メタルヘッド

Hesher
不幸を背負い心に傷を持つ少年TJがある日謎の流れ者にいちゃんヘッシャーと出会います。少年と変なにいちゃんとの変な関係。いわゆる「三月うさぎモノ」のハイセンス大快作。
メタルヘッド

「いわゆる『三月うさぎモノ』」などと言ってますが何が所謂なものか。私の造語ならぬ造ジャンルでございます。
三月うさぎというのは言うまでもなく「不思議の国のアリス」の気違いお茶会のあの変な奴のことです。

簡単に言うと主にコメディに登場する「わけのわからないやつ」っていうぼけキャラクターのことですが、敢えて三月うさぎと言いますのは単なる変な訳のわからない奴ってだけではなくて、そのキャラクターのロジックや議論に文学的面白みがあってただの阿呆キャラクターではないという点を条件に挙げたいと思います。シュールだったり哲学的だったり、かと思えばものすごく間抜けだったり、正常な精神の人間にとっては理解不能で、何とか理解しようと分析を試みても何ら一貫した思考パターンがあるわけでもなく翻弄されるがまま、コミュニケーション不全に身もだえするような不思議な興奮を一方的に与えられるというそんな案配です。

つまりとっても変で妙な奴との絡みをネタにしたジャンルってことで、映画では「イン・ザ・スープ」などが思い浮かびますがきっと他にもあるに違いありません。アリスからの伝統ゆえイギリス製作品に多く見られる気がしますし、モンティ・パイソンなどのインテリコメディではこの手の登場人物は定石でもあります。文学では「最悪の接触(ワーストコンタクト)」をはじめ筒井康隆の若い頃の小説では頻出ですね。

というわけで「メタルヘッド」のヘッシャーは乱暴者でメタルな感じを全面に出しているとは言え脚本の根底には文学的な不条理感を従えており、単なる変な奴を超えて三月ウサギ的と言ってもいいんじゃないかと私には思えるのであります。
単にセンスが気に入ったというだけかもしれませんが。

そう、この手の物語ではセンスこそが命となります。面白さや不条理感、ナンセンス、馬鹿ギャグ、抑制と力の抜け具合、抑揚と着地点、さじ加減が難しいのです。
「メタルヘッド」ではそこが抜群と言っていいでしょう。

さて、散々三月ウサギとか文学的とかイギリス的とか書いてしまいましたが、実はそれは比較的隠された部分なのでして、そういうのが見え隠れするところが面白いと言いたかっただけなのであります。基本アメリカ映画的なノリが中心です。なんせヘッシャーのキャラクターもロックな感じです。
さじ加減でいえば、普通のドラマにおけるロック的キャラクターの秘める文学性の絶妙さがよい案配ってことです。
そこまでややこしい言い回しをせずとも、トリックスターの一言でも済むわけでありますが。

このトリックスターとしてのヘッシャーが作品全体を通して実は神様のパロディの形相すら帯びています。人間に対する神の行動そのままだったりしますし、そもそも姿形もイエスのようです。
そんでもって神との一体感と言えばドラッグで、映画内ではドラッグこそ出てきませんが十分そっち系のラリリ感も感じさせてくれます。伝統的ヒッピー風味もあったりします。そしてドラッグと言えばロックです。「メタルヘッド」のロック感はそのまま神との一体感をも表現して・・・いるのかどうかまでは知りません。

ロックと言えば不良の代名詞。
けど、数十年前からどういうわけかロックの奴は良い奴という常識が世間に広がりました。
たとえばロックな奴はおばあちゃんが大好き。とか。
ライブを一緒にやっても大抵ロックなやつはいいやつです。それは内輪の秘密だったはずなのに、今や誰もが知っている常識です。危なっかしくても暴力的でも何があってもおばあちゃんにだけは優しいのであります。
ヘッシャーもそんな感じです。

ヘッシャーを完璧に演じるのはジョセフ・ゴードン=レヴィットで、監督は当初この役を誰も知らない無名の役者にやらせたかったのだとか。そりゃそうでしょうねえ。この人が有名スターであることだけが残念です。でもここまで完璧にヘッシャーを創られたら仕方ありません。
この役者を知らずに観ることこそが至高の鑑賞方法でしょうねえ。

ナタリー・ポートマンは製作にも名を連ねています。脚本が気に入ったんでしょうか。役柄もキュートです。ナタリー・ポートマンの役割は、ややこしくなりがちなヘッシャーの不条理感をわかりやすいアメリカンドラマとしてまろやかに包み込んでいます。
それにしても美しいナタリー・ポートマンであります。少年時代にこんな女性に出会ったらそりゃもうたまりまへんなー。

そういえばお約束として最後のほうは泣きが入ってきたりしますが、危ういところで寸止めするセンスの良さはこれは現代的な照れの美学。アメリカ映画にももうとっくにそういう上品さが備わっています。

照れの美学と言えば、定番の展開の中にきらりと光る「外しの妙技」も味わえます。
たとえば「辛いことがあって自暴自棄のひげ面の父親」がいたとします。フラッシュバックシーンで自暴自棄になる前の姿が拝めるのですが、こういう定番のシークエンスでのキャラクター造型が笑えます。この外し具合こそが照れの美学から成るセンスの良さの現れです。

そんなわけでだらだらと何を書いているのかというと、この「メタルヘッド」原題は主人公ヘッシャーの「ヘッシャー」ですが、ロックとナンセンスギャグとほのぼのコメディと三月ウサギ的トリックスターとヒッピーの融合キャラモノと定番娯楽映画の融合、伝統的かつ現代的な発想の映画です。個人的には大絶賛しております。いつもの絶賛みたいに、映画的映像的芸術的作品に対する絶賛とは全く違って、娯楽作品ナンセンス作品ちょっとしたおもしろ映画としての絶賛です。こんなのもありです。
人によって「そこまで褒める映画か?」と思われるでしょうけど感想なんてそんなものです。

たいへんよくできました。

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コメント - “メタルヘッド” への2件の返信

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