ブラック・スワン

Black Swan
ダーレン・アロノフスキーが描く「白鳥の湖」プリマのバレリーナの本気。
ブラック・スワン

見事な大ヒットを飛ばしたダーレン・アロノフスキーの「ブラック・スワン」は、バレエダンサーのお話で、大雑把なジャンルはサイコサスペンス系スリラーで、演目は「白鳥の湖」で、主人公がナタリー・ポートマン演じる才能ある弱気な女性であるというそういう少女漫画のような設定の作品です。この設定で物語を構築し描ききりしかも大ヒットを勝ち取るとはすごいです。

ご覧の通り、脚本製作製作総指揮にずらり並んだ人人人。こんなに大勢が寄ってたかって作ったにしては一本筋が通っていて無駄に拡散せず締まりがある作品になりました。
これはダーロン・アロノフスキーの監督としての技量の現れであると思われます。

さて「ブラック・スワン」ですが、元々は「レスラー」と同一の企画であったそうですね。
レスリングとバレエという、肉体表現として共通の、しかし一般には高貴と下衆という刻印を押される極端なこの二つの芸術に携わる人間の物語です。
結局「レスラー」と「ブラック・スワン」は別々の映画にすることにしましたが、そのおかげでこうして二本の素晴らしい映画が別々に存在するという世の中にとって良い結果を得たのは監督の判断が正しかったという証明です。そんなわけで監督はこの二本を姉妹編と呼んでいるそうです。

「レスラー」とセットで考えるならば「ブラック・スワン」の主人公は挫折した元ダンサーである主人公の母親(バーバラ・ハーシー)、あるいは年をとって引退する元プリマ、ベス(ウィノナ・ライダー)でも良かったのでしょうが、それだとまんま「レスラー」なので別の映画である以上一旦「レスラー」から離れなければなりません。

こうして「ブラック・スワン」の主人公は、厳格な母親と同居するバレエ一筋の弱気な女性ニナ(ナタリー・ポートマン)となりました。←なんか勝手に決めつけてるし

さて、バレエで美女で気弱で才能と言えば少女漫画。大抜擢に妬みと言えばトゥシューズに画鋲を入れられるシーンを期待しますが、もちろんそんなシーンはありません。
はてさて、今時珍しいくらいのこの設定で、どのようなお話が展開するのでしょうか。
まるで何も知らずに観てみましたら、これがまあ、結構怖いのでございます。
スリラー的な怖さもあるし、ホラー的な怖さもあります。それから何と言っても先っちょ系の怖さが半端じゃありません。爪切るシーンとか指先系の先っちょの怖さはそれはそれは痛くて怖いです。特に女性は先っちょ系の怖さに弱い人が多いと聞きます。

気弱な主人公ですが野心もあったりします。母親から強要される野心でもありそもそもバレエに打ち込むことは性的抑圧の代償行為だったりもします。厳格な母親に生活を支配されている性的抑圧の精神を病む女性と言えば真っ先に思い出すのが「ピアニスト」です。どちらも女性の性に対する抑圧と発露を描いた作品で、支配する母親との関係が同じです。
「ピアニスト」ではあんなことになりましたが、「ブラック・スワン」ではこんなことになります。
こんなことというのはSMに対するレズビアンとかそういう表層的なことだけじゃなく、破滅への道という共通項だけじゃなく、つまり決定的な差異は「ブラック・スワン」のポジティブさにあるということです。ここが「ピアニスト」との決定的な違いで、大ヒットに繋がったポイントだと思っています。

この映画に「意外な落ち」があるとすれば、おっと落ちに言及するのはいけませんね。辞めときますか。
やっぱり書きますか。ネタバレ系感想はCMの後でちょっと書きますね。

その前にダーロン・アロノフスキーさんですが、この人は青臭い「π」でデビューして以来、成長に次ぐ成長を遂げ続けている人でして、まったくもって感心します。尊敬すらできます。「レクイエム・フォー・ドリーム」ではスタイリッシュな映像で破滅していく人々を描き、このとき「映画は映像だけじゃねえよな」という心意気を少し感じさせてくれて、「レスラー」ではさらに突き抜けて人間と愛と仕事を描ききりました。「ブラック・スワン」ではより広く多くの人に楽しんでもらう要素を惜しげもなくつぎ込みます。もはや青臭さなど微塵もありませんし、かと言って単純に大衆娯楽に徹することだけに目を向けるわけでもない絶妙のバランス感覚を保っています。
映像表現にしても、スタイリッシュな映像派から脱却したわけではなく、ちゃんと拘り抜いているところが好感度高いです。今作での粒状感や絵的な美しさは映像派としての拘りが良い方面に洗練してきた証拠ですね。

