気狂いピエロの決闘

Balada triste de trompeta
気狂いピエロの決闘

すさまじい威力。面白すぎてたいへんなことになります。ホラーにコメディにスプラッター。政治的社会派シリアスDVドラマから森のファンタジーに娯楽大活劇まで。狂乱の大傑作。

気狂いピエロの決闘

2011年ラテンビート映画祭で紹介されて話題になり、後に2012年の映画祭でも上映され、観た人の圧倒的支持で話題沸騰だった「気狂いピエロの決闘」です。

 

あまり気に留めていなかったんですが、直接的には映画感想FRAGILE 気狂いピエロの決闘で見かけて俄然興味が沸いて「公開されるか日本語入りのDVD出ないかなー」と願いつつ忘れていまして、今頃観ました。あのときの記事のおかげで今の私があります。感謝。

結局日本では映画祭で紹介されただけでちゃんと公開しなかったようですが(しましたか?知りません)、後から知ったところによりますと、2010年のヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞と脚本賞を獲った立派な受賞作品だったんですね。受賞がすべてではありませんが、この作品は受賞も当然の傑作でして、個人的には大好物の大傑作で大絶賛の超お勧め星100個です。

どんなお話かというと主にピエロの三角関係に関する物語で、スペイン内乱勃発時の父親ピエロからフランコ政権終焉の1973年の主人公ピエロの、混迷のスペイン史と重なる喧噪と狂騒が繰り広げられます。映画的には、社会派テイストから史劇テイストからホラーからハチャメチャコメディ、ブラックジョークにスリラーサスペンス、狂気と狂騒、スプラッターにラブロマンスに冒険活劇と、ありとあらゆる要素が複合的に絡まった、そうですスペイン映画名物スリラーコンプレックス略してスリコンの集大成と言える作風です。

高濃度、高密度

あまりにも高濃度で高密度なシークエンスの数々に圧倒されます。観ているあいだ、この映画がどういう映画なのか誰にも判断できません。

冒頭はスペイン内乱に巻き込まれる父ピエロのお話で始まります。この父ピエロのシークエンスの中にすら、複合的な描写が詰まっています。父と子の物語であり、田舎ピエロの物語であり、独裁政権の予感であり、真面目な内乱シーンであり、同時によくある真面目な内乱映画をパロってギャグにしているシーンでもあり、ナタを振るうスプラッターであり、もういきなり何が何だかわかりません。基本的に真面目と不真面目の完全同居、シリアスとコミカルの結婚です。ここでついていけない人はきっとこの後もついていけません。ここで電撃が走り「来た!」と大興奮する人は最後の最後まで悶えるほどの映画的興奮の坩堝に身を委ねることができます。

この映画はシーンがたいへん多く、その舞台やドラマは多岐にわたっています。個々のシーンでは、それぞれ独立した映画が作れるほどに内容が詰まっています。詰まっているというか、短いカットなのに、それを存分に膨らませることができる映画的バックグラウンド秘めています。

冒頭だけでもピエロシーン、戦闘シーン、軍や壕のシーン、父と子のシーンと盛り沢山で、あの序盤だけで戦争と父子の社会派ちびっ子映画を一本作ることができます。この一本だけでもヴェネチアで賞取れます。

サーカス団に入ってからのレストランシーンなんかどうですか。あの状況、あの雰囲気、あのシーン前後だけで、DV夫婦と人間関係のシリアスドラマが映画一本分入っています。カンヌで賞取れます。

森に逃げ込むところもそうです。森とその前後だけで幻想的でファンタジックな映画が二、三本撮れます。鹿とか、強烈です。ファンタジック映画祭で賞取れます。

大佐との関係だけで復讐のバイオレンス映画が一本作れます。フランコの絡み方なんかは格別で、社会派娯楽バイオレンスアクションとしてベルリンで賞取れます。

サーカスとピエロ、発狂と殺人の物語は、コミカルで狂気でスプラッターでシュールでリンチな一本としてサンダンスで賞取れます。

後半の大活劇はハリウッド大作も真っ青の出来映えでこの部分を強調した映画を一本作ったら大ヒットしてアカデミーでノミネートされて惜しくも受賞を逃します。

戦争、独裁政権、その崩壊をバックグラウンドにした三角関係の物語は怒濤のスペイン史とそれに翻弄されるあるいは翻弄する人々の名画として映画史に残・・・あ。この話はまたちょっと後で。

と、まあそんなこんなの高密度、一つのカットの裏に潜む無限のネタの宝庫、アイデアの集大成です。いろんな映画へのオマージュとかそんな甘っちょろいものじゃありません。全部ぶっ込みます。悪く言えばゴチャゴチャの喧噪です。よく言えばゴチャゴチャの喧噪です。

