ヤコブへの手紙

Postia Pappi Jaakobille
ヤコブへの手紙
公開年:
2009
製作国:
監督:
脚本:
原案:
撮影:
  • トゥオーモ・フートリ
主演:
出演:

終身刑の女性が恩赦により出所することに。住み込みの仕事を紹介され、行く当てのない彼女は人里離れた牧師館に出向きます。

ヤコブへの手紙

冒頭、担当官が厳つい顔の女性に話しかけます。「この12年間、一度も休暇と取っていない、申請もしなかったね」「必要がなかったから」「家族とも」「必要ない」
刑務所を恩赦によって出所することになった終身刑の女性に仕事の紹介をする会話シーンでした。なんと、フィンランドでは服役中に休暇を取れるシステムがあるのですか。さすがですね。
ぶっきらぼうな罪人レイラに「ヤコブさんの身の回りの世話」という住み込みの仕事が紹介されます。レイラは「頼んだ覚えはない」と断るものの、他に行く当てもないことから、結局人里離れたヤコブ神父の住んでいる牧師館に出向くのです。
ヤコブ神父は一人暮らしの老人で、盲目です。
やってきたレイラに紳士的に接するヤコブ神父ですが、レイラは冷たい対応で答えます。「長くはいませんよ」「家事はしませんよ」
長年の服役生活と犯した犯罪に伴う心的原因からか、レイラは人間味の欠落した冷たい女性に見えます。心を閉ざしており、絶望と不信感に満ちています。
ヤコブ神父に与えられた仕事とは、神父宛に来た手紙を読み、返事を代筆することです。
ヤコブ神父の元には祈りを請う人からの手紙が多く届き、彼らの声に耳を傾け祈りを捧げることが彼の仕事であり生きる糧です。
田舎道を自転車に乗った郵便局員が「ヤコブ神父〜手紙ですよ〜」と配達してきます。郵便局員は犯罪者がヤコブの元に来たと知り、神父を心配して大いなる不信感を抱きます。

と、こういう感じでレイラとヤコブの日常が始まるのですが、この設定で想像できる最も安易なストーリー展開は「神父の慈悲に満ちた態度に触れるうちレイラの心がだんだんとほぐれていって優しさを再発見していく」という感じでしょうか。
「ヤコブへの手紙」はそのような安直な感動ストーリーではありません。いえまあ大筋で全然違うというわけでもないのですが、そこに至る過程、ストーリー展開の微妙なニュアンスや人間表現がそういった安直な感動物とは一線を画しています。

どのように微妙なニュアンスなのか、どのように安直な感動物と違うのか、いちいち説明していきたくなる誘惑が沸き起こりますがそれをやるとひどいネタバレになるので我慢します。
「ヤコブからの手紙」は、レイラの態度と言動から想像できる彼女の心情と生き方、ヤコブ神父の態度と言動から想像できる彼の心情と生き方、直接描かれる物語から垣間見える直接描かれない二人の対比と共通点と悲哀、それらを観客が目撃し想像することで映画が終わってからもじわじわとこみあげてくるディープさを伴う作品です。かなり尾を引く映画です。

見終わって直後は反射的に「こらーっ」と思ってしまいます。この「こらーっ」は終わり方そのものが気にくわない時に発露する私の悪い癖です。しばらく後になぜこの終わり方が気に食わないのか冷静に分かってきて、そこにあるあり得たであろう最善の終わりやこうなればいいな的な安直な感動ストーリー展開を無意識に求めていた自分にも気づきます。安直な感動物語などに価値を見いだしていないくせに、安直でない物語に不満を感じるとは、つまりそれほど登場人物に感情移入してしまい、辛さを軽減させてあげたいと、まさに安直感動物語を求めてしまっていたわけですね。これは恥ずかしい。
それほどまでにこの映画は出来が良いのであります。
ヤコブ神父の悲哀とレイラの後悔の両方が観ている者に重くのしかかりいつまでも消えません。辛い気持ちも消えません。いたたまれなさや不憫さも消えません。しかしながら尊厳という淡いふわふわが少し胸の奥に芽生えます。

観る人によって多層な感想が出てくるだろうと思われまして、決して救いのない映画というわけではないし、前向きで再生の示唆であると捉えることもできましょう。レイラも神父も大きな変化を遂げていくわけですから。ものすごく辛く感じる人もいるし、再生への道筋をポジティブに受け取る人もいるでしょう。

レイラの物語であると同時に、ヤコブ神父の老人映画であると同時に、他者との関わりを描いた映画「ヤコブへの手紙」です。これを観て流れる涙の理由は決して単純な性質のものではありません。

クラウス・ハロ監督によると、ここまで評価され世界中で上映されるとは思っていなかったそうです。
風邪で寝込んでいた監督のもとに届けられたぶっきらぼうな脚本が原案で、この原案の脚本を書いたヤーナ・マッコネンとの興味深いいきさつをいくつかのインタビュー記事で読むことができます。

「ヤコブへの手紙」クラウス・ハロ監督インタビュー:映画と人、映画と音楽、映画と本…
無名の新人から届いた脚本が始まり:ミニシアターに行こう。
『ヤコブへの手紙』 クラウス・ハロ監督 インタビュー:ミニシアターに行こう。

「ヤコブへの手紙」を見終えて、この設定このストーリーってのは、お題を与えられた後どのように映画として料理するかの可能性が限りなく広いテーマだなと感じたもので、なるほど、そういうわけだったんですね。それにしても原案の方は変わった人ですね。

わずか75分の「ヤコブへの手紙」に詰まった美しい風景描写と二人の深い人間描写をたっぷりと堪能してくださいませ。

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