ウルフ・アット・ザ・ドア

Wolves at the Door
ジョン・R・レオネッティ監督による世にも恐ろしい犯罪の映画「ウルフ・アット・ザ・ドア」です。ホラー好き猟奇好き血みどろ大好きMovieBooですが良心も僅かに残されています。「ウルフ・アット・ザ・ドア」の感想は二重人格のように真っ二つ。
ウルフ・アット・ザ・ドア

こんばんは。今日も元気にホラーで寛ぐ映画の夜なべ、ご機嫌いかがでしょう。リハビリ中の本日感想文は「ウルフ・アット・ザ・ドア」でして、ジョン・R・レオネッティ監督作品です。

映画の概要その1

まずこの映画がどういう映画かと言いますと、犯罪系ホラーです。男女の仲良しグループが家で犯人に襲われます。紹介としてもう一言付け加えることがあります。でも今はそれについては黙っておきますね。もう知ってる人、見てしまった人はちょっと待っててください。

犯人に襲われる系ですが、スリラー・サスペンス系ではなく描写はまるっきりホラーです。ホラーの撮り方、ホラーの演出です。ですからとても恐ろしいです。そして恐ろしさこそが本編を貫くテーマでもあります。

監督

監督のジョン・R・レオネッティですが、もともとは撮影監督で多くのキャリアがあるベテランです。古くは「チャイルドプレイ3」(1991)とか「マスク」(1994)など、近年は「インシディアス」「ピラニア3D」「死霊館」など大変優れたホラー映画群を撮ってまして、ついに2014年「アナベル」では監督になってしまいました。

「アナベル」はいろんな意味でとても良い映画でした。制作中のシナリオ変更にまで思いを馳せることが出来ましたし、監督に注目する十分な理由があった作品と思います。

最初の感想

ということでそのジョン・R・レオネッティ監督による2016年の最新作は日本での劇場未公開「ウルフ・アット・ザ・ドア」です。概要その1でお伝えしたとおり、犯人に襲撃される男女のグループを描いた恐ろしい映画です。

最初はプロローグ的に中年夫婦の家です。夜中に恐ろしい連中が家に入り込んで夫婦を恐怖のどん底に陥れます。大変素晴らしい演出で、冒頭から観ているこちらも恐怖に包まれます。もうね、ほんとに怖いです。こんなのが夜中に家に入ってきたらちびりまくり必至ですよ。

プロローグの後、関係ない男女のグループが突然登場して、こちらがメインの出演者たちになります。お店でだらだら会話しています。特に映画的に良い会話というわけでもないしすぐれた演出を感じることもないのですが、不思議なことに登場人物たちに穏やかに感情移入できてしまいます。ぜんぜん嫌じゃないし退屈なシーンとも思わないんです。このあたり、実はこれこそ映画作りの技術が優れている証拠として機能します。

やがて犯人共が家に現れて恐怖の一夜となります。単純なストーリー進行ですし、場合によっちゃちょっと位置関係とか判りにくい演出ではあるのですが、そういう僅かな欠点を除いてやはり大変優れた演出だと思うんです。というのもね、めちゃくちゃ怖いんです。そして被害者である主人公たちに「逃げてー」とか「助かってー」とか応援したくなるんですよ。なりませんでしたか?私はなりました。ちゃんとのめり込めるし、ちゃんとめちゃくちゃ怖いです。

ということで、とても単純なストーリーですがぐいぐい見せてくれるし心が痛くなるほど主人公たちを気の毒に思うし我が身だったらどうなってることやらと恐怖も十分に感じます。つまり、とてもよくできたホラーテイストの犯罪スリラー映画ということです。そういう感想を持ちました。

これが最初の感想です。

さてここで感想文が終わればただ褒めているだけのいつもの感想文です。でも続きがあります。続きはネタバレ含みますけど、実は配給さんが用意した紹介ではもうそのことを全面に出していたりしますから秘密ではないようです。私はぜんぜん何の映画か知らずに観ましたので驚愕したのです。

というか、映画の冒頭でこの映画自体が何についての映画かテキストで語りかけますから、それを読んでいながら何も考えずうっかりしていたこちらがアホなのですが。だからネタバレというわけではないんですが。