ウィノナ・ライダーはある世代にとって特別な存在ですが、そんな彼女ももう40歳くらいですか。あなたも私も、時の流れを実感しましたね。いつまでも少女じゃありません。ウィノナ・ライダーは製作側で出世している人なので哀れさはありませんが、あの役柄は何かしらぐっと来るものがあります。

ナタリー・ポートマンはがんばりました。聞くところによると、この映画のために1年間自腹でバレエの特訓をやったのだとか。あ、熱いぜ。
もちろん特訓したからと言って突然世界のトップダンサーになれるわけがありませんからダンスシーンではボディ・ダブルを使用されています。
その件で論争があるとどこかに書いてありましたがあほじゃなかろか。映画なんだから当たり前ですよね。「らしく」演技できればいいんです。
オーケストラ!」のメラニー・ロランだってそうですし、カンフー映画だってそうです。映画として魅せるバレエができれば十分です。そのための努力と根性をやって、あれだけ説得力を持たせられたのだから尊敬すべきです。

ライバルでお友達リリー役のミラ・キュニスはウクライナ出身のエキゾチックな可愛子ちゃん。もっと怖そうな役柄でも良かったと思う人もいるかもしれませんが私はあの感じがとても良かったと思っています。いい役でしたよね。

ヴァンサン・カッセルが鬼コーチの役です。この人選は完璧ですね。ヴァンサン・カッセル以外にあり得ないような説得力があります。セクハラとも熱い教育とも幻覚ともどうとでも取れる台詞、女食いとも女食いと思われやすいともほんとはゲイじゃないのともどうとでも取れる態度、絶妙でした。

さて、というわけで落ちとこの映画の全貌についてのネタバレ感想はCMのあとで。

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これ私のCDなんですけど、まだたくさん余ってるんですよ。どうですか。めちゃいい出来です。

 

—広告終わり—

はい。というわけで近ごろ時々妙な広告が入ったりしますがすいません。
さて、破滅していくニナの「白鳥の湖」がクライマックスとなっております。
この作品、性的抑圧による自傷行為を描いた破滅映画ですが、ただ破滅して終わるわけじゃない点がポジティブで見所です。

そうそう、その前に自傷行為と破滅の女性映画という観点からするとこれまた真っ先に思い出すべき人物がおります。監督で脚本家で女優のマリナ・ドゥ・ヴァンですね。「イン・マイ・スキン」などの人です。自傷行為については「イン・マイ・スキン」も是非お読みになってください。で、もしこの方が「ブラック・スワン」の脚本に参加していたら、とんでもない病気女のすさまじい映画になったことと思います。
ただしきつすぎて大ヒットなどとはほど遠い映画になったと想像できますが、でもマリナ・ドゥ・ヴァンが参加した「ブラック・スワン」というのも観てみたかったなあ、なんて戯言はこのへんにして。

「ブラック・スワン」のクライマックスは堂々のバレエシーンです。
影腹を切って命とともに演じきる白鳥と黒鳥。最高の演技を果たした後、満足の顔で力尽きるというこの元気いっぱいのエンディングはまさに「完全燃焼」であります。なんというポジティブなエンディング。
「完全燃焼」と言えば「一試合完全燃焼」がキャッチフレーズの「アストロ球団」ではありませんか。
何とこの映画、最後の最後にはバレエダンサーの命を張ったど根性を見せつける「一舞台完全燃焼」のいわばアストロバレリーナの物語になってしまうのです。
てっきり破滅で終わるネガティブ映画と思って観ていた観客はお口あんぐりの放心状態、観ているこちらも一映画完全燃焼で燃え尽きてだらしなくへらへらするしかありません。見終わった後のこの爽快感は、大仕事を成し遂げたバレリーナへの肯定の感情移入に裏付けされます。
ラスト近くに判明するまさかのハッピーエンドの連続もやたらポジティブです。客席にいる母親の満足する笑顔、決して悪い子じゃなかったお友達、変態かと思っていた鬼コーチの納得、まあ顔を切ったベス先輩のことだけが心配ですがなあにあれもきっと夢だろう、と思えたりします。
「せっかくの気違い映画がやたらハッピーになるとは馬鹿馬鹿しい」なんて思っちゃいけません。いいじゃないですかハッピーで。

世界的なバレエ団といえど、やってることはただ舞台で踊るだけです。世の中に必要なものじゃないし合理的なものじゃないし効率のいいものでも利益追求をするものでもない無駄の塊です。
芸術というのはそういうもので、ただ心を動かされるだけのものです。レスリングだって同じです。
そういうものに命を掛けて挑むなんてのは無関係の人からするとただの馬鹿です。しかしながらこの馬鹿が完全燃焼スポコンど根性でハッピーエンドを迎えるとなぜか人は感動します。破滅とともに迎えるハッピーエンドなら尚更です。
感動など全く無駄なものですが皆まだまだ感動することが好きなのです。
そしてこの映画は多くの人が感動して大ヒットとなったわけですね。
いい話じゃあありませんか。

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