暴走車 ランナウェイ・カー

El desconocido
銀行支店長のカルロス(ルイス・トサル)が娘と息子を車で送ってから出勤しようとしていると携帯が鳴って「車に爆弾を仕掛けた。通報したり降りたら爆発する。金を口座に入金しろ」と脅迫してきてさあたいへん。安っぽい邦題とは裏腹に、19ノミネート4部門受賞の本気サスペンス。
暴走車 ランナウェイ・カー

ルイス・トサルはいつ見ても同じ顔で映画に出てますが、顔は同じでも映画に応じて性格がまるで変わるという、いろんな役とキャラクターを演じ分ける奥の深い演技をするホノモン怪優ですね。スペインを代表すると言ってもいいんじゃないでしょうか。ある時は粗野で知性派の囚人のボス、ある時は弱々しいバイオリン弾き、あるときは変態のアパート管理人、あるときは娘にトラウマを植え付ける強く恐ろしい父親、いろいろな役を見てきました。その度に「このひとすごいなあ」と感心していました。

さて「暴走車 ランナウェイ・カー」という安っぽい邦題をつけられた本作「El desconocido」では銀行支店長の役です。でっかい家に住みBMWに乗り奥さんと子供達がいて朝っぱらから忙しいそんな役です。多忙な金融の人ですが顔はいつものルイス・トサルです。でも性格は仕事ひとすじ金融のひとです。家族は大事ですが忙しさゆえ家族にはその愛情があまり上手に伝わっていないご様子のそんなぶきっちょパパです。夫婦仲も上手くいっていません。

ある朝、ちびっこ二人を後部座席に乗せ、学校に送っていこうとすると携帯が鳴って「爆弾を仕掛けた」と脅されます。車から降りたら爆発するそうです。犯人はわりと近くから見守っていて、警察に通報したり第三者に話すと遠隔装置で爆発させるといいます。

ルイス・トサル演じるカルロスは最初あまり本気にしていません。でももし本当だったらちびっ子達の身が危険です。賢い父ちゃんは犯人を刺激しないように電話で対応し、要求を飲もうとします。

犯人の要求はもちろん大金です。指定口座に入金しろと。なんだか無計画な要求、それでいて周到な爆弾準備です。このあやふやさが「ほんとかな」「はったりかな」と思わせる一つの理由ですね。

わりと序盤、ちょっと舐めていたところで、がつんとやられます。いい脚本で、この序盤の見せ場によって一気に緊張が高まります。つまり、犯人の本気が明確になり、爆弾は確実になり、さらに息子の身に・・。

てな感じで映画はぐいぐい面白くなっていきます。
この映画の特徴的なところは、犯人の要求に従って金を用意する方法です。銀行支店長ならではの営業口調で預金者たちに電話をかけ、いい利率の金融商品があるから自分に一任してもらえないか、と持ちかけるんです。つまり犯人は支店長に悪徳金融業者のような詐欺をさせるわけですね。まっとうな銀行支店長のプライドはズタズタです。信頼してくれている顧客にも申し訳ない気持ちで一杯になり「もうこれ以上電話できない・・」と心の底から呟いたりします。実際に直接的に大金を奪うよりもダメージの大きな信頼崩壊ということをさせるわけですね。こうしたやり取りのシーンがほんとに面白いですよ。リアリティがあるかどうかは別として。スピーディな展開と相まって大きな効果を上げていると思います。

大きな転換はもうひとつあります。やがて車を停めて、警察が取り囲みます。ここで登場するのは爆弾処理班のおばちゃん、エルビラ・ミンゲス演じるベレンです。ベレンが準主役級の活躍を始めますよ。
警察のボス(こいつが呑み込み悪い馬鹿という設定)と爆弾処理班の賢いベレンとの確執なんてのがテーマとして急浮上、爆弾のドキドキ、支店長の危うさ、子供の身の危険、警察内部の衝突や間抜けな判断、警察ドラマではありがちですね。ありがちですが面白いです。

そんなこんなのスリラーサスペンス劇場です。助言として是非言っておきたいのは「暴走車ランナウェイカー」って邦題から連想するカーチェイスが売りのアクション映画ではありませんということです。
爆弾事件と主人公と犯人と警察のサスペンス劇場です。全体を通して、特別凄い傑作級の作品ってこともありませんが、十分にどきどきを楽しめるし警察ドラマとしてもいい感じだし子供は心配だし、上出来だと思います。ゴヤ賞も受賞しています。

ふたりの子供もたいへんいいです。お姉ちゃんと弟君です。序盤の感じから途中の展開、最後に至るまで子供二人の物腰が刻々と変化していきまして、ちびっ子ふたり、めちゃめちゃ良かったです。この姉弟の良さは本作を貫く大事な要素です。

見終わって面白かったので「おもろかったなー」と映画部員が部室で会話します。「おもろかったー」
「相棒もこういうところまで行かんとな」
「相棒て何のことや・・・あ、あれか!何と比較するねん失礼な」
「多分相棒ってこの映画みたいなのを目指してるんやろ?」
「相棒観たんか」
「知らんけどな」
「知らんわな」
「知らん癖に言うたらあかんな」
「あかんな」
「かと言って相棒観ないわな」
「観ないわな」
「絶体絶命のピンチってあるやろ。あれな、作家は答えを後から考えるらしいで」
「ほお」
「先に答えがある前提で絶体絶命の物語書くとな、ピンチ感が頼りなくなってしまうんや」
「ほほうそうかいな」
「キングがミザリーの中でそう書いとった」
「たいしたもんやな」
「そんでやな、暴走カーの最後の絶体絶命のあれな」
「ああ、あれな」
「あれはちょっと無理あるな」
「ちょっと無理あったな。しょうがないけどな」
「しょうがないけど、あそこだけもうちょっと頑張ってくれたらもっと凄い映画になっとったな」
「まあええやんか出来上がったものに文句つけてもしゃーないで」
「そやな。ほんならこれでええわ」
「ええと思うわ」

というわけで、いいと思いました。

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