マルメロの陽光

El sol del membrillo
マルメロの陽光
公開年:
1992
製作国:
監督:
製作:
  • マリア・モレノ
脚本:
原案:
撮影:
音楽:
主演:
  • アントニオ・ロペス=ガルシア
  • マリア・ロペス
出演:
  • カルメン・ロペス
  • マリア・モレノ
  • エンリケ・グラン
  • ホセ・カルテロ

驚くほど作品数の少ないビクトル・エリセが「エル・スール」の10年後に撮ったのは芸術家アントニオ・ロペス=ガルシアのドキュメンタリー映画。もはやこれはドキュメンタリーという括りや単なる映像詩なんて言葉では到底語りきれない至福の映画体験をもたらします。

マルメロの陽光

ビクトル・エリセは「挑戦」でデビューし、10年後「ミツバチのささやき」で史上の巨匠となり、さらに10年後「エル・スール」を撮ったあと、さらに10年後に「マルメロの陽光」を世に放ちました。

その後は短編などをいくつかありますが、長編映画はありません。
この監督、「10年に1度しか撮らない」と認識されていましたが、それどころか、実に作品数が少ない巨匠なわけです。

「マルメロの陽光」は上映される機会も少なく、紀伊國屋のDVDBoxにも入っておらず、かろうじて発売されていたDVDは高騰中、見たくて見たくてたまらないという、狂おしい作品でした。

これを上映するってんで、何があろうと出向くことになります。
内容については全く知らず、映画が始まってしばらくはドキュメンタリーということにすら気づかないほどでした。

内容は一言でいいますとアントニオ・ロペス=ガルシアのドキュメンタリーです。
アントニオ・ロペス=ガルシアという芸術家を少しでも知っていればとてつもなく興味深く観ることができるでしょう。そして、ぜんぜん知らなければ、それはそれでとてつもなく面白い映画体験ができるでしょう。さらにアントニオ・ロペス=ガルシアに興味を持つどころかめちゃ好きになるはずです。

絵描きのドキュメンタリーと聞いて軽く予想できる内容ではありません。これはある意味ぶっ飛んでます。画家本人もぶっ飛んでるし、この映画自体ぶっ飛んでるし、なんというか、絵描きのドキュメンタリーですなんて言いたくないくらいの内容です。こんな感情的な言い回しでは全く内容が伝わらないですね。

アントニオ・ロペス=ガルシアは十把一絡げにリアリズムの作家と括ることはできません。この方のリアリズムは完全にリアリズムを超越しています。例えば一つの作品を作り上げるのに20年とか掛ける人です。何考えてるんでしょう。対象の空間まで取り込もうとします。それどころか、未来派も真っ青な、時間軸を含むリアルを写し取ろうとします。こうした神をも畏れぬ偏執狂的行為によってリアルを定着させようとし、作品を作り上げるわけですが、本人はいたって木訥とした風貌で極めてナチュラルです(であるかのように見えます)

この画家が庭のマルメロという植物を描くのが映画の骨子となります。
陽光を浴びて輝くマルメロの実、この姿を忠実に映しとろうとあらゆる手段を講じます。描いているうちに陽の位置が変わったからと中断し、枝の位置が変わったからと描き直したりします。何日も経ってマルメロがボテ、と落ちたらまた描き直します。そんなこんなで、マルメロの絵は一向に完成しません。
こんな絵描きが実在するとは俄には信じられないでしょう。だからこれ、まったく何も知らずに観たらきっとコメディ系の虚構だと思うに違いありません。まるでアキ・カウリスマキが描きそうな魅力的な人物です。
そして虚構を観るような目で見たとしても、存分に面白さに満ちています。面白さの基は家族や友人との会話シーンであったり、庭で計測しながら作業に没頭する画家の姿だったり、次々に形相を変えていく天候であったり光と影であったり、背景に潜むスペインの歴史だったりします。

冒頭は大きな木枠にカンヴァスを張る画家です。黙々と作業します。
次に庭に出て、アタリとなるロープを掛け、計測して図面を引くように枝ぶりを少しずつ描いていきます。

家族が登場します。やはり画家である妻マリアや娘たちです。時々会話があり、その会話のテンポにすら引き込まれます。これほんとにドキュメンタリーか、と思うほどの会話の間はリズム的にも完璧です。

友人の画家エンリケも登場します。この友人がまたもうね、無茶苦茶いい感じです。二人の会話は延々と続きます。興味深い話から学生時代の思い出話、日常の話題、芸術論議、そして社会、そして思想です。会話に飲み込まれいてもたってもおれなくなります。

陽光を浴びるマルメロを中心に画家と家族と友人の時間が刻々と刻まれます。
刻んでいるビクトル・エリセの映像美は、画家の絵と同じく、ただ切り取るだけの映像美ではありません。空間や陽光、時間や会話までを含めた総合的な美です。

観ている者はなかなか進まないマルメロの絵にイライラしながらも、いつのまにか舞台となる庭に世界の全てを感じとることになってきます。世界どころか、はっきりいって宇宙を感じ取れます。下手すれば泣きます。この涙は美しいものにふれたからだけではありません。美術が人間に与える影響の大きさに驚愕したがための涙だったりします。そして社会において美術が如何に無力であるか、またあるいは、如何に無力であったとしてもそれがどれほど重要なことなのかを知ったが為の涙だったりします。

到底一言で語りきれない多面的で複合的な感慨に浸りながら、映画の終わりを見届けることになるのです。
生とは何でしょうか。芸術とは何でしょうか。人と人にとって社会とはどういうものでしょうか。世界というのはどういうことでしょうか。あれこれあれこれと渦巻きます。

夢にまで見た「マルメロの陽光」を上映してくださってありがとうございます。良いもの観た。心底良いもの観た。

しかし残念ながら展覧会は見損ねた。アントニオ・ロペスが空間と時間も含めたリアリズム描写に徹したというのに、写真や印刷物でその作品を観るなんてのはもうね、全然、あれですわ。

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