイルド」などあります。

[追記]

追記するんですが幸運にも「マルメロの陽光」の再上映がありまして、やっとのことで堪能することが出来ました。いやもう、なんつうか、溶けました。

それからまた後、ポルトガルについてのオムニバス映画「ポルトガル、ここに誕生す〜ギマランイス歴史地区」にビクトル・エリセが短編「割れたガラス」で参加しています。これも素晴らしいんですよ。たまんないですね。

 

エリセは一時期「10年に1度しか撮らぬ監督」と言われていましたが、その後は10年どころか短編以外ぜんぜん撮らないという、とにかく作品数の少ない監督でもうほとんど芸術家ですね。

 

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