まぼろし

Sous Le Sable
まぼろし

仲の良い夫婦がドライブ、ランド地方の別荘へバカンスの旅です。別荘へ着き、ソファのシーツを片づけて薪を集めます。奥さんはちょっとワクワク。ねえ海へ行きましょう。行こう行こう。わしちょっと泳いでくるね。いってらっしゃい。あたしは浜辺で居眠ってるわ。

まぼろし

主演の奥さんは「愛の嵐」のシャーロット・ランプリングが演じます。夫役は長年新・メグレ警視であるところのベテラン俳優ブリュノ・クレメール。

またまたすんごい映画を観てしまいました。フランソワ・オゾン、このときまだ若いのに天才ですね。というか、俳優の力に大いに助けられた奇跡の一作であります。
シャーロット・ランプリング、見事な演技で主人公女性の心理状態を表現しつくしまして、あの目、あの立ち居振る舞い、あの指先、この方は「まぼろし」の主役の全てを掴みきっております。

さてバカンスの中年夫婦には子供はいなさそうです。言葉少なながら、この夫婦の愛の深さを冒頭の短いシーンで語り尽くします。
ドライブ途中立ち寄ったドライブインでおじさんはくたびれて飲み物を、奥さんはわくわくして口紅を塗り直しております。
到着した別荘は林の中に佇むちょっと古い建物。バカンス以外にここに来る用事はなさそうで、ソファにはシーツがかけてあります。旦那がシーツの上にぐったり腰掛けてると奥さんはシーツを片づけるよう促します。ふたりしてソファのシーツを畳む姿が愛らしい。
薪を探しに旦那は林の中をうろつきます。
ちょっとお疲れの様子です。岩をめくって蟻を眺めたりします。旦那が歩き去るシーンで、ふとピントが合う一本の木。不思議なシーンに「ん?」と一瞬思います。この一瞬の「ん?」が、間もなく辛さ満開の激情を生みます。

翌日は夫婦で海へ参ります。人気の少ない穴場スポットです。奥さんノリノリで浜辺で寝そべっております。旦那はシャツを脱いで泳ぎに行きます。

この海までのシーンは開始間もない短い時間の冒頭です。この冒頭がどのシーンもとても印象深い、脳裏に焼き付く映像です。この短い時間で、長年連れ添ったであろう夫婦の愛と信頼が全て表現され、観ているこちらもそれを受け入れます。もう何十年もこの夫婦と付き合ってきたみたいな感覚を覚えます。同時に何やらぞわぞわした胸騒ぎに似た不安感も多少感じさせます。

あとで知ったんですが、この映画を作るにあたって当初この海までのシーンしか脚本がなかったそうです。それほどまでにこの冒頭は重要でかつ見事です。
この見事な完成度が、この後の展開を決定づけます。

浜辺でうたた寝していた奥さんが目を覚まします。旦那はいません。まだ泳いでるのでしょうか。奥さんは夫がひとりでどのくらい泳ぐのかもきっと熟知しているのでしょう。不安になり、周りを見渡して夫の姿を探します。

夫は消えました。

事故か、事件か。この映画はサスペンス的な進行もありますがサスペンスの映画ではありません。日常のほんの隣り合わせにある、不条理な出来事に遭遇した女性の喪失の物語です。
最も身近で最愛の人を突然失うという誰にも訪れる可能性がある強い悲しみ。大抵の映画ではこの喪失感についてしつこく描きません。「まぼろし」では、敢えてそれに挑みました。喪失感とその認識にいたる葛藤を映画一本分の尺を使って丁寧に詳細に描ききりました。

主人公女性は精神を病むことなく、ぎりぎりのところで自分を押さえ込める理性を保っています。喪失感を受け入れることが出来ないだけで、基本的には冷静なわけです。それがまた身もだえするほど不憫で辛いのであります。

そんなわけで2001年の「まぼろし」ですがこんなのを観ていなかったとは。いったい世の中に素晴らしい映画がどれほどあるのか想像も出来ないですねえ。
とりあえずシャーロット・ランプリングは凄すぎました。
DVDにはインタビューも収録されていて、この女優が役に対してどれほどきちんと理解しているか伺えます。

一つ注目すべきは旦那のおっかさんです。短いシーンで登場するこの姑、この人凄いですよ。凄いとしか言えませんが、なんせ凄いです。このおっかさんは見る価値ありです。

「まぼろし」はかなりの辛さを感じる作品ですが、辛さだけではなく、再生への道筋までを示します。しかし主人公が最終的に得た認識から克服、再生への道筋をむしろ観客であるこちらのほうが受け入れ難く感じたりもします。それほどまでに辛く悲しい喪失感です。

こういう映画は辛い時に見るものじゃありませんが、楽しさに満ちている時に見ても感情移入しにくいかもしれませんので、やっぱりある程度辛い時に見てさらに辛い気持ちになるのがお勧めです。そうまでして辛い思いをしてどうするのかと問われそうですがそれが映画マゾの至福の時なのでこればかりは譲るわけにはまいりませぬ。

そうそう、これを書いておかないと。
脚本家の中にひとり、見覚えのある名前があります。マリナ・ドゥ・ヴァンです。そう、あのえげつない女性映画「イン・マイ・スキン」をひとりで作り上げた才人です。
こういう人が参加してるんですねえ。才能の集まりですねえ。

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“まぼろし” への 7 件のフィードバック

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