孤島の王

Kogen Av Bastøy
孤島の王
公開年:
2010
製作国:
監督:
製作:
  • カーリン・ユルスルード
脚本:
撮影:
音楽:
主演:
  • ベンヤミン・ヘールスター
出演:

ノルウェーの孤島バストイにある非行少年用の矯正施設。隔離された環境の同施設の実態と少年たちの様子、そしてここで起きる事件を描く実話ベースの物語。

孤島の王

北欧は特に「ゆるい」ような気がしてるんです。何がって、刑務所です。
事実かどうかは知りませんが、映画で刑務所が出てきたりするとき、受刑者が庭の木陰でくつろいでいたり、ロビーで家族と面会したり、自室で調べ物をしたり、休暇を取ったり、まあ、なんせ受刑者の快適さを感じさせる場面に出くわすのですね。欧州の先進国でよく見かける光景です。北欧はその中でも特にそうです。

さて、犯罪を犯してとっ捕まって刑務所に入れられるということはどういうことでしょうか。

もちろん刑事罰であって、法律に基づく罰則なわけですが、どういう罰則であるかということが重要な問いです。
「臭い飯を食わせる」という罰でしょうか。乱暴者に脅されたりケツ掘られたりする罰でしょうか。監禁でしょうか。看守の欲求不満のはけ口になって暴力を振るわれることなんでしょうか。何だと思います?

前時代的な古い考えの持ち主や野蛮人あるいは権威主義者や教養のない人はこう思うかもしれません。「それら全てだろ」

例えば、好きな読書ができないとか、携帯電話を取り上げられるとか、煙草が吸えないとか、お庭でくつろげないとか、家族と自由に会えないとか、看守に水を掛けられ肺炎になって死ぬとか、そういうのをすべて「当たり前だ。懲罰だからな」と無邪気に考えます。
徹底的にすべての自由を奪って監禁することが刑務所に入れる罰だと考えているわけです。所内では監視を厳しく、規律と服従を強要し、人間の尊厳を貶めることが是即ち罰則である、と。
もし刑務所内が快適空間だったりしたらそれこそ「信じられない」ってことになるのだろうと思われます。
つまり刑務所を収容所と勘違いしているということですね。

木々に囲まれたお庭のベンチに腰掛けて、煙草を吸いながらノートパソコンで調べ物をしている北欧の刑務所を見たら卒倒するでしょう。

懲役刑というのは、監禁して虐待する罰則ではありません。この罰則の唯一の強力な原則とは、自分ちに帰れず好きに旅立てず外に出られず、つまり行動の自由を奪ってしまうことなのですね。「刑務所内に拘束する」ということそのものが懲役刑なのです。
人間性を奪って家畜のように小屋で飼うことではないのです。

そうすると、拘束すること以上の罰は必要でなく、というかそれ以上の罰を加えることは虐待になりますので、刑務所内といえど、そこそこの自由や快適空間を確保させなければなりません。

というわけで、こうした考えに基づいた制度が完備されている欧州の先進国はやっぱさすがだなあ、なんて思うわけですが、先進国がこのようになったのも彼らが野蛮人だったころの悪辣で残虐非道な行為が桁外れだったわけですから、それの反動とも取れます。

野蛮人と文明人の大きな違いは他者に対する想像力と人間の尊厳に対する感覚です。そういう思想がないと、他人の苦痛などはまったくもってどうでもいいこととなり、攻撃に歯止めが効かず、恐怖を攻撃に転化した制度を身にまとった悪魔と化します。

他国の人間を殺しまくったり他人種を人と考えなかったり、犯罪を犯したというだけの理由で収容所にぶち込んだり、あるいは犯罪とは言えないレベルのちょっとしたことで監禁、虐待したり、精神病患者を閉じ込めて非道の限りを尽くしたり、それはもうみんなしまくっていました。
今の先進国の人たちもつい最近まで同じようなことをやっていたのでありまして、そういうのをネタにした映画もたくさんあります。
酷い刑務所や最悪の修道院、精神病院なども映画のネタになっておりますね。

やっと映画の話になってきましたが、このノルウェーの孤島の収容所もそうした恥ずべき歴史のひとつ、無人島の非行少年専用矯正施設です。
建前上は、少年たちを共同生活させて自然の中での労働から人間性を取り戻す施設ということになっていたそうですが実態はそう上手くはいきません。

ある集団を意のままに動かせる立場に立つと人は得てして権威主義者のファシストの独裁者になります。孤立した環境ならなおさらです。

というわけで、誰もが想像するとおり、この孤島の収容所は少年たちにとって最悪の環境となります。
ここでの日常、鬱陶しい寮長からの仕打ち、それぞれの少年たち、喧嘩したり仲良くなったり、そういう物語が展開します。

