シークレット・ヴォイス

Quién Te Cantará
「マジカル・ガール」のカルロス・ベルムト監督2018年「シークレット・ヴォイス」は母と娘、唯一無二と模倣、夢と挫折、スペイン歌謡堪能型ずっしり系の物語。
シークレット・ヴォイス

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2019年の早い時期にカルロス・ベルムト監督の新しい作品が上映されていて、それにまったく気づかずその後お預け状態でしたが無事作品化されています。「マジカル・ガール」で話題沸騰だった監督の次の作品はどんなのでしょう。

この映画は「シークレット・ヴォイス」というカタカナ邦題が全然似合わないじっとりずっしり系です。タイトル「Quién Te Cantará」は「あなたに歌うのは誰」みたいな意味ですか。本作はお歌に関するお話で、スペインの国民的歌手が自分の歌を学ぶという骨子です。

こんなお話

海辺で救命されて命を繋ぎ止めた元国民的歌手リラは記憶を失い自分の歌手キャラを忘れ、準備されていたツアーができそうにありません。もともと10年間活動していなかったあげくの決死のツアー企画で、これにしくじると大変なことになってしまうということでマネージャーも必死です。

この国民的歌手の大ファンというある女性が歌真似をYouTubeで披露していまして、歌も上手いし振り付けもそっくり。マネージャーはこの女性に歌手リラの歌い方をレクチャーしてもらおうと思いつきます。

ということで、コーチである女性の日常も描きつつ、自分の仕草をファンから学ぶという奇妙な事態に落ち着かぬ歌手リラを描きつつ、じっとりゆっくり話が進みます。

ナイワ・ニムリ

まず第一の特徴は、10年のブランクがある国民的歌手リラをナイワ・ニムリが演じているってことです。ナイワ・ニムリと言えば今でも真っ先に思い浮かぶのは「アナとオットー」でありまして、あれから数十年、それなりに年齢を重ねて迫力あるお姿になったナイワ・ニムリの存在感というのが映画の雰囲気作りに大きく貢献しています。

「アナとオットー」の時は現代的なお嬢さんでしたが、本作では何だか鋭い眼光の独特の雰囲気を持つ国民的歌手を演じました。どぎつい化粧で心は見えません。クレオパトラに見えることもしばしば。日常的な会話をしているだけなのになんでこんなに怖いの。という、この何を考えているのか全くわからない歌手リラの苦悩が本編の要でありまして、テーマの下に隠されたメッセージ性をあぶり出す力をもっておられました。

雰囲気重視

「シークレット・ヴォイス」はストーリーも面白いですがそれ以上に雰囲気重視で、独特の世界を作り出していましてですね、そこに魅力があるタイプの映画です。怖くないのに怖く感じたりもします。心的な動きの説明なしに心的なものを感じ取れるショットにも満ちています。

映画を包み込む独特の雰囲気ですが、これは我々にとっては特別な空気感なんです。それは日本映画です。いや、かつての日本映画と言ったほうがいいか。

日本映画

監督は日本文化に詳しい人らしく、それは「マジカル・ガール」でも大層話題でした。一見するとサブカル系のそれっぽい印象もあったかもしれませんが「マジカル・ガール」を実際に観た人にはそんな軽々しいものではなかったことをご存じでしょう。「シークレット・ヴォイス」はさらに凄いことになっています。あらゆるものごとがまるで日本の映画みたいです。構図からシーンの心的位置からカット尺からBGMまで何もかもが。

最初は「やけにどろどろした映画やなあ」とのんびり構えていたのですが、そのドロドロ感が昭和の日本映画のそれと似ていることに気づくのに時間はかかりません。

定点カメラの遠くで行われる会話、折り紙、低い視点からのアングル、目のアップの次に視線移動で佇む様、コップに浮かべる船、尺八のような音楽、感情を見せない淡々とした会話、これまるっきり日本映画でございます。日本映画のどれ、日本の誰の映画と言われればいくつか大物の作品が思い浮かべられます。同時に、そうではなく印象としての日本映画の撮り方っていうことも感じずにはおれません。昼下がりのテレビドラマでもこういう感じがあったし、とにかくですね、懐かしいと言っていいくらい、この映画は日本的です。

はっきり言って、ここまで日本映画風演出を徹底されると「日本映画にインスパイアされた云々」とかいうよく聞くあれではなくて、もっと違うものだということが感じられます。影響を受けてるのは確かでしょうけど、単に影響であれば映画監督はそれを消化し昇華させます。カルロス・ベルムト監督はそうではなく、意図的に技術としてこれをやっています。この監督は「マジカル・ガール」で現代日本的なものを少し取り入れましたが、ベースとしてフィルムノワールを置いていました。あれも技法としてのフィルムノワールであったのかと今さらよく判るくらい、じっとり系の物語を描きつつ、映画の内容とその映画を形作る技法を常に包括して捉えているのだろうと確信を持ちます。

で「あなたに歌うのは誰」というこの映画のタイトル、これがストーリー内容を表すと同時に技法も指していると思えてなりません。そうです、映画内容と映画技法は共に「テーマ」という括りの奥底にあるメッセージとして共通しています。それは何か。

模倣

ストーリー上では歌手リラは歌手リラを忘れましたから、歌手リラのファンで物真似が上手な女性に歌手リラを教えてもらうんですね。模倣者から模倣を学ぶというお話です。これが辛くて時に苛立ったりします。「ユニーク」というキーワードが序盤から出てきますね。唯一無二と言われる国民的歌手が模倣者から己の模倣を習うわけで、そりゃあ辛かろうということで、マネージャーが言いますね「あなたはユニークな存在、あなたは模倣される側なのよ」でも模倣者から模倣を習わせます。

話はすっ飛びますが、私は模倣について肯定したり否定したりを繰り返してきた人間です。模倣などカスで意味あらへん、そもそも人の真似をするのが厭すぎて自分ではじめたのだ。かと思えば、いくらユニークであろうと努めたところで先人の知から逃れることなどできるわけないしユニークさなど模倣の断片にすぎないのであるからこれを全面肯定してこその文化文明である。商売で模写もやっていました。古風な作風をパクるデザインもやってます。模倣こそ芸術の基本である。揺れ揺れです。

「シークレット・ヴォイス」が模倣をテーマかつメッセージとして捉えている以上、ストーリーだけではなくそれを紡ぐ映画技法にも一環して同じテーマかつメッセージを含めているのは明白です。即ちこの映画で監督は日本映画の模倣という技術を紛れ込ませました。これは効果抜群。

ストーリー的にはもう一つ描かれるテーマ(内容)があります。母と娘です。もちろんこれも「模倣」の管理下には置かれているのですが、母と娘の運命論的なストーリーが模倣という要素をまたあぶり出します。運命・宿命や輪廻といったアジア的な要素もひたひたと置かれているという話ですがこのあたりはあまり言い過ぎるのとお楽しみを奪うのでここでストップ。一言だけ言うとその輪廻は円ではなくて8の字型だったりします。

歌謡

さて話はころっと変わってスペイン歌謡です。日本の歌謡曲と何となく似ているところもあります。とてもウエットです。ウエットでちょっとラテンが入ったようなスペイン歌謡、これが日本の歌謡曲と似ているのは順番が逆で、日本の歌謡曲がラテンの曲の影響を強く受けているというのが正しい認識です。特に演歌とかどうですか、あれまるっきりメキシコとかラテン系のウエッティ歌謡に影響受けまくった結果です。

私個人は歌謡曲や演歌はちょい苦手なんですが、染みついているせいかスペイン歌謡は大好きなんですね。ちょっと笑ってしまうような曲で「出たーっ」て喜びます。

スペイン映画ではときどきエンドクレジットで唐突にスペイン歌謡が流れ出すことがあります。日本でも行われている映画とアイドル歌手の強制コラボですよね、そういうのってスペイン映画でもあるんですね。そんなところも日本とよく似ています。

ある時何かの映画の最後にそういうお歌が流れて、それがめちゃ気に入って八方手を尽くして探しまわって買ったという経験もあります。

「シークレット・ヴォイス」も歌謡映画ですから随所に歌が出てきます。しっかり尺を取ってフルコーラスやりますよ。たまらなくいい感じです。クライマックスもすんごいお歌でビシッと決めます。変な曲ですけどそれが洒落なのかわざとなのか本気なのか理解できなさっぷりも含めて最高なんです。はっきり言えることは、決して茶化していないという点です。決して茶化しません。これ大事。

 

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