細かいネタ

細部にそれとなく出てくる細かいネタが好きなんですよ。
例えば子供が好きな笑いピエロにまつわるいくつかのエピソードとか。腹を殴って取り押さえられたときの「おれのテディベアよこせっ」とか。
笑うシーンじゃなくても「どうしてピエロになったんだ」の短い会話もいいです。
父親の教育的発言も素敵です。なんか、いいことを言ってるふりして、何言うとんねんという内容を真面目な顔して息子に語ります。
サーカス団員もそれぞれ細かくよい味わいだし、あの「豚の出産補助しかできないくせに」の医者夫婦もいい感じ。
ターボエンジンの伏線ネタなんかはわかりやすいですが、あれもとてもいい回収の仕方です。あの回収の仕方見ましたか?もうね、伏線であること自体をネタにした壮大な回収劇です。

フランコ絡みは特に秀逸です。
この独裁者はスペインにとっての最重要項目、スペイン映画にとっても最重要項目、そのフランコ時代の映画です。どのようにこの独裁時代を描くのか、それを見ると如何にぶっ飛んだ作品なのかがわかります。

内乱から独裁政権の崩壊まで

映画のラスト近くでは、わざわざ1973年とクレジットが出ますがこれはもちろんフランコの腹心ブランコの爆死事件およびフランコ政権が倒れた年です。メインのストーリーは主に独裁政権時代を描いていますから、政権の崩壊とピエロの物語の崩壊が合致します。

で、何やらしたり顔でスペイン近代史とこの映画の関わりを暗喩や象徴で解説したくなる気持ちが沸いてくるのもわかりますが、この映画の凄まじいところは、何とスペイン近代史の挟み方の映画的常識をすべてパロって表現いるところです。これまで多くの映画でシリアスに描かれてきた内乱から独裁政権とその崩壊を、まさにそういう類いの映画を茶化すようにギャグとして挿入します。

スペイン映画で内戦や独裁政権の近代史を茶化して引用する映画はたいへん珍しいと思います。少なくとも私ははじめてです。
例えばフランコを「いい人」として描いてみたり、独裁政権時代の都市開発を肯定的に描いたりします。これには開いた口が塞がりませんでした。そして魂の奥底から笑いと畏れが沸いてきます。

「ブライアンの生涯」(モンティパイソン)という映画では、ローマ帝国崩壊を目論むゲリラが会議の中でローマ帝国のやってきたすばらしい所業を語ってしまうシーンがありますが、ギャグとしてはあれに匹敵します。ただし「気狂いピエロの決闘」では単なるギャグでもなく、観る人によっては大真面目に「スペイン史の暗部を象徴として描いて云々かんぬん」と語らせてしまうほどの説得力があったりします。
いくら茶化しても茶化しきれないものってのがあるからかもしれませんし、大いに真面目にこの近代史を扱っていることもまた事実です。真面目なのに茶化しています。茶化すことによって突きつけます。突きつけたふりしてやっぱり茶化します。なんか、これすごいことです。

こうした歴史の重みと軽さの両面を同時に兼ね備えた高度な仕上がりの「気狂いピエロの決闘」です。

アンダーグラウンド

こんなこと言っていいのか、言ってしまいますけど「アンダーグラウンド」(エミール・クストリッツァ)との共通点についてです。

「気狂いピエロの決闘」を見終わって、感動と興奮の坩堝に身を委ねながら、真っ先に連想したのが20世紀末の歴史的大傑作「アンダーグラウンド」でした。
怒濤のユーゴ史を背景に、歴史に翻弄されるあるいは翻弄する人々の狂騒を描いた「アンダーグラウンド」との相似は明白です。

骨子の物語である三角関係がまず似ています。全くタイプの異なる二人の男と、蝶のようなふわふわした女優との愛の物語です。女優はあっちにふわふわ、こっちにふわふわと男に寄り添い翻弄します。時と場所と相手に応じて態度を変えながら、何が本心とかほんとはどうとか、そういうのとは無縁に愛を振る舞います。時にとても美しい姿で映画を圧倒します。
そんでもって、この女性の名前がナタリアです。名前まで一緒です。

男二人の共通点はあまりありませんが、それでも物語を構成する敵対したり仲良くなったりする重要人物としての共通点はあります。

「気狂いピエロの決闘」の男二人は、決して安易な設定ではありません。正義と悪ではもちろんありませんし、主人公対敵という単純な図式でもありません。
両者は基本的に似ていて、相反する原理にしたがって発現に差が生じるというキャラクターです。
笑いピエロと泣きピエロは嫉妬し敵対しますがどちらもただの道化師に違いはありません。彼らの敵対は敵対という物事そのものをあざ笑うような敵対です。
「アンダーグラウンド」のクロとマルコのように、というと褒めすぎかもしれませんが、やはりちょっとそういう部分があります。ラストシーンなどに顕著です。