少年たちが孤島の収容所で受ける屈辱についてですが、そうそう、この感想文の最初の話、あれはここからに繋げるつもりで書いた話だったのでした。

ヨーロッパ、特に北欧は現代、刑務所での蛮行を行っておらず、懲役刑の原則に基づいた制度で成り立っていて、その状況を後進国の目から見たら「何という快適な刑務所だろう」と思ってしまうほどです。
しかし当地ではそれが当たり前のことです。刑務所やましてや少年の矯正施設は奴隷小屋ではないのです。
そういう常識を立脚点に「孤島の王」を見れば、少年たちが想像を絶する酷い目に遭わされているという風に感じ取れるはずです。

ところが、刑務所イコール収容所で家畜小屋で犯罪者に人権はなく、丸坊主にしたり軍隊のように規律を強制したり、同じ服を着せたり看守の奴隷となることを当たり前だとする野蛮な制度の国の住民からすれば、この映画で描かれる「酷い目」が、さほど酷い目に映らない可能性があります。

もう一ついえば、かつて映画で散々見てきた想像を絶する酷い収容所、アウシュビッツとかアルカトラズ(告発)とかマグダレン修道院(マグダレンの祈り)ですね、ああいうのと比較して「それほどひどくないじゃん」と思ってしまう可能性もあります。そりゃあアウシュビッツやアルカトラズとは違いますわいな。

というわけで何が言いたいかというと、何が言いたいんだろう。
そうそう、「孤島の王」は、少年たちが遭遇する「酷い目」の酷さを楽しむための映画じゃありません、ということです。

やっとここまで来ました。
そうなんす。「孤島の王」は、一見「メチャ酷い目に遭わされる少年たちが、孤島の収容所で反旗を翻し脱出を企てる話」という風に受け取られがちですが、実際のところ、そういう派手な部分だけではなく、そこに至る少年たちそのものの姿を丁寧に描くタイプの映画なのであります。繊細かつたくましい少年たちのドラマです。ある意味、青春映画とも取れるのであります。

独断が酷いことになってきましたが気にせず次いきます。

何人かの少年たちがメインとなり、ドラマを繰り広げます。見るからに弱そうな彼や、見るからに強そうな彼、見るからに優等生っぽい彼とか、いつも画面の端に映っている超おちゃめな彼など、個性的な面々が収容所で辛い目に遭います。
辛い目に遭っていく中で、彼らがお互いを認めあったり、庇ったり、裏切ったりします。そういう核の部分が面白く作られているので、全体の構成も生きてくるんですね。

いやないやな男、寮長のあいつも、役割的にはむかつく野郎なんですけど、なんとなく佇まいや顔立ちが面白くていい感じです。クリストッフェル・ヨーネルという役者さんで、実物は人の良さそうな、緩そうな、マリファナとか好きそうな、そういう好感度の高いお顔立ちであります(実際は知りませんよ)
いつも美しい女優さんのブロマイドばかり貼っているのでたまにはむさ苦しい男のブロマイドも貼っておきましょう。ネタ元はIMDbです。

Kristoffer Joner
Kristoffer Joner
クリックでIMDb-Kristoffer Joner

この映画には有名俳優がひとり出演していまして、「奇跡の海」で強烈な印象を残して以来、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」や「メランコリア」などトリアー作品でもお馴染み、着実に大物俳優へと突き進んだステラン・スカルスガルドであります。この人、すっかり貫禄もついて、こういう役が似合うようにもなりました。

「孤島の王」は全体的には大作映画の香りが漂います。最後のほうとか、結構凄いことになってきます。
いろんなことがあって、その後にあんなことやこんなことになります。
そして最後の最後は、あんなことになって、あんな風になります。
けっこう、ぐっと来ます。

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“孤島の王” への 4 件のフィードバック

  1. はじめまして。いつも楽しく拝見させていただいてます。
    私も ぐっと来たんですが、どう表現して良いかわからず、
    レヴューを投げていました。
    このレヴューを拝見して、自分の中にあったモヤモヤが
    晴れたような気がしました。
    いつもながら、深い洞察と的確な表現に感心いたします。
    リンクを貼らせていただいてもよろしいでしょうか?

  2. お褒めの言葉、ありがとうございます。いえいえ、そんな。だらだらと思いつきの感想を書き殴ってるだけでして。特に「ぐっときた」だけで感想を済ますあたりひどいもんです(笑)
    でも長文読んでくれて、さらに内容を汲んでいただけて、書き手冥利に尽きます。

    リンクしていただけるのに許可などいりません。ありがとうございます。
    「モノには限度 フロには温度」のお方でしたか。どうぞよろしくお願いします。

  3. ピンバック: 鶏小屋 | Movie Boo

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