裏切りのサーカス

Tinker Tailor Soldier Spy
「ぼくのエリ」のトーマス・アルフレッドソン監督が、ジョン・ル・カレの小説「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」を映画化。ゲイリー・オールドマンにジョン・ハートにコリン・ファースにトム・ハーディなどなど、大物著名俳優を迎えてじっとりがっつり冷戦時代のスパイを描きます。
裏切りのサーカス

ぼくのエリ」の素晴らしい出来映えが偶然なのか才能なのか、次作はどう来るんだろう、なんて思っていましたが、トーマス・アルフレッドソン監督、「ぼくのエリ」の次はなんと渋いスパイ映画。有名小説を原作に、大物俳優をこき使い、最初に褒めときますが、立派に撮り上げました。「ぼくのエリ」とは全く異なる技法で完成させた「裏切りのサーカス」を見るに、この監督、技術的にもふところ的にも、とても幅の広い人であったということがわかりましたね。おみそれしました。

ただしこの映画は大がかりなプロジェクトでありますゆえ、監督色は決して強くなさそうです。先に映画化企画がありシナリオが書き進められた中での監督着任です。監督にとっては初めての英語作品だそうで、であるからしてこれはやはり実力が認められ運を掴みしかもやりとげたという褒め方になるかもしれません。

さて原作者ジョン・ル・カレはイギリスの大物作家で「寒い国から帰ってきたスパイ」などスパイ小説で知られてます。60年代から、冴えない初老のスパイ、スマイリーを主人公とする作品を書き続けており、「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」も70年代のスマイリーシリーズのひとつです。スパイ物ばかり書いているかというとそんなはずもなく、映画化されたもので有名どころでは「ナイロビの蜂」があります。ある意味スパイ物みたいな話ですが、この「ナイロビの蜂」は映画もまた素晴らしい出来映えでございました。この場で言うのも何ですが、歴史に残る傑作のひとつと思ってます。

というわけで「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」の映画化で、タイトルもそのまま、邦題は違いますが特に文句があるわけでもありません。それにしても「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」って、韻を踏んでて語呂も良くてカッコいい言葉ですねえ。

さて重要人物たちは英国諜報機関の幹部です。幹部なのに二重スパイが混ざってます。それは誰だ。というわけでスマイリーが調査を開始します。なぜ彼が調査をすることになるのかというのは序盤に説明されます。
二重スパイを探す調査、なんせ相手は幹部連中ですから手強いです。しかし単なる二重スパイを探すミステリーというだけではなくて、枯れてきた男たちのしぶーい映画でもあります。

そうなんです。この映画のいいところはなんと言っても大人臭いところです。主人公スマイリーも初老の男だし、リーダーのコントロールも老人です。幹部連中ももちろん相応に大人だし、若い衆も出てきますが、若いと言ってもそこそこ大人です。大人のスパイ映画です。静かで渋くて淡々と、しかしドキドキ胸騒ぎもあれば緊張感たっぷりの見せ場もあります。大人臭さと渋さとポップさの見事な融合。若者から年寄りまで楽しめる軽薄さの全くない良い映画となっておりましたねー。

大人の物語を奏でる役者の面々もいい感じです。この映画のようなややこしい人間関係の物語ををわかりやすく示す一つの技術が、個性的な役者の起用です。よその国の人が見ても一発で全員の見分けがつくほどの超がつく個性的な面々、ひとりひとりがオンリーワン、みんな寄ったら濃すぎて卒倒、そんな連中がうねりの中で一本のお話を作り上げます。まず最初のとっかかりである「誰が誰」という映画的説明を、顔や出で立ちだけで明快に表現できるのです。映画の登場人物がそれぞれ個性的っていうのは世界をマーケットにしようとしたときに特に重要ですよ。狭い一国の中だけでしか見分けがつかない似たような役者を並べていたのでは誰にも何も伝わりません。

「裏切りのサーカス」に、ほんのちょっぴり難関であるとすれば、それは時系列をまぜこぜにした編集によるトリッキーなストーリー展開でしょう。何かにつけて過去回想のシーンが頻出するので、一瞬「え?」と思ったりします。もちろん、わざわざ難しくしようとしてこうしているのではなく、物語の深みや面白さを強調するための技法ですから、一瞬の「え?」の直後にはちゃんと理解して納得するようにできていますので、よほど筋を追うのが苦手な人以外はすんなり入り込めると思います。

もうひとつの難関は大人の渋いドラマ性です。もしかしたら脈拍の速い若い人にとっては退屈と映るかもしれないゆっくりとした動作や意味深なじーっとしたシーンが多用されます。これがカッコいいところなんですが「はよせんかい」と思ってしまうせっかちな人ももしかしたらいるかもしれませんがどうだかわかりません。

回想シーンや時系列を入れ子にした編集と、大人の思わせぶりなゆっくりな動作を意味深に追い続ける演出、これら「裏切りのサーカス」のカッコいい部分をすべてそぎ落としたとしたら、実は映画内で進む物語自体は短いものだったりします。
モグラを追う短い話の中に、大人スパイの哀愁や愛の物語やいろんなものを紛れ込ませていて、それこそが魅力の本体なわけですねー。

この手のミステリーでは大抵シーンのあちらこちらが凝っています。二度目に観たときに初めて気づくような気の利いた伏線みたいなのを配置したりします。二度見してないので多分ですけど。この「裏切りのサーカス」にもそういったシーンが沢山用意されているでしょう。そんな感じがします。ちょっとばかしややこしい編集と演出が垣間見れるのも、どうかお客さん何度も観て楽しんでくださいよという作り手のメッセージのように感じるんですね。きっと二度観三度観しても楽しめるでしょう。

冷戦時代の郷愁を含む大人のスパイの渋くてカッコ良くてミステリーな、何となく昔気質ないい映画でした。

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