主要登場人物の三角関係にとどまらず「気狂いピエロの決闘」は映画全体が「アンダーグラウンド」に似ています。戦争から独裁政権、その末期という歴史との関わりがまずそうです。まあ実際には関わりにおいて全然違うんですが大筋では一致します。
その中で繰り広げられる喧噪と狂騒がとてもよく似ています。
この映画のハチャメチャ感がどうしてこれほど面白く感じたかというと、まったくもって「アンダーグラウンド」的なる喧噪と狂騒に似ているからです。
どうにもこうにも、「気狂いピエロの決闘」という映画は、その骨子として「アンダーグラウンド」をベースにおいているような気がしてなりません。

それを踏まえて、ナタリアの顛末については最強の絶賛を惜しみません。
映画の中盤、泣きピエロがナタリアの美しい姿を夢みる幻想的なシーンがあります。「ブラジル」っぽいシーンです。あ。そういや「ブラジル」感ギリアム感モンティ・パイソン感もこの映画には多分に含まれますね。それはそれでたっぷり書けそうですが置いといて。
で、映像的にとても美しいナタリアのシーンがクライマックスでもう一度登場します。
くるくる回転する赤い布のあの美しいシーンですが、あれの顛末、あれにはやられました。椅子からひっくり返りました。シーン的にも、意味的にもです。あの顛末、あのシーンで「アンダーグラウンド」感すらパロディにしてしまう快挙です。

という「アンダーグラウンド」との相似とパロディです。
作った人が本当にそう狙ったのかどうかはわかりません。狙ったのだとしたらとても上手くいってますし、狙ってないのだとすれば天才です。

作った人

というわけで作った人はアレックス・デ・ラ・イグレシアで、私は「ベビー・ルーム」しか観ていませんのであまり知りません。でも「ベビー・ルーム」の人だと知って、とても合点したのです。

ベビー・ルーム」は大筋ではまあまあの作品ですが、とても印象に残っている一本です。特に何が気に入っていたかというと、登場人物たちの得も言われぬ味わいの部分です。
リフォーム途中の夫婦やお節介な人、百貨店の店員や職場の上司など、なんかとても面白い描き方してたんですよ。「赤ちゃん音声モニター」の件も変だし、ホラーなのに「変でおもろい」という、強く印象に残るへんてこりん映画でした。
印象に残ったものの、「ベビー・ルーム」を観たときはこの監督のこの面白さについて、まだ確信を持つにはいたらなかったんですねえ。

めちゃカッコいい予告編。
そういやオープニングクレジットのタイトルバックも超クールです。

世紀の大傑作「気狂いピエロの決闘」でした。

2010年ヴェネツィア国際映画祭銀獅(監督賞)受賞 オゼッラ脚本賞受賞
ゴヤ賞 2011 最優秀特殊効果賞 最優秀メイクアップ 最優秀ヘアスタイル受賞

いやしかし、世の中知らないことだらけで、しかも面白い映画だらけで、ほんとにもうどうにかしてほしいですよね。

 

 

以下追加。

観た人だけのお楽しみかもしれませんがこれありましたね。
http://youtu.be/8E5NvWPpaxk
(ここに貼っていたムービーは視聴不可となりました。残念)
映画作品だからして、こんなして引用するのもよくないのですが。
劇中で使われた、映画「Sin un adiós」(1970年:ヴィセンテ・エスクリヴァ監督)の一部です。

Sin un adiós | IMDb

ヴィセンテ・エスクリヴァ監督は、脚本家としては1948年から、監督作品は61年からの記録がある大ベテラン。お年を召しているせいか90年代以降はテレビの仕事ばかりされているようです。
「Sin un adiós」は大物歌手ラファエル(Raphael)を歌手の役として主人公に迎えた1970年の作品で、えーと、あとはどのような映画かわかりません。

この映画というかこの歌手というか、この曲「Balada de la trompeta(トランペットのバラード)」を中心に据えた「気狂いピエロの決闘(Balada triste de trompeta-悲しみのトランペットのバラード)」ですので、そういう意味でも、「Brazil」という曲から想起されて作られたテリー・ギリアム「ブラジル」との大いなる共通点を感じる次第です。

ムービーついでにこんなのも。たまりませんねー。

 

さらに追記

いろいろ動画が見れなくなっていたりしますね。カッコいい予告編もう一度探して貼っときます。この編集が抜群ですよね。

 

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