ブラインドネス

Blindness
ある日突然失明する謎の病気があっという間に世界中に蔓延。発症者は強制的に隔離施設に放り込まれます。しかし実は医師の妻だけは失明しておらず、発症したフリをして夫に付き添い一緒に収容されてるんですねこれが。 ノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴの「白い闇」をフェルナンド・メイレレスが映画化。
ブラインドネス

突然失明する謎の病気が感染爆発。隔離施設での恐怖。この設定だけ見ると普通のSFパニック系の娯楽作品のようですが、サラマーゴの「白い闇」の映画化であり「シティ・オブ・ゴッド」「ナイロビの蜂」のフェルナンド・メイレレスが監督と聞けば、単なる娯楽映画ではないだろうと予想できるかもしれません。

眼科医の妻(ジュリアン・ムーア)は失明したフリをして発症者たちと隔離施設にいます。盲の国の目明きの密やかなる王様です。狂人の国の正気の王様、誰もいない森で木が倒れたときに音は存在するのか、運動がない世界に時間はあるのか、卵が先か鶏が先か、正直者が「私は今嘘をついている」と言いました、といった昔から語られ続けている根源的なテーゼのひとつですね(←違)

発症者の隔離施設では混乱期を経て新しい秩序も生まれます。この進行も人間社会の縮図となっております。暴力と恐怖心がおぞましい社会を形成します。眼科医の妻は大きく関与することが出来ません。ずるずると狂気は蔓延していきます。この盲の国は全く以て現代社会のメタファーでして、目が見えるという絶対的なアドバンテージがあってさえ大きな影響力を行使することが出来ず暴走を食い止めることが不可能なわけです。
現実世界でも、もし良心ある人が目が見えているアドバンテージを生かして社会に影響力を行使できるのなら、こんな腐りきった社会になんぞなっておりませんしね。

しかしこの映画の素晴らしさは、そういった娯楽的要素と社会性を両立させてじっとり描ききったという点だけではございませんで、そんな夢も希望も血も涙もないような絶望的な映画ではないというところに価値があります。

どろどろとおぞましい世界を描きながら、ゆっくりと小さな人間の希望の光に目を据えます。人間らしさを失わない少数の人々です。
結局のところ盲だろうが目明きだろうが精神的成長を遂げているかどうかという部分に行き着くものであって、いい人をことさらいい人に撮り、その頃には狂気のパニック描写も控えめになっていまして、そういう映画の中の移ろいが徐々に深い感動をもたらします。
眼科医の妻と共に行動する”残った人々”の良い人感は格別です。このブログのどこかにも書きましたが、いわゆる個人ルールで「美藝公的」と呼んでいる「いい人物語」です。

しかしこの映画の素晴らしさは、そういった絶望の中において人間性こそが大事なのだとそういういい人を描いている点だけではもちろんありませんで、そんな道徳の授業のような安易なモラルだけではない、人間の持つ傲慢や欲望についてもきっちり描いている点にも価値があります。

目が見える眼科医の妻が抱える優越感と苦悩と傲慢です。収容所の独裁者と自分に、いったい如何ほどの違いがあるというのだろうと気づいております。盲人ばかりの中で目が見える自分は優越感を感じているのはないのか、実は自分こそタチの悪い独裁者と言えるのではないのか、と、そういった苦悩ですね。ここまで踏み込んでるからこそ最後の感動がますます深いものとなります。
これは良心に基づいた想像力があればこその苦悩であり、根源的な罪の自覚であり自分不信の一環です。それを象徴的に描いたシーンも随所に登場します。

この映画では登場人物に名前がありません。皆、シンボルとしての人物です。
つまり寓話的な表現であるのでして、文学ならともかく、映画でリアルな映像としてこれを打ち出したのは冒険とも言えるかもしれません。いろんな部分を読み取ってくれない観客も多く発生させたのではないかと思えます。新しいところでは「ミスト」や「ザ・ロード」が似た試みと言えるかもしれませんが、この系統の映画は賛否が巻き起こったり頓珍漢な批判にさらされたりしがちです。

とはいえ、SFパニックモノとしての設定から展開にて娯楽作品のように楽しめ、それでいて深すぎる社会性を、さらに人間の光と煩悩をきっちりと表現して深く味わうこともできて、これは心をつき動かされる傑作には違いありません。
突飛な設定を受け入れることが出来て尚かつ色んなものをずしずし感じ取れる人には大変素晴らしい作品であると実感していただけるでしょう。

2009.09.18

眼科医の妻役ジュリアン・ムーアがたいへんな熱演です。すっかり実力派女優の貫禄。時々へんてこりんな映画にも出ていたりしているのも好感が持てます。ボストン大学で演劇の博士号を取得しておられるんですねえ。

眼科医を演じるのはマーク・ラファロ。最近では「シャッターアイランド」でチャックの役が素晴らしかったですね。「死ぬまでにしたい10のこと」の少女漫画世界から抜け出したかのような男前の役が印象深かったあの俳優です。

最初に失明する大事な役を伊勢谷祐介、その妻を木村佳乃が好演。頑張りました。特に木村佳乃、いいですね。ちょっと厭味なシーンがラスト近くにあって(というか「なくて」かな)気に入らないのですが、これは本人の問題なのか事務所的な問題なのか、「寝ずの番」で頑張ったから女優魂的に期待していた人ですが、突き抜けた本物の女優としてさらなる精進をしてほしいところです。

ガエル・ガルシア・ベルナルが酷い役で登場。こういうのも似合います。でも役が役なのでガエル君という認識をしていないほうが楽しめると思います。俳優のことなんか何も知らずに映画に没頭するのが本当は一番いいのです。

黒い眼帯の老人を演じたのはダニー・グローヴァー。良い役です。最後、ほんとに余韻を残しました。驚きました。
「ブラインドネス」の直前は「僕らのミライへの逆回転」その数年前は「マンダレイ」に出演。
そういえばこの「ブラインドネス」、これ下手したら「ドッグヴィル」とか「マンダレイ」みたいな映画にもなり得たテーマを内包していますよね。
トリアーやハネケがこの映画を撮ったらそれはそれは絶望的な映画になったことでしょう。よかった、監督がメイレレスさんで。

そうそう、音楽も大層いいです。

追記。こんなの書いてからずいぶん経ちましたが、「ハネケがもしこのテーマで撮ったら」なんてよく恥ずかしげもなく書けたものです。「タイム・オブ・ザ・ウルフ」をまだ知らなかったんです。
まさしく同じテーマでした。ハネケが作った「タイム・オブ・ザ・ウルフ」があったからこそ「ブラインドネス」が出来たのではないかと思えてなりませんです(また性懲りもなく図々しくも)

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