映画の概要その2

これは1969年にアメリカを震撼させた事件を基にした映画です。その事件とは、マンソン・ファミリーによる映画女優ら5人を自宅で惨殺した殺人事件です。

第二の感想

マンソン・ファミリーによるあの事件を基にした映画、あの事件にインスパイアされて作り出された映画であると、映画本人も配給さんも語っています。さてお立ち会い、そこですよ、そこ。

中途半端に「事実を基にした」というこの映画、確かに事実から人物設定もわずかに変えていますし、フィクション色を出しています。事実をもとにしながらも、あくまでフィクション、あくまで娯楽映画としてのホラーという位置を貫こうとしています。

しかしながらホラー演出はどっちかというと娯楽ホラーではなくリアルな恐怖に寄せています。実際に起きた事件を、単なる恐怖のネタとして扱っているのですね。

一体全体、この映画を何の目的で作ったんだ

ラスト近くの「実話」部分を強調したシーンを見ながら「おいこら、お前らどういう理由でこの事件をこういう映画として作ったんだ」と詰め寄りたい気持ちを抑えられません。

単に道徳的なことを言ってるんではなくてですね、うーむ、そうすね「クリーブランド監禁事件」の感想文で実話を基にした色物映画についてあれこれ考えたことを書いたのでぜひ読んでほしいんですけど、つまりそういうことなんですよ。実際の事件を映画化するとき、その目的は何か、映画化で描きたいことは何なのかということが極めて重要だと考えています。

そうですね、単に恐怖ネタとしてホラー映画にすることもあるでしょう。そういうのも否定するものではありません。否定はしませんが、それ以外に何らかの価値を見いだせないとすれば、しかも実際の事件を膨らませるどころか単純化し矮小なものにしてしまうようなのはですね、それは嫌いなんです。

とくにこのマンソン・ファミリーによる事件で命を落とした新婚1年目妊娠8ヶ月のシャロン・テイトですよ。残された夫ロマン・ポランスキーの人生にも多大な影響を与えたであろうこのおぞましい事件を「自宅で襲われる恐怖を描いただけのホラー映画」として仕上げた「ウルフ・アット・ザ・ドア」をどうしても心情的に許すことができません。

実際の事件を検証するわけでもないし、宗教的な理由ではなく人違いの逆恨みだったという酷いオチにも触れず、事件に対する追い込みも新しい意味づけもなにも感じません。そのくせシャロンという名の妊婦はちゃんと登場するんです。

はっきり言って、この題材を選ぶことは重大な責任を伴うと考えています。マンソン自体、マンソン・ファミリーのこと、音楽やサブカルとの絡み、そして殺害事件、その動機、新婚のロマン・ポランスキーとシャロン・テート、時代、ヒッピー、病理、カルト、もうね、言葉は悪いがネタの宝庫なわけです。直接実話を元にしていないが明らかにマンソン・ファミリーぽいカルトを登場させる作品や、事件の残虐性を参考にしたかのようなえげつないホラー、スラッシャー映画、そういうのはたくさんあります。でも誰も実話としてのこの事件に直接挑むことはしなかったんです。それほど恐れ多いことなのだと思うんですね。良心とか道義とかもあるでしょうが、実話がすごすぎてそれより凄いものを作るのが難しいとかいろいろあると思うんです。ちょっと普通は直接やりませんよ。ヒントにはしても直接は避けます。

「ウルフ・アット・ザ・ドア」も巧妙に逃げてはいます。ですが実話を元にしていると宣言しているし、ラスト近くでは大いにマンソン・ファミリーを取り上げます。そんな中途半端なことをせず単なるフィクションとして描いていれば観ているこちらがこんな不愉快な思いをせずに済んだのにと、製作意図の軽々しさにうんざりします。

ということですごくひさしぶりに「嫌い」と言える映画に出会いました。とても嫌いですが、ホラー映画として大変よくできていますし、もし事件を基にしたなどと宣言をしていなければ大好きな映画であったことは間違いありません。しかし、ここはちょっとたまには自分の道義的心情的理由から嫌いであるとはっきりさせておこうと思った次第です。

気に入った良い映画だけど嫌いであるなんてとても珍しいことで他にちょっと例が思いつきません。そのような貴重な映画をありがとうございます。

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