夜顔

Belle toujours
マノエル・ド・オリヴェイラ監督がルイス・ブニュエルにオマージュを捧げたという「昼顔」(1967)から約40年後の続編的作品は「夜顔」という邦題。
夜顔

 

ずっと前から気になっていたマノエル・ド・オリヴェイラ監督の「夜顔」です。気になっていながら10年経ちました。年月は淡々と過ぎてゆきます。「昼顔」から38年後の再会を描く「夜顔」をさらに10年後に観るという、時の過ぎゆくままに身を任せ、のご鑑賞。先日「アンジェリカの微笑み」が公開されたこともあり、気になってるんなら観たほうが良いということで仕入れて観ました。

「昼顔」からアンリ・ユッソン(ミシェル・ピコリ)が登場します。優雅にクラシック・コンサートを楽しんでいると、客席にかつての親友の妻、永遠の美女、背徳のセックスシンボル、欲望の具現化、「昼顔」のセヴリーヌを発見し、あわてて追いかけますがすれ違います。
セヴリーヌも気づいていますが、彼女は避けているんですね。「昼顔」ではカトリーヌ・ドヌーヴでしたが「夜顔」ではビュル・オジエが演じています。

「夜顔」をざっくり説明しますと、ミシェル・ピコリ演じるユッソンがですね、セヴリーヌを追うんです。彼女が立ち寄ったバーに入り、彼女が泊まっているホテルを訪ねます。立ち寄ったバーを気に入ってバーテンと話すシーンも念入りです。最終的に、ポスターアートでもわかるとおり、セヴリーヌとディナーを共にすることになりますが、それは最終的な部分つまりクライマックスであります。
基本ミシェル・ピコリがさまよう映画です。ほとんどミシェル・ピコリ出ずっぱり、ほとんどミシェル・ピコリの一人映画、ほとんどミシェル・ピコリのアイドル映画です。

先に感想を書いてしまいますと、これは超絶面白いです。
たまらない魅力に満ちた妙で軽やかで奥深く、達観ですかと言わんばかりのおじいちゃん映画であり、おじいちゃん映画だけど若々しく、仙人と欲望が渾然と両立するある種人間の到達点、ひとつの頂点とも言えるわけのわからない映画です。

この映画の特徴というか魅力というか面白さというか、それを伝えるとき、前提というものを提示しておいたほうがいいと思うので書きます。
それは「昼顔」の後日譚であるということをどう捕らえるかです。またあるいは「昼顔」をどう捕らえていたかということも関わります。

普通に「昼顔」の後日譚という視点だけで観ると、人を食ったような内容に呆れてしまい面白さに気づかないかもしれません。また「昼顔」を単にカトリーヌ・ドヌーヴの魅力としてだけ捕らえているとがっかりするだけかもしれません。

もうちょっと踏み越えた独立した映画だという認識はこの際あったほうがいいと思います。明確にブニュエルへのオマージュを冠した「夜顔」ですが、実を言うと「昼顔」の続編と思い込む必要性はそれほどないんですね。これ、意外ですけどそう思うんです。極端な話「昼顔」を知らなくても問題なく楽しめるんですよ。

面白さのまずひとつはミシェル・ピコリ演じるアンリ・ユッソンという老齢の男の精神と彼を取り巻く環境との対比です。

彼には40年近く前に体験したある記憶があります。それは背徳的で欲望にまみれ、セクシーで艶っぽい記憶です。今ではすっかり上品な紳士です。上品な紳士に見えます。ですからバーやホテルで一発で人から信用されたりします。
上品で金持ちの老人は達観している仙人に見えたりしますが、それは理想の目で見るからです。またあるいは、社会がその役割を老齢の紳士に求めているからでもあります。
アンリ・ユッソンは過去の欲望を忘れてなどおりません。はっきり言ってスケベ心丸出しです。
なのにパリッと背広を着てシャッポを被り、街角にたたずむ姿はまるで1920年代の美術作品のように美しく画面に収まります。とても洒落た世界が出現します。でもこのおじさんは過去の妖艶なる女神を追いかけ回すのです。
ミシェル・ピコリの立ち居振る舞いのすべてが「夜顔」の魅力の多くを占めています。細かな仕草や表情がものすごくいいんです。脚本上の設定から何から何まで、役のすべてを理解しています。面白くって仕方ありません。
冒頭コンサートホールでの落ち着きのなさ、酒をついで貰ってるときに我慢できずにそっと手を出す様、バーで楽しそうに過去を語る饒舌具合、とことこと街を歩く姿、ディナーシーンでの顔つきや目の動かし方や「メルシー」と小さく答える様、どれをとっても素晴らしいミシェル・ピコリの演技、これは堪能できますよ。ほんとすごいです。

ということで、おもしろさの一つ、ミシェル・ピコリでした。

belle toujours

マノエル・ド・オリヴェイラ監督作品の魅力のひとつに会話シーンというのがあります。
丁寧な会話はまるでお芝居のようでもあり文芸作品のようでもあります。「永遠(とわ)の語らい」では会話シーンの魅力大爆発、「アンジェリカの微笑み」でも世界を俯瞰したかのような異化効果たっぷりの会話シーンが用意されていました。

「夜顔」にも会話シーンがたっぷりあります。バーテンダー(リカルド・トレパ)との会話です。この会話シーンは何度も出てきて、やはりお芝居のような丁寧な饒舌が堪能できます。バーには女性が二人いて、徐々にバーテンダーとユッソンの会話にも交ざってきます。この女性たちも最高に面白くてですね、たまらないんです。
余談ですがクレジットでは二人とも「若い女性」となっているようですよ!

Belle toujours-scene 若い女性

まあとにかくそういうわけで、会話シーンは抜群でして、ただ面白いというのもあるし、その中に潜む四次元的視点はオリヴェイラ監督作品独自の世界です。急に四次元などと言ってすいません、どういうことかというとこういうことです。
時間や歴史というものがあります。時は直線的に流れて不可逆であり、その中にある人や世の中というものには変遷と不変があります。移ろいでゆくものごと、変化していくものごとですね、ものだけじゃなく心や思考もそうです。そして年月が経っても変わらないものというのもあります。
時の流れを不可逆的直線ではなく、高次から見下ろすと空間的広がりを持っています。変遷や不変が共に空間的広がりを持つということで、つまり世界を俯瞰するときに時間をも俯瞰する視点が発生します。四次元人間がいるとすればこのように認識されるわけですね。そしてオリヴェイラ監督が描く会話シーンに、この宇宙的レベルの俯瞰という視点を感じないではおれないのです。
ミシェル・ピコリがバーで話す時、40年という歳月がそこいらに散らばっているかのように感じられます。上品な老紳士と欲望を秘めた若者が同時に存在しています。
バーにいる二人の「若い女性」を考えてみましょう。「若い女性」とクレジットしたのは冗談でしょうか?この二人の会話の中にもオリヴェイラ監督の高次の俯瞰視点が見え隠れします。

と、大袈裟に褒めちぎっていますがほんとにそう思っています。会話シーン、不思議な饒舌の魅力が「夜顔」にも詰まっています。という話でした。

さてさて、いよいよセヴリーヌとの対決、じゃなかった、邂逅です。どのような対話が行われるのでしょう。厭が応にも期待は高まります。ミシェル・ピコリも落ち着きなくそわそわしていますが、見ているこちらもそわそわしっぱなしです。
バーでの会話や街での振る舞いの総括、さらに「昼顔」の総括も行われようとしています。シャンパンが抜かれました。卓上の蝋燭も燃えております。ふたりの対話を一言も聞き逃すまいと身構えます。

という感じでユッソンとセヴリーヌのディナーシーンが始まりまして、ここから先はとてつもないものを目撃することになります。
もうね、私はひっくり返り悶絶しました。
これはやられました。
これはやられました。

最後のいいところを内緒にしてごめんですけど、未見で興味のある方は是非実際にご覧になって本編にて度肝を抜かれていただきたいと思います。

ということで、面白さを感じたことについていくつか下手な説明をしました。他にも、構図や映像の美しさとか、街を俯瞰するショットについてとか、冒頭のコンサートについてとかいろいろあります。
最後の最後、ユッソンの軽やかな振る舞いについての大いなる意味合いというのも感じ取れます。このポジティブさも俯瞰と別件ではないと思うんです。
ルイス・ブニュエルに対するオマージュということを「昼顔」抜きで感じ取ることもできます。
細々言い出したら止まらないのでこのへんで逃げておきます。

で、まとめとして「夜顔」とは一体全体、何なのでしょう。
まったく不思議な映画です。そもそもなぜ突然「昼顔」の後日譚を映画にしようなどとオリヴェイラ監督は思ったんでしょうか。
主演を務めるミシェル・ピコリはノリノリで演技しているように見えますが、彼はいったい、どんな風にこの映画を理解し完璧以上に演じ切れたのでしょう。
カトリーヌ・ドヌーヴは出演していませんが、最初からオファーしなかったんでしょうか、したんでしょうか、断ったんでしょうか、どうなんでしょう。カトリーヌ・ドヌーヴが断ってもおかしくないし、逆に、最初からカトリーヌ・ドヌーヴでないことこそがこの映画のキモであるとも言えるかもしれません。私は後者だと思っています。どっちにしろ監督に聞いてみないとわからないことです。どこかにインタビューとかあるかもしれませんがわかりません。監督はもういません。でもミシェル・ピコリはいます。

2006年の「夜顔」はオリヴェイラ監督99歳の時の作品です。高齢のオリヴェイラ監督は、ものごとの捉え方が頭一つ抜きんでていて、四次元人間であるかのごとしです。この監督には750歳くらいまで生きていてほしかったとマジで思います。

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