裸足の1500マイル

Rabit-Proof Fence
実話に基づいた原作の映画化。オーストラリアの「未開人アボリジニを白人社会に適応させるため」の混血児隔離同化政策によって引き離される母と子。さらわれた3姉妹が収容されたのは2400km離れた場所にある息苦しい寄宿舎。よし脱走よっ。
裸足の1500マイル

面白いのはオーストラリアの隔離政策を極悪非道の悪政と描かずに、白人は白人なりに善かれと思っている節があるように描いた脚本です。差別政策を絶対悪としていないんですね。「アボリジニのためならばこそなのだ」などと思っています。そこがまたむかつく。正義と思い込んでいる悪徳ほどタチの悪いものはありません。

というわけで長女モリーは従姉妹と妹を連れて大脱走です。旅先で出会う善い人もいます。面白いのは旅先で出会う人が指名手配なんぞ気にもとめていない風であることです。暮らしている人は政策や警察の行動などどうでもよいのです。暮らしの中で自分の思うままに行動します。子供に食事を与えようと思えば与えるだけです。

これが現代日本が舞台なら、どんな辺境の田舎へ行ってもみんながテレビで「可愛そうな子たちを救おう」てなワイドショーを見ていてキャンペーンに身も心も奪われ誰もが「あっ。テレビでやってたあの子たちだ。救おう救おう」なんて大騒ぎして、脱走劇は一瞬で失敗に終わることでしょう。

ま、そんな話はさておき、この映画はオーストラリアの景色がすこぶる綺麗。オーストラリアというところは不思議なところですよね。広くてね。すんごいですね。モリーたちの姿も大変魅力的な映像で見せてくれます。撮影監督はクリストファー・ドイルです。広角レンズの魅力も炸裂します。

少女たちはとんでもない距離を旅するわけですが、大袈裟に描いたり過度にドラマチックな演出は控えめで、なんだか淡々としているイメージさえ受けます。感動感涙の「母を訪ねて1500マイル」を期待しすぎると盛り上がりに欠けるなんて思う人もいるかもしれませんがそう思う人は安いドラマの見過ぎです。
やはり「実話である」点が印象を左右するのは避けられません。実話だからこその重みがそこにあります。実話を元にした映画を褒めるときはよく「実話であることを抜きにしても面白い」というふうに褒めますが、この作品はどちらかというと虚構としては地味ですが実話であると認識することによって面白みが増すタイプの映画です。それは映画作品としての欠点と取られるかもしれませんがそんなことはありません。実話が重要な意味を持つからこその映画があってもいいじゃないですか。

オーストラリアの混血児隔離政策は1869年から1969年まで続いたそうです。アボリジニの親権は否定され、混血の子供たちは強制収容所や孤児院などの施設に送られていたんですね。酷いことしますね。
政府や教会によって家族から引き離された混血児は「盗まれた世代」と言われています。
2008年になってようやくオーストラリア政府は「盗まれた世代」に対して公式に謝罪しました。
それまでは「盗まれた世代」なんかない、とか、あったとしても規模が小さい、なんてどこかで聞いたことがあるようないちゃもん議論が続けられてたそうです(もちろん現在でも続いているそうな)

音楽はピーター・ガブリエルが担当しています。

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