アンチヴァイラル

Antiviral
アンチヴァイラル
公開年:
2012
製作国:
監督:
脚本:
撮影:
音楽:
  • E・C・ウッドリー
主演:
出演:

デヴィッド・クローネンバーグの息子、ブランドン・クローネンバーグのシュール系SFホラースリラー。所謂この手の正統派後継映画として実に見事。天晴れ天晴れ。

アンチヴァイラル

近未来。有名人が感染したウィルスを自分にも植え付けたいというファンの変態的欲望を叶えるサービスを行う会社に勤務するシド(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)です。テレビの有名人と同じ病気になりませんか、と言葉巧みにウィルスを売りつける何とも気色の悪いことをやってます。
SFというのはカリカチュアライズされた社会の批判的合わせ鏡です。昔からホームランボールだのビートルズの髪の毛だのジャリタレントとの握手だのと、有名人ビジネスは常に変態性を伴っていました。その延長線上にウィルス売買があっても特別驚くことはありません。

シドは有能な社員ですが唯の有能な社員ではありません。こっそり悪巧みを行っております。いわゆる自社商品の横流しですね。この場合商品はウィルスですから、厳重なセキュリティをくぐり抜けるためにウィルスを自分に注射しては持って帰り自宅の装置で培養したりします。
こんなことやってるもんだからもちろん病気になります。シドの病気顔は見ていてこちらにも感染しそうなほどです。多分この映画を風邪気味のときに見たら病状が悪化します。

映画では特にハンナという有名人が目立ちまして、もちろんストーリーにも密接に関わってきます。人間離れしたハンナの美貌は、大きなポスターなどあちらこちらで存在感を放ちまくります。あまりにもあちらこちらにハンナがいるので偏在しているかのような錯覚にも見舞われます。

と、いうようなストーリーの「アンチヴァイラル」は、デヴィッド・クローネンバーグの息子ブランドンの初長編映画です。学生の頃のアイデアを元に、いろんな人の協力を得て完成しました。

まずは完成度の高さに驚きます。稚拙さも未熟さもなく、基礎的な描写力に加えて雰囲気を伝えることにもばっちり成功しています。

そうです雰囲気です。SFでホラーでスリラーでサイバーでシュールで偏在で真っ白で病気で狂気でカリスマでディックでキューブリックでベーコンです。昔の「ビデオドローム」や「裸のランチ」としてのクローネンバーグの正統な後継感がビシビシ伝わります。何から何までがっちりいってます。

そしてそれこそが本作の最大の弱点なのであります。

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文句の付け所などひとつもないわけです。ストーリー面白いし、アイデアいいし、演技者完璧だし、映像から美術セットから編集から音響効果から演出から、すべてよく出来ています。これほんとです。
しかし完璧すぎて面白味に欠けるのです。パパ・クローネンバーグ、ディック、キューブリック、ベーコン、すべて20世紀までに我々が狂喜乱舞してきたお楽しみの宝庫ですが、それらと「アンチヴァイラル」の決定的な違いは「それが斬新であったかどうか」であります。見たこともない映画であったかどうかの違いです。
つまり「アンチヴァイラル」の全ての要素は、すべて好きなテイストであるにもかかわらず、もう我々はそれをすでに知っているわけで、すでに知っている良さをたっぷり確認できたからといってそれはよく出来ていると思っても湧き上がる賞賛の声にならないのです。

あぁ、なんという贅沢な話をしているのでしょう。
別に映画が常に斬新であらねばならぬことはありません。斬新さなどほんの僅かな作品だけが持つ奇跡のようなものですし、他のジャンルでは決してこんな感想を持たないでしょう。
別にクローネンバーグの息子に特別以上のものを期待して、それがないからといって、それの何が弱点なのでありましょうか。
でも悲しいかな、そういう風に思わせるところが「アンチヴァイラル」にはあるのですよ。出来の良さはパーフェクトだし面白いしかっこいいし、理屈では絶賛できても、「すでに知っている感」はぬぐえません。

この映画、見たのは随分前でして、今ごろ感想を書いているのだから尚更それを感じてるんです。

見た直後はわーわー絶賛していたような気がします。
なにしろほんとによく出来ていて役者も良いし良いシーンもあるし、はっきり言って悪い部分などは全くありません。好き嫌いで言えばもちろん大好きです。それは今でもそう思います。ここまで作れるなんて凄いことです。でも強い印象を残さなかった。良かったけど驚きがなかったせいかのかな、とそう思い始めてるわけなんですね。まことに失礼なことです。

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ある種の人にとって、この映画の作風はオーソドックスで伝統的でさえあります。オーソドックスや伝統的なものの良さというのはもちろんありますが、この作風でそれはありません。オーソドックスでも伝統的でもない作風の映画だからです。

例えばキューブリック調の構図ってのはもうすでにオーソドックスですが最初は驚きに満ちた絵面でした。
今同じような構図を作ると「キューブリックみたい」と言われてしまいます。
でも同じような構図でも全然違う作風の映画で用いるととても斬新に見えたり好感度高く見えたりします。例えばウェス・アンダーソンはコメディの中にキューブリックを含ませます。
映画の完成度として「アンチヴァイラル」は「ビデオドローム」より上かもしれません。でも「ビデオドローム」には衝撃と斬新さがありました。

そういうことがいろんな要素に対してあるのでして、ここらが作り手としてほんと難しいところだと思います。我ながら客の身勝手さというものも感じずにおれません。

と、そんなわけですが、この映画は初長編映画ですから今後に大いに期待できるのは確かです。
パパ・クローネンバーグも成長や変化を遂げる力を持ってますし、息子クローネンバーグも次作次次作ではもっと本人の個性が出てくることでしょう。最初の長編でこれほどの実力を見せたわけですから。

「アンチヴァイラル」でシドを熱演したケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、美しいハンナであるところのサラ・ガドン、よくやりましたね。素晴らしかったです。

撮影はカリム・ハッセンです。この人、誰あろう若い頃「大脳分裂」を作った張本人です。今は撮影監督としての仕事が多いんだとか。

マルコム・マクドウェルやプロデュースの面々も若い監督に未来を見て才能を見いだし、とても協力的だったようです。

くだらないクダを撒くより、新たな才能の出現を純粋に祝うほうがよほどいいのですね、ほんとは。判っていながらつい。私もまだまだ青二才の証拠です。

久しぶりにこうして予告編とか見ると、やっぱり面白かったなと思いましてござる。うん。面白かった。何故だろう、こうして書いているとどんどん普通に好感度上がってきて自分が書いたことに「?」とか思い始めてるぞ